青春リストその12『意外なところで急接近!?』
お昼休みが終わり、私たちは屋上から教室へと向かう渡り廊下を歩いていた。
二階の開け放たれた窓からは、春の柔らかな風と一緒に、グラウンドで野球部が練習する金属バットの快音が響いてくる。
(ふふっ。窓越しの陽射しに照らされた湊くんの横顔、すごく綺麗……)
私が隣を歩く彼の横顔に見惚れていた、その時だった。
「危なァいッ!!」
グラウンドから悲鳴のような声が響いた。
見ると、快音と共に打ち上げられた硬球が、本来の軌道を大きく逸れ、私たちが歩いている開いた窓に向かって一直線に飛んで来てる。
――ボールの延長線上には、湊くんの頭がある。
(いけない! このままじゃ湊くんに当たっちゃう!)
硬球の質量と現在の初速からして、まともに手で受け止めれば「パーン!」と大きな破裂音が鳴り、私のか弱い設定が崩壊してしまう。
私は右手を伸ばして湊くんのネクタイを軽く掴むと、彼の身体をクルリと半回転させ、窓際から遠ざけるように壁際へと押し込む。
――ドゴォォォンッ!!
勢い余って彼と衝突しないよう、私は湊くんの耳のすぐ横のコンクリート壁に、ブレーキとして右手の平を力強く突き立てた。
同時に、背後から飛んできた硬球を、左手の手刀でそっと下へ叩き落とす。
……ハッ!
気づけば私は、背中を壁につけた湊くんに覆い被さるようにして、両腕で彼を閉じ込める姿勢になっていた。
彼の顔が、私の顔からわずか数センチのところにある。
微かに漂う、爽やかな石鹸の香り。そして、彼の胸からドクンドクンと伝わってくる激しい心音。
パラパラと、なぜか上から細かい砂ぼこりのようなものが降ってきて、春の陽射しの中でキラキラと光っている。
(うわぁっ、これって完全に少女漫画の『壁ドン』じゃない!? しかも私からやっちゃった! 湊くん、目を限界まで見開いて、息を呑んでる……!)
「だ、大丈夫? 湊くん……怪我、ない?」
私は顔が真っ赤になるのを感じながら、上目遣いで彼を見つめた。
――死んだ。今度こそ、俺の頭蓋骨は粉砕された。
俺は冷たいコンクリートの壁に背中を打ち付けられたまま、声も出せずに硬直していた。
視界のすぐ横には、千鶴の細く白い右腕が突き出されている。
その華奢な手の平が押し付けられた頑強なコンクリートの壁には、まるで対戦車ライフルを至近距離で撃ち込まれたかのような、直径三十センチに及ぶ放射状の亀裂が深く刻み込まれていた。
(……コンクリートの壁に、素手でクレーターを作っただと……!?)
パラパラと音を立てて、粉砕されたコンクリートの粉が俺の肩に降り注いでいる。
硬球の飛来には気づいていた。俺の反射神経なら避けるのは容易かったはずだ。だが、千鶴の動きは俺の視神経すら置き去りにした。
ネクタイを引かれ、視界が反転し、気付けばこの「処刑台」に縫い付けられていたのだ。
「だ、大丈夫? 湊くん……怪我、ない?」
至近距離で、千鶴が甘い吐息と共に俺の顔を覗き込んできた。
近い。あまりにも近い。
甘いシャンプーの香りと、生々しいコンクリートの粉塵の匂いが混ざり合う、異常な空間。
俺の心臓は破裂しそうなほど激しく打ち鳴っているが、これは決して「吊り橋効果」などではない。生存本能が鳴らす、限界突破の警鐘だ。
彼女は俺を助けたのではない。
『私がその気になれば、お前の頭をこの壁と同じように粉砕できるんだぞ』という、ゼロ距離での圧倒的な暴力の誇示に違いない!
「あ……ああ。無事、だ……」
俺は引き攣った顔で、震える声を絞り出すのが精一杯だった。
「キャーッ! ちづるんマジイケメン! 壁ドンの勢いで壁壊れてるし! ウケる!」
俺は壁に深々とめり込んだ彼女の右手を横目に、ただ静かに気を失わないよう必死に耐え続けていた。




