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青春リストその10『購買部で幻の焼きそばパン!』

お昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、教室の空気が変わった。


 私は胸に抱きしめたピンク色のノートをそっと撫で、力強く立ち上がる。


『青春リスト・その10:購買部の激戦をくぐり抜け、幻の焼きそばパンをゲットする』


「ちづるん、今日はお弁当じゃないの?」

 玲奈ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「ええ! 今日は絶対に『購買』でパンを買うって決めてるの。玲奈ちゃん、湊くん、一緒に行きましょう!」


 お父様に「今日はお弁当はいらない」と伝えた時の、血の涙を流さんばかりの悲痛な顔は一旦忘れることにした。


少女漫画において、購買部でのパン争奪戦は欠かせない青春の登竜門なのだから。


 一階の購買部前に到着すると、そこはすでに上級生の男子たちがひしめき合う修羅場だった。


「焼きそばパン一つ!」「押すなよ!」「俺が先だろ!」


 怒号が飛び交う人垣。小柄な私にとって、それはそびえ立つ分厚い壁だ。


「うわ、今日めっちゃ混んでるね。ちづるん、潰されちゃうからやめとく?」


「ううん、大丈夫よ。ちょっと行ってくるわ!」

 私は小さく深呼吸をした。


 お父様との『お遊戯(※雑木林での暴動鎮圧・無力化訓練)』を思い出せばいい。


どんなに密集し、殺気立った空間でも、人間の動きには必ず「隙間」と「重心の偏り」がある。


 私は全身の力を抜き、男子生徒たちの肩と肩の間、視線の死角へと滑り込んだ。


「ちょっとごめんね〜」

 スゥッ。


 私の前を塞ごうとした大きな上級生が、バランスを崩してこちらに倒れ込んできた。


(危ないっ。でも、女の子らしく優しく避けないと!)


 私は彼を傷つけないよう、そっと二本の指で彼の手首に触れ、力のベクトルを少しだけ「誘導」してあげた。


「おっとっと……!?」

 上級生はなぜかクルクルと独楽のように回りながら、見事に人垣の外へと転がっていった。


 そうして誰の服の裾にも触れることなく最前列へ到達した私は、おばちゃんに満面の笑みを向けた。


「焼きそばパンを三つ、お願いします!」

 私はポケットから、カジノのチップのように一寸の狂いもなくピタリと揃えた百円玉の束を取り出し、カウンターに置いた。


「おつとめ、ご苦労様です」

 お父様が取引先の人によく言う「お疲れ様」の丁寧な言葉を添えると、おばちゃんはなぜか「ヒィッ」と息を呑んでパンを差し出してくれた。


「ただいまー! 湊くん、はいこれ!」

 私は無事にゲットした幻のパンを、湊くんの胸に押し付けた。




 ――またしても、平和な日常シマが一つ制圧された。


 俺は少し離れた場所から、購買部前の惨状を呆然と見つめていた。


 血気盛んな上級生が密集する購買の群れ。小柄な千鶴がそこに突っ込めば、押し潰されて怪我をする。


(……万が一あの女に傷でもつけば、不動組の報復でこの学校の生徒全員が東京湾に沈むぞ)


 俺が最悪の事態を想定し、助けに入るべきか腰を浮かせた、次の瞬間だった。


 群衆の最後尾にいたはずの千鶴の姿が、フッとブレて消えた。


(……『暗殺歩法』!? 小柄な体格を最大限に活かし、群衆の視線の死角だけを縫うように移動している……!)


 さらに恐ろしい光景が続いた。


 千鶴にぶつかりそうになった体重100キロはありそうな巨体の柔道部員が、彼女の指先が軽く触れた瞬間、自ら重力を失ったかのように回転しながら吹き飛んだのだ。


(『合気あいき』の極致……。相手の脱力と重心のズレを瞬時に読み取り、二本の指だけで巨漢を無力化した。あれが不動組の跡取りが持つ、暴力をコントロールする技術……!)


 群衆は本能的に「致死の危険」を察知したのか、モーゼの十戒のようにスルスルと道を空けていく。


 そしてカウンターに辿り着いた彼女は、プロのディーラーのような手つきで硬貨の束を置き、購買のおばちゃんに向けて冷徹な表情で言い放った。


『おつとめ、ご苦労様です』

 俺は背筋が凍るのを感じた。


 極道の世界において、それは「このシマ(購買部)は今日から我々が管理する。引き続き精進しろ」という、絶対的な支配の宣言に他ならない。


現におばちゃんは恐怖で震え上がり、上納品のようにパンを差し出していた。

「ただいまー! 湊くん、はいこれ!」


 戻ってきた千鶴が、可憐な笑顔で焼きそばパンを俺の胸に押し付けてくる。


「湊くんの分も買ってきたよ。お昼、一緒に食べましょう?」

 それは、「ブツの分け前」だった。


 これを受け取れば、俺は完全に不動組の『共犯者』として、裏社会のリストに名を連ねることになる。


「ちづるんマジすげー! いただきまーす!」

 隣では、星野玲奈が呑気にパンの袋を開けている。


 俺は、組織の若頭としてのプライドと、抗えない暴力の象徴(焼きそばパン)を前に、ただ冷や汗を流しながら「……ああ、頂くよ」と頷くことしかできなかった。

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