青春リストその6『たこさんウィンナー交換会』
待ちに待ったお昼休み!
私は胸の高鳴りを抑えながら、鞄からお弁当の包みを取り出した。
今日のために、実家の板長である辰三おじちゃんには、何度も念押ししておいたのだ。
『いい? 絶対に普通の女子高生らしい、可愛いお弁当にしてね。そう、定番のタコさんウィンナーは必須だから!』
顔に大きな刀傷のある辰三おじちゃんは、「タ、タコ……でございますか。お嬢、それは……」と何故か冷や汗を流していたけれど、最後は「御意。不動の板前として、必ずや期待に応えるタコを……!」と血の涙を流さんばかりの気迫で頷いてくれた。
「湊くん。もしよければ、一緒にお昼を食べない? これ、作ってもらったお弁当なんだけど」
私は湊くんの机に自分の机をくっつけ、ワクワクしながら蓋を開けた。
中には、一面に敷き詰められた茶色いそぼろご飯。そして中央には――真っ赤なウィンナーで作られた、タコさん。
(……あれ? なんか思ってたより、タコさんの足がリアルというか……吸盤の細工まで細かすぎるような?)
普通のタコさんウィンナーは足が六本くらいに開いているものだが、辰三おじちゃんのタコは、うねるような八本の足が不気味な躍動感を放ち、今にも這い出してきそうなほどのクオリティだった。
(ま、まあいいわ! おじちゃん、可愛いを通り越して職人魂が暴走しちゃったのね)
私は気を取り直し、ピンク色のノートに書かれた『最大のミッション』を実行に移した。
「あのね、湊くん。もしよかったら……あーん、する?」
恥ずかしさを振り払うため、私は勢いよくタコさんウィンナーを箸で摘み、湊くんの口元へスッと突き出した。
――ッピタリ。
日々の鍛錬の賜物である私の箸先は、一切のブレなく、湊くんの唇のわずか一ミリ手前で静止した。
「ほ、ほら。美味しいよ?」
私は顔が赤くなるのを感じながら、上目遣いで湊くんを見つめた。
彼は顔面を蒼白にし、滝のような汗を流しながら固まっている。
(わあ、湊くん、すっごく照れてる! こんな風におかずを食べさせてもらうの、初めてなんだわ!)
――俺は今日、ここで死ぬのか。
湊会の若頭である俺は、目の前に突きつけられた『赤い悪魔』を前に、完全に死を覚悟していた。
千鶴が開けた重箱。その中央に鎮座していたのは、最高級のイベリコ豚を極限の包丁細工で削り出した、禍々しくリアルな『深海の巨大ダコ』の肉彫刻だった。
(タコ……極道にとってのタコといえば、『東京湾の底に沈めて、魚の餌にするぞ』という直接的な殺害予告……!)
ご丁寧に、真っ赤な血の色で染め上げられている。
俺が戦慄していると、彼女はゾッとするような笑顔で言った。
「もしよかったら……あーん、する?」
次の瞬間だった。
――ヒュッ!!
空気を裂く音とともに、彼女の箸が視認できない速度で俺の顔面に迫り、唇に触れるか触れないかの絶対距離でピタリと止まった。
瞬きすら許されない、神速の刺突術。もしこの箸先が眉間を狙っていれば、俺は脳天を貫かれて即死していた。
(箸を暗器に見立てた、致死速度の近接格闘……!!)
俺の全身の毛穴が開き、冷や汗が背中を伝う。
「ほ、ほら。美味しいよ?」
頬をほんのりと染め、小首を傾げるその姿は、一見すると可憐な乙女だ。
だが、その指先は一切のブレもなく、巨大ダコ(東京湾行き)を俺の口元に固定している。
これは『あーん』などという生易しいものではない。
――『大人しく東京湾に沈むか、それとも今この場で眉間を貫かれるか、選べ』という、不動千鶴からの究極の二択だ。
断れば、脳髄を破壊される。
俺は若頭としての無力さを噛み締めながら、ゆっくりと口を開き、その巨大ダコを咀嚼した。
「……ッ!」
美味い。信じられないほど美味い。肉の旨味と絶妙なスパイスが、絶望しているはずの俺の脳髄をガンガン揺さぶってくる。
(くそっ……! 殺害予告のくせに、なんでこんなに美味いんだよ……!)
俺は敗北感と恐怖、そして暴力的な美味さに涙を滲ませながら、ただ黙って咀嚼を続けた。




