青春リストその9『友達とドリンクバーに行く』
「……ってかさー、不動さんってマジでガチのお嬢様じゃん! オーラえぐ! ヤバ!」
お昼休み。私の机の前に立ってケラケラと笑うのは、星野玲奈さん。
明るい髪色に、ゆるっと着こなしたカーディガン。自己紹介の日は盛大に寝坊して欠席していたらしく、今日から登校してきたクラスメイトだ。
教室中が(なぜか)私を遠巻きにして怯える中、玲奈さんだけは初対面でズカズカと距離を詰めてきた。
「ねえねえ、フルネーム硬くない? 『ちづるん』って呼んでいい? あ、今日放課後ヒマなら、駅前のファミレス行かない? ポテト食べよーよ!」
(……っ!)
私は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
家柄も、周囲の変な空気も一切気にせず、ただの女子高生として『ファミレス』に誘ってくれるなんて。
(これが……これこそが、私の求めていた『標準偏差から外れない真の青春』……!!)
私は感動で視界が滲むのを堪えながら、震える声で答えた。
「行くわ……っ! 私、ファミレス、初めて……!」
「マジで!? ウケる! じゃあ湊くんも一緒にいこーよ。三人でドリンクバー荒らそうぜ!」
玲奈さんは隣で固まっている湊くんの肩を、バシッと遠慮なく叩いた。
――狂人が現れた。
俺は、ボックス席のソファに背中を預けながら、目の前で笑う星野玲奈に戦慄していた。
放課後。校門で待ち構えていた不動組の黒服たちを見て、この女は「え、SPじゃん! カッケー! 写真撮っていい?」とスマホを向けたのだ。
当然、俺は即座に銃撃戦が始まると覚悟したが、千鶴が「今日は友達と遊ぶから!」と一喝して黒服たちを撤収させてしまった。
そして現在、駅前のファミレス。
俺は無防備すぎる窓際の席に座らされ、いつ外から狙撃されるかと冷や汗を流している。
「ちづるん、ドリンクバーの仕組みわかる? 好きなの混ぜていいんだよ!」
「混ぜる……? つまり、新たな化合物を生成するということね。任せてちょうだい」
千鶴がドリンクバーの前に立ち、真剣な顔でメロンソーダとカルピスの注ぎ口を見つめている。
(……なんだあの物騒な独り言は。劇薬でも生成する気か?)
俺が警戒していると、向かいに座る玲奈が、山盛りのフライドポテトを頬張りながら笑った。
「いやー、ちづるんマジ最高なんだけど。金持ちの天然ってウケるわー。湊くんもポテト食いなよ、冷めるっしょ」
俺はポテトを差し出してくる玲奈を、信じられないものを見るような目で見つめた。
……恐怖という感情が欠落しているのか?
不動千鶴の放つ、常人なら失神するレベルのプレッシャーをゼロ距離で浴びながら、この女は一切の動揺を見せない。
(いや、待て。これは『無知』を装った高度なカモフラージュか? 俺たち湊会と不動組の接触に割り込み、場をコントロールしようとする、第三の巨大組織の工作員……!?)
そう考えると、彼女の「ギャル」という目立つ外見すら、相手の警戒を解くための完璧な擬態に思えてくる。
「……お前、どこの組だ?」
俺は思わず、若頭としての低い声で探りを入れてしまった。
「は? 組? あー、体育祭? まだ決まってなくない? 赤組がいいなー」
玲奈はケチャップを舐めながら、あっけらかんと答えた。
(……躱された。まったく底が見えない女だ……!)
「お待たせしました!」
そこへ、グラスになみなみと注がれた『深緑色の謎の液体』を持った千鶴が、とびきりの笑顔で戻ってきた。
「三層のグラデーションを作ってみたわ。湊くん、味見してくださる?」
「えー! キレイ! ちづるん天才じゃん!」
「……っ」
完全な素人(に擬態した工作員)と、それを支配する極道令嬢。
俺は二つの巨大な理不尽に挟まれながら、静かに胃薬を取り出すタイミングを計っていた。




