青春リストその3『友達と連絡先交換』
入学式初日は、自己紹介やプリントの配布だけであっさりと終わった。
クラスの皆がそそくさと帰り支度を始める中、私は窓の外を見下ろして、小さくため息をついた。
(……もう、お父様ったら。あれほど『高校からは自分の足で通う』って言ったのに)
校門の少し離れた場所に、見慣れた黒塗りの高級車が三台も停まっているのが見えた。車の傍らには、黒いスーツを着た実家の人たちが立っている。
初日だからと心配して、こっそり迎えに来てしまったらしい。
過保護すぎる。あんな車に乗って帰ったら、普通の高校生っぽくないじゃない。
私は鞄を持って足早に校門へ向かうと、待機していた実家の人たちに向けて、パタパタと手を振った。
『心配しないで。今日は友達と歩いて帰るから、先に帰っててね!』
という念を込めて、シッシッと手で払うような仕草をする。すると彼らは深く一礼し、静かに車を出してくれた。話のわかる人たちでよかった。
さあ、ここからが本番だ。
『青春リスト・その3:帰り道、気になる男の子に声をかけて一緒に帰り、連絡先を交換する』
「湊くん!」
私が少し小走りで駆け寄って声をかけると、彼はビクッと肩を揺らして立ち止まった。
「駅まで行くんでしょ? もしよかったら、途中まで一緒に帰らない?」
私は教典通りの、少し上目遣いのアングルで彼を見つめた。
「あ……ああ。別に、いいけど」
湊くんは少し目を逸らしながら、短く答えてくれた。
(やった! 初日から男の子と一緒に下校なんて、私、完全に青春してる……!)
少しだけ距離を空けて、二人で並んで歩く。春の風が心地いい。
私は鞄からスマホを取り出し、今日一番の勇気を振り絞った。
「あのね、湊くん。もしよかったら……LINE、交換しない? まだクラスで誰も連絡先知らなくて」
少し照れくさそうに微笑みかけると、湊くんはスマホを見つめたまま、なぜかゴクリと息を呑んで固まってしまった。
(あ、また顔が強張ってる。いきなりLINE聞かれて、ドキドキさせちゃったかな……?)
クールに見えて、女の子と連絡先を交換し慣れていないなんて。私は彼がいじらしくて、ますます好感を抱いてしまった。
――逃げられない。
入学式初日のホームルームが終わり、俺は誰よりも早く教室を後にした。
まずは組織に戻り、不動千鶴という底知れない女について、報告を入れなければならない。そう思って校門を出た瞬間、俺の足はアスファルトに縫い付けられたように止まった。
校門の少し先に、黒塗りのベンツが三台、規則正しく並んで停まっている。
その横に立つ男たちの放つ威圧感で、俺はすぐに悟った。不動組の連中だ。しかも、幹部クラスの護衛部隊。
(クソッ……まさか、もう俺が潜入していることがバレて、囲まれたのか……!?)
冷や汗を流しながら警戒していると、後ろから足音が近づいてきた。
不動千鶴だ。
彼女は校門に立つと、護衛の男たちに向けて、軽く右手を振った。
――手首を二度、小さく払うような、鋭いハンドサイン。
すると、屈強な幹部たちが一糸乱れぬ動きで深く一礼し、音もなく車に乗り込んで去っていったのだ。
(……指先一つの合図で、幹部部隊を退かせただと……!?)
不動の跡取り娘としての、絶対的な権力。見せつけられた底力の差に、俺は絶望的なため息を吐いた。
「湊くん!」
背後から声をかけられ、心臓が跳ね上がった。
「駅まで行くんでしょ? もしよかったら、途中まで一緒に帰らない?」
彼女は可憐な笑みを浮かべているが、俺にはその意図が痛いほどわかった。
わざわざ自分の護衛を退かせたのは、俺と一対一の状況を作るためだ。「逃がさないぞ」という無言の圧力に他ならない。
「あ……ああ。別に、いいけど」
拒否権などあるはずもなく、俺は引き攣った顔で頷いた。
並んで歩く道中、俺は全身の神経を研ぎ澄ませていた。彼女がいつ懐から武器を取り出しても対応できるように。
だが、彼女が取り出したのは、可愛らしいスマホケースに包まれた端末だった。
「あのね、湊くん。もしよかったら……LINE、交換しない? まだクラスで誰も連絡先知らなくて」
俺は息を呑んだ。
LINEの交換。それはつまり、俺の個人端末に直接、不動千鶴からの『直通回線』を繋ぐということだ。
(俺の居場所をいつでも把握して、呼び出せるようにするための首輪……!)
ここで「スマホを持っていない」などという嘘が通じる相手ではない。
俺は震える指でポケットからスマホを取り出し、彼女のQRコードを読み取った。
『千鶴』という可愛らしいアイコンが、俺の友達リストに登録される。
「ありがとう。ふふ、嬉しいな」
彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。
だが、俺のスマホの画面には、死神の刻印がハッキリと刻まれてしまった。
組織の若頭であるこの俺が、敵対組織の次期組長に首輪をつけられてしまったのだ。
春の陽気とは裏腹に、俺の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。




