表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/13

青春リストその6『たこさんウィンナー交換会』

待ちに待ったお昼休み!


 私は胸の高鳴りを抑えながら、鞄からお弁当の包みを取り出した。


 今日のために、実家の板長である辰三たつぞうおじちゃんには、何度も念押ししておいたのだ。


『いい? 絶対に普通の女子高生らしい、可愛いお弁当にしてね。そう、定番のタコさんウィンナーは必須だから!』

 顔に大きな刀傷のある辰三おじちゃんは、「タ、タコ……でございますか。お嬢、それは……」と何故か冷や汗を流していたけれど、最後は「御意。不動の板前として、必ずや期待に応えるタコを……!」と血の涙を流さんばかりの気迫で頷いてくれた。


「湊くん。もしよければ、一緒にお昼を食べない? これ、作ってもらったお弁当なんだけど」


 私は湊くんの机に自分の机をくっつけ、ワクワクしながら蓋を開けた。


 中には、一面に敷き詰められた茶色いそぼろご飯。そして中央には――真っ赤なウィンナーで作られた、タコさん。


(……あれ? なんか思ってたより、タコさんの足がリアルというか……吸盤の細工まで細かすぎるような?)


 普通のタコさんウィンナーは足が六本くらいに開いているものだが、辰三おじちゃんのタコは、うねるような八本の足が不気味な躍動感を放ち、今にも這い出してきそうなほどのクオリティだった。


(ま、まあいいわ! おじちゃん、可愛いを通り越して職人魂が暴走しちゃったのね)

 私は気を取り直し、ピンク色のノートに書かれた『最大のミッション』を実行に移した。


「あのね、湊くん。もしよかったら……あーん、する?」


 恥ずかしさを振り払うため、私は勢いよくタコさんウィンナーを箸で摘み、湊くんの口元へスッと突き出した。


 ――ッピタリ。

 日々の鍛錬の賜物である私の箸先は、一切のブレなく、湊くんの唇のわずか一ミリ手前で静止した。


「ほ、ほら。美味しいよ?」

 私は顔が赤くなるのを感じながら、上目遣いで湊くんを見つめた。


 彼は顔面を蒼白にし、滝のような汗を流しながら固まっている。


(わあ、湊くん、すっごく照れてる! こんな風におかずを食べさせてもらうの、初めてなんだわ!)




 ――俺は今日、ここで死ぬのか。


 湊会の若頭である俺は、目の前に突きつけられた『赤い悪魔』を前に、完全に死を覚悟していた。


 千鶴が開けた重箱。その中央に鎮座していたのは、最高級のイベリコ豚を極限の包丁細工で削り出した、禍々しくリアルな『深海の巨大ダコ』の肉彫刻だった。


(タコ……極道にとってのタコといえば、『東京湾の底に沈めて、魚の餌にするぞ』という直接的な殺害予告……!)


 ご丁寧に、真っ赤な血の色で染め上げられている。


 俺が戦慄していると、彼女はゾッとするような笑顔で言った。


「もしよかったら……あーん、する?」


 次の瞬間だった。


 ――ヒュッ!!

 空気を裂く音とともに、彼女の箸が視認できない速度で俺の顔面に迫り、唇に触れるか触れないかの絶対距離でピタリと止まった。


 瞬きすら許されない、神速の刺突術。もしこの箸先が眉間を狙っていれば、俺は脳天を貫かれて即死していた。


(箸を暗器に見立てた、致死速度の近接格闘……!!)

 俺の全身の毛穴が開き、冷や汗が背中を伝う。


「ほ、ほら。美味しいよ?」

 頬をほんのりと染め、小首を傾げるその姿は、一見すると可憐な乙女だ。


 だが、その指先は一切のブレもなく、巨大ダコ(東京湾行き)を俺の口元に固定している。


 これは『あーん』などという生易しいものではない。

 ――『大人しく東京湾に沈むか、それとも今この場で眉間を貫かれるか、選べ』という、不動千鶴からの究極の二択だ。


 断れば、脳髄を破壊される。

 俺は若頭としての無力さを噛み締めながら、ゆっくりと口を開き、その巨大ダコを咀嚼した。


「……ッ!」

 美味い。信じられないほど美味い。肉の旨味と絶妙なスパイスが、絶望しているはずの俺の脳髄をガンガン揺さぶってくる。


(くそっ……! 殺害予告のくせに、なんでこんなに美味いんだよ……!)


 俺は敗北感と恐怖、そして暴力的な美味さに涙を滲ませながら、ただ黙って咀嚼を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ