91 八戒
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』
獣神であり、魔王大権現でもある。
額田姫王・鏡姫
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。琵琶湖の龍王女の転生体である。
藤原チカタ(中臣真人:定慧)
カマタリと額田姫王の養子。
厩戸王の転生者であり天魔王でもある。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の「鬼神の塚」を守る片目の野守。
新陰流の達人であり、左眼の「鬼神の鏡」で時空を越える能力を持つ。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
第六天魔王、天照大神
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
「先ほど、ラゴとサイハと申す金と藍色の魔神同士の闘いを見ました。あれらもヤマタノオロチの首から産まれた神々とお見受けしましたが、陛下はご存知でしょうか?」
小野篁は倶魔羅に問いかけた。
「知っている。サイハとは我と同じ土星の荒御魂である」
やはりサイハとは歳破神。つまりスサノオの八王子の一人であったようだ。
「なぜ彼らは戦いに?」
「羅睺と歳破もまた我と同じく土属性の神だ。ラゴは同じ土星のサイハを喰らい自からに取り込もうとしたのであろう」
「ヤマタノオロチを取り込む…!もしやラゴは自からヤマタノオロチに戻ろうとしていると言う事ですか!」
クマラはうなずいた。
「そうだ。もともと羅睺は九つの頭を持つという。おそらく自らがヤマタノオロチ本体に成り変わり復活しようと企んでいるのだろう」
「新たなヤマタノオロチですと!」
イヒカ姫が思わず声を上げる。
あの強力な魔人が受肉して、さらにヤマタノオロチ本体と化して行く。想像しただけで恐ろしい話だ。
「まず羅睺は同じ土属の藍の歳破、それに水属の白の得達や赤のケイトらを喰らい、我が首とするハラであろう」
「水属性の神…得達神天王と計都 星の神、つまり蛇毒気神天王ですね」
なるほど倶魔羅は土と水、二つの属性を持つと聞く。
あえて水中の竜宮に城を構え、オオヤツヒメを頗梨采女として妻に迎えている理由をだんだん理解し始めてきた。
「今、白の得達は翠のソウコウと共に行動していると聞く。彼ら二人なら羅睺相手でも大丈夫だろう」
「では倶魔羅天王様もまた羅睺に狙われておられると?」
「そうだ、羅睺は必ずここに来る。我を喰らい新たなヤマタノオロチと成るためにな。
そうなってはもう翠のソウコウでも勝ち目は無いだろう」
太歳神ソウコウ。
木属性の神と聞く。つまり土も水も自分のエネルギーとして取り込めるヤマタノオロチの序列一位の魔人だ。
羅睺は土と水の神を自らに取り込む事で、この翠のソウコウに成り変わるつもりなのだろう。
「何か打つ手はありませんか?」
「ある。金星の魔神を我らの味方にするのだ」
「なるほど『金克木』で、木星神ソウコウの弱点を握り、交渉するのですね」
相克
木は土から養分を吸い取り固め
土は水を濁らし固め
金属は木を切り倒す。
木克土、土克水、水克火、火克金、金克木
五行の考え方である。
「金星の魔神…という事は歳殺神、侍神相天王と、大将軍魔王天王ですか」
「侍神も我と同じく羅睺を迎え撃つつもりと聞く」
「共闘なさる事は?」
「無理だろう。赤の侍神も、黒の魔王将軍も共闘できる様な神では無い」
「それで魔王天王は何処に?」
その問いにはイヒカ姫が答えた。
「黒いヤマタノオロチなら根之堅洲國で会ったぞ」
「根之堅洲國に?」
「おそらく妾を追って吉野から地上に出たはずじゃ。瞬く間に捕まり、身動きすらできなかった。恐ろしい化け物であった」
「イヒカ姫さまを捕まえた?」
チビコマチが目を丸くしている。
異空間を自在移動できるイヒカ姫を捕まえるなど不可能に近い。
黒の魔王将軍とは、それほどケタ違いな強さ
なのだろう。
「黒の魔王将軍は我ら全軍でも、ヤマタノオロチ総がかりでも勝てぬ。緑の太歳神ソウコウでも金色の羅睺でもな」
イヒカ姫が少し首をかしげる。
「ですが倶魔羅天王よ、その魔王将軍を相手に蛇毒気神が互角に戦っておられましたぞ」
「そうであろう。蛇毒気神つまりケイトは厩戸王の導きで悟りを開いたからな」
「悟り?」
「仏の導きにより神としての力を超える事ができた。それかケイトの能力だ」
「神を超えた能力とは?」
「宇宙一体だ」
「宇宙一体!それはいったいどの様な能力なのでしょう?」
「この宇宙と一体となる事により、宇宙と同等質量の“龍玉”を創る事ができる。それがケイトの能力だ」
「なんと!それが神を超えた力ですか」
「できる神は他にも居ると聞くがな」
「それは…」と小野篁が言いかけてハッ!と気づいた。
「魔王大権現!カマタリ様ですね」
「その通りだ」
クマラ天王はうなずくと草薙の剣を取って西の方を指す。
「はるか西の国に玄奘と申す僧が居ると聞く。その者がこの戦いの答えを知っていると厩戸王は言っていた」
「玄奘…?唐のあの玄奘三蔵法師ですか?」
クマラは驚いた顔をする。
「玄奘なる僧を知っているのか小野篁」
「はい、我らは未来から参りましたので。まさにこの時代に玄奘は、天竺より大唐に戻っていると聞きます」
「唐に…」クマラははるか西方を望んだ。
唐の都「長安」
とにかく人が多い。規模がデカい。
市街地はどこまでも続き、世界各国の様々な宗派の巨大な寺院や教会が並び、怒鳴り声と土埃が飛び交う。雑多でパワフルな大都市とも言える。
チカタたち留学僧はこの長安の六条にある慧日道場で三蔵法師玄奘の一門として修行を続けていた。
チカタの兄弟子でもある道昭は今はこの道場には居ない。
師である玄奘の言いつけで、さらに禅を深化すべく隆化寺に参禅しに出向いている。
いつもならば道昭が無心で禅を組んでいた玄奘の坊の片隅には、今度は孫少年と、長髪の魔女の沙たち天魔が二人、並んで座禅を組んでいる。
その奥の書斎では、玄奘 が机に向かい、夜も寝ずに膨大な経典の翻訳作業を続けていた。
あの戦いの後、ボロボロになって死にかけていた王と沙を玄奘は引き受けてくれ、孫少年とチカタが神界の水を掛けて治療した。
あのまま帰ってはジャオに殺されてしまっていたであろう。
その部屋の片隅の窓辺には道袍に冠巾をかぶった道士服姿の王が、玄奘 の翻訳が終わったばかりの経典を読みながら酒を飲んでいる。
寺院の中では規則違反も甚だしいが、玄奘 は何も言わない。
いや相手にされて無いとも見える。
さしずめ進学校の落ちこぼれ学生がイキっている構図にも見える。
時々チカタが様子を見に来るが、王の姿を見てはクスリと笑って帰って行く。
その度に王は不機嫌な顔で酒を呑んだ。
王は盃を傾けながら偉そうに経典の批評を始めた。
「しかし仏法なるものは具体性も無いし、空論ばかりだ。何が優れているのやら分からんね」
「どの部分が分からないのかね?」
その度に玄奘は手を止めて王に向かい合って経文を解説する。
ますます王は不機嫌な顔になった。
玄奘の解説は深く明瞭だった。王も学識者なので、皮肉な事に、たちまち玄奘の教えを理解してしまうのだ。
その度に上位魔神である自身が人間に教化されてしまう屈辱感を味わう事になった。
「もういい!後は私が読む!」
いつもなら王はクルリと背を向けて経文の矛盾点を突くべく、さらに読み込み始めるのが日課になっていた。
皮肉な事に王は頭脳明晰であるゆえに経文の深い部分まで理解できるため玄奘の理論に負けてしまい逆らえないのだ。
だが今回は少し違った。
王は少しムキになって反論を始める。
最近では孫少年や沙の仕草や態度が、日に日に禅定を身に付けていくのが分かった。いや二人が魔神として格が上がっているのが分かる。
魔力の増減、パワーの強弱、技術の高下。そのような上辺の力では無い、彼らの物腰や仕草に油断が無くなり、状況判断も的確になった。
スキが無いのだ。
これは魔物としてありえない。
魔物は強さが全てのはずだ!
目に見えない何かの危機を感じて、王は焦った。
(なんとしてもこの仏法を否定せねばならない!)
王は「わりとどうでもいい使命感」に駆られて、とりあえず全否定をし始める。
玄奘はそれを待ち構えていたかの様に王と問答を始めた。
王はいつもの様に経文を叩きながらあえて尊大な態度を見せる。
「まず『空』を目的に修行するというのならば、その悟りによる利点とは何かね?」
「仏の智慧だ」
「ふん、その時間を学問に打ち込ませた方が知恵や知識は身に着くのではないかね?」
「知恵や知識は人間自身の『意識』でしか認識できない、部分的なものだ。意識して知覚できるもの、それが知識だ。だが智慧は真理から発生する。
真理は根元であるゆえに全宇宙、三千世界全て繋がっている。だから智慧は新たに加わるものでも知るものでも無い」
「ならばそれが『空』と、どういう関係がある」
「悟り開き仏になると、八つの「識」が『智』に転ずる。それを転識得智と言う。これが大宇宙の『智』だ」
「ならば悟りへの道程とは何だ?」
「禅定に至り阿頼耶識の根源を探る。それだけだ」
王がまた考え込んだ。
玄奘はユルリと微笑むと立ち上がり、座禅を組んでいる孫少年と沙の方へ向かった。
「沙よ、無尋無伺に至った様だな。そろそろお前にも悟空の様に法名を与えよう。これより我が弟子として道に励むが良い」
沙は喜び地面に低頭した。
「沙よ、これよりお前は『悟浄』と名乗り、仏の守護神となって未来の修行者たちを守るのだ」
「師ヨ、誓イます」
玄奘は沙に灌頂の儀式を取り行うと、次に王の所にもやって来る。
王は興味無さそうに経典を読むフリをしていた。
「経文が逆さまだぞ王」
王はあわてて経典をひっくり返す。
「お前にも名を与えよう、我が弟子として以後この名を名乗るが良い」
「ほう、天界の大元帥であるこの私に人間ごときが名付けるのか。面白い、どんな名だ」
天界の大将軍であった王はイスにふんぞり返ると暗く微笑んだ。
「お前の名は『八戒』だ」
王が椅子からズッコケた。
「ちょっと待て!なぜコイツらが『悟空』と『悟浄』という悟りを得た名なのに、実力も知識も格上のこの私が『八戒』なのだ!!」
「お前は飲み食いが好きな様だからな。いつでも飲み食いできる名前にしてあげたのだよ八戒」
これを聞いた部屋の奥では孫悟空と沙悟浄が吹き出し、大笑いを始めた。
飛鳥、中臣の御食子の屋敷。
「ふう…疲れた」
地獄の井戸から出て来た額田姫王は、屋敷の侍女に湯を涌かす様に指示し、食事を取ろうと居間に入る。
もうとっくに日が落ちている。
昨夜から吉野でバトルやら竜宮城で作戦会議やらで休む余裕も無かった。
「ようやく休める…わ?」
額田姫王が立ちつくす。
そこには若い侍女たちをはべらせ、二人のカマタリと黒いヤマタノオロチが三人仲良く酒盛りをしているのが見えた。
この様子だと、ずっと昼から飲んでいたようだ。
額田姫王の額に青スジが走る。
ダブルカマタリが額田姫王に気づき、二人そろって酒の入った瓶子をかかげた。
「あ!鏡さんちょうど良かった、紹介するよ!コイツは俺の仲間でヤマタノ…」
「バチッ!」
額田姫王の全身から怒りの電流がほとばしると、侍女たちは慣れたものでサッと逃げ去り、三人の男どもは冷や汗を流しながら盃を持ったまま固まっていた。
その夜、飛鳥の中臣の屋敷では三人の豪快な悲鳴が聞こえた。
〜 91 八戒 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
> 八戒はいつでも飲み食いできる名前
玄奘や悟空たちは仏や聖者になる事が約束されますが、猪八戒は浄壇使者という、供物を食い放題の清掃役になりましたとさ。
めでたしめでたし。
> 宇宙一体!それはいったい
あれ?猫の妙術でも同じセリフを書いたような…




