第二章:5歳児、法をハックする(建安5年・春/5歳)
香炉事件の翌日。
宮廷の空気は、見事に凍りついていた。
父上(曹操)の愛蔵品が壊れた――
ただそれだけで、許昌の空気はここまで変わるのかと、改めて“魏のトップ”の重さを思い知る。
(このままじゃ、関羽親子の立場が危ない……!
銀屏ちゃんも、関羽も、絶対に守らなきゃ)
だが、ただ「僕がやりました」と名乗り出るだけでは意味がない。
父上の猜疑心は鋭い。
下手に嘘をつけば、逆に疑われて全員まとめて処罰される可能性すらある。
だから俺は――
深夜の倉庫に潜入した。
小刀を手に取り、自分の最高級の衣服をズタズタに切り裂く。
さらに、ネズミに齧られたように見える細工を施す。
(よし……次は“本命”だ)
あらかじめハチミツ水を塗っておいた父上お気に入りの馬の鞍を、倉庫の隅に置く。
甘い匂いに釣られたネズミたちが、嬉々として鞍を齧り始めた。
(これで仕込みは完了……!)
翌朝。
俺はボロボロの服を着て、いかにも悲しそうな顔で曹操の前に立った。
「父上……ネズミに服を齧られちゃった。
世間じゃ『ネズミに服を齧られた者は不吉な死を迎える』って迷信があるでしょ?
僕、死んじゃうのかなぁ……」
ウルウルと目を潤ませる俺。
父上の顔が一瞬で強張った。
「バカを言うな! そんな迷信で我が愛しき冲が死ぬものか!」
その瞬間、俺の合図で倉庫番が駆け込んできた。
「か、閣下! 鞍が……! 鞍がネズミに齧られております!
さらに暴れたネズミが、翡翠の香炉の台座まで……!」
曹操は息を呑んだ。
「息子の服すら齧る獰猛なネズミども……。
香炉が倒れたのも、すべてはネズミの不可抗力か……!」
(よし……! 父上の殺気が消えた!)
俺はすかさず、深刻そうな顔で言った。
「でも父上、管理を怠ったのは僕の責任でもあるから……
ちょっと頭を冷やしに、牢屋に行ってきます」
そう言って、自ら地下牢に入り、鍵を閉めた。
――この真相。
自分たちを守るために、冷徹な曹操の“法”の裏をかき、身代わりに牢に入ったこと。
それを関羽から聞かされた銀屏は、激しく心を揺さぶられた。
「香炉だけじゃなく、パパの立場まで守るために……
あんな命がけの知略を……。
ダーリンちゅきちゅき……!」
檻の外から差し入れを握りしめ、涙を流す銀屏。
その目は、完全に“いっていた”。
(やばい……これは、逃げられないタイプの愛だ……)
こうして俺は、
軍神の娘という“厄災”に人生をロックオンされることになった。




