青春リストその2『キラキラの自己紹介』
「それじゃあ、前の席から順番に自己紹介をお願いする……」
担任の先生が、なぜか胃のあたりを押さえながら弱々しい声で言った。
高校生活の第一関門、『自己紹介』の時間がやってきたのだ。
私は鞄の中からノートを取り出し、ひざの上でこっそりと開いた。
『青春リスト・その2:とびきり笑顔で自己紹介をして、親しみやすいあだ名をつけてもらう』
中学までの私は、家柄のせいもあって「不動さん」とフルネームか苗字でしか呼ばれたことがなかった。
でも、今日からは違う。少女漫画のヒロインのように、下の名前や可愛いあだ名で呼ばれる『普通の女の子』になるのだ。
「えっと、次は……ふ、不動、さん……」
先生の声が少し上ずっている。
私はスッと席を立ち、教典で研究し尽くした『全方位愛されスマイル』を浮かべて、クラスのみんなを見渡した。
「初めまして。不動千鶴です。趣味は読書で、とくに恋愛ものの物語が好きです。高校生活の目標は、みんなとたくさんお話をして、普通のキラキラした青春を送ることです!」
完璧だ。声のトーンも、笑顔の角度も申し分ない。
私はさらにダメ押しで、少しだけ首を傾げて微笑んだ。
「『不動さん』だと少し堅苦しいので……できれば気軽に、『千鶴ちゃん』って呼んでくださいね。これからよろしくお願いします」
言い終えて一礼し、席に座る。
――しかし、教室は水を打ったように静まり返っていた。
拍手一つ起きない。それどころか、クラスメイトたちは全員、息を潜めて私の顔色を窺っている。
(あ、あれ? ちょっと気合いを入れすぎちゃったかな。みんな、私のキラキラオーラに圧倒されて緊張してるみたい……ふふっ、初々しいなぁ)
私が一人で満足していると、今度は隣の席の男子が立ち上がった。
「……湊 蓮です。よろしく」
短く、少しぶっきらぼうな自己紹介。けれどその声は低くて、どこかミステリアスだ。
(湊くん……湊、蓮。海みたいに爽やかで、すごく素敵な名前!)
私は彼に向けて、今日一番の笑顔でパチパチと拍手を送った。
湊くんはビクッと肩を震わせ、少しだけ顔を強張らせて俯いてしまった。本当にシャイな人だ。
――何を企んでいるんだ、この女は。
俺は席に座ったまま、隣の『氷の毒婦』不動千鶴を警戒の目で見つめていた。
前の席から順に進んでいた自己紹介。彼女の番になり、立ち上がった瞬間、教室の空気がピンと張り詰めた。
地元民の生徒たちは、不動組の恐ろしさを骨の髄まで知っている。
そんな緊張感の中、彼女はゾッとするほど美しい、完璧に計算された笑顔を浮かべた。
「趣味は読書で、とくに恋愛ものの物語が好きです。目標は、普通のキラキラした青春を送ることです!」
俺は内心で舌打ちをした。
……ふざけるな。国内最大級の武闘派組織の跡取り娘が、「普通の青春」だと?
裏社会で非情な英才教育を受けてきたはずの彼女が、こんなお花畑な女子高生であるわけがない。
(わざと隙だらけのフリをしているのか……?)
狙いはなんだ。敵対組織の人間を油断させて誘い込むための罠か。
それとも、自分が「無害な一般人」を演じることで、手を出してきた相手に過剰防衛の大義名分で報復するための布石か。
どちらにせよ、あの無邪気な笑顔の裏には、底知れない冷酷な計算が隠されているはずだ。
「できれば気軽に、『千鶴ちゃん』って呼んでくださいね」
その言葉に、教室中が息を呑んだ。
恐ろしい心理戦だ。不動の看板を背負う人間に、気安く下の名前で呼べる命知らずがこのクラスにいるか?
これは、周囲の人間の「状況把握能力」を測る踏み絵だ。
当然、教室は静まり返り、誰も彼女の罠に踏み込むような真似はしなかった。
息詰まる沈黙の中、ついに俺の番が回ってきた。
「……湊 蓮です。よろしく」
任務のため、あくまで「目立たない一般生徒」を装って短く済ませる。
すると、隣からパチパチと軽快な拍手が聞こえてきた。
見れば、千鶴が満面の笑みで俺を見つめている。
(……っ!)
俺は背筋に冷たいものが走るのを誤魔化し、慌てて視線を逸らす。
底が知れない。不動千鶴、恐ろしい女だ。




