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92 ミケコの飲み友

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』

獣神であり、魔王大権現でもある。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)・鏡姫

中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。琵琶湖の龍王女の転生体である。


 藤原チカタ(中臣真人:定慧)

カマタリと額田姫王の養子。

厩戸王の転生者であり天魔王でもある。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の「鬼神の塚」を守る片目の野守。

新陰流の達人であり、左眼の「鬼神の鏡」で時空を越える能力を持つ。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫王)

第六天魔王、天照大神

ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。


 小狐丸

黒い戦闘魔獣。

魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。


 お玉(玉藻)

百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。

幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。

  〜長安城の後宮〜

 数千人の美女たちの棲(す)まう都である。

皇帝の妃たちを筆頭にいくつかの階層があり、さらに侍女や宦官たちが行き交う。

 これだけ女が多いと、中には一生皇帝に会った事すら無い者もいる。そして皇帝が崩御すると顔に焼き印を押されて宮廷から追い出される事になる。


 この後宮の最高権力者が皇帝の正妃であるウー・ジャオ(武照)だ。

 ジャオは寝室でゴロ寝をしながら爵(シャク)の酒をあおる。

その隣には魔獣の侍女たちが居並び、ジャオの長い髪を髪を梳(と)かし、酒や朝食の膳を持ち並んでいる。


「私が皇帝になってだな、封禅(ほうぜん)を執り行い周王朝を復活させるのだが、それには龍が必要じゃろ?のう劉仁軌(りゅうじんき)よ」


「龍でございますか?」

 白く光る天魔将軍の鎧を着た劉仁軌(りゅうじんき)がジャオの方へ向き直る。


「倭国(ヤマタイ)では『九嬰(きゅうえい)』が復活したと聞く。それを捕まえて来い」


「うけたまわりました」

 もし王(ワン)がこの場に居たら「龍なんてどれも同じですよ」で済ましてしまう話だが、劉仁軌(りゅうじんき)は真面目一徹な男である。真面目に龍を捕まえるつもりらしい。


 『九嬰(きゅうえい)』とは九人の嬰児(赤ん坊)を意味し、赤子の声で鳴く頭が九つある大蛇と言われる。

 強力な超音波を操っていたのだろうか。

 もとは弓の名手、羿(げい)が射落とした九人の太陽神が転生した魔物だった。

炎を吐き洪水を起こしたため再び羿(げい)に倒された。


「しかし九嬰(きゅうえい)は弓の名手、羿(げい)が倒したとお聞きしますが」


「あれほど高位の神霊は、肉体が一度死んでもやがて蘇る。だからまたまた別な魔龍となって復活したという事だ。今度は邪馬台(ヤマタイ)の大蛇(オロチ)の魔人の一人としてな」


「なるほど、もとは九つ太陽の精霊。それが転生蓬莱(とこよのくに)の天魔王の手により、さらに荒ぶる神となったのですな」


「ふっ…劉仁軌(りゅうじんき)よ、蓬莱(とこよのくに)の龍とは私の封禅(ほうぜん)にふさわしい供物ではないか。九つの太陽を復活させ、新たな周王朝を打ち建てるのだ。良いな」


「はい、ですが荒ぶる龍を捕えるには羿(げい)と同等の戦士が必要でございます」


「ほう、羿(げい)と同等の戦士か。お前がそう言うからには誰か心当たりはあるのだろうな」


「強弓の将軍、張士貴(ちょうしき)の軍勢には、さらに強いと言われる薛仁貴(せつじんき)なる傑物が居ると聞きます。その者こそ、この時代の羿(げい)にふさわしい英雄になれるのではと」


「面白い。その薛仁貴(せつじんき)とやらは今どこに居るか?」


「今は吐火羅(トハラ)でございます」


「吐火羅(トハラ)?どこだ?そこは」


「不毛の砂漠のはるか向こうに大雪山の北方の国、昔の大夏の地にございます。北に鉄門の関所があり、大地には縛蒭(アム川) が流れると言われます」

※吐火羅(トハラ):現在のアフガニスタン北方地域


「ずいぶんと遠くへ行ったものだな」


「吐火羅(トハラ)の王族は絶え、二十七の豪族どもが争い、それらは突厥(とっけつ)どもに支配されております」


「ほう、詳しいのだな」


「玄奘(げんじょう)なる僧が、天竺へ行く途中に、じっさいに見聞きして参ったと聞きます」


「玄奘(げんじょう)?どこかで聞いた名だな。まぁ良い、その薛仁貴(せつじんき)を使って龍を捕まえて来い」


「はっ」

 青い服をまとった侍女がフワリと劉仁軌(りゅうじんき)に袖を掛けると、二人の姿が消え、巨大な青い鳥が劉仁軌(りゅうじんき)を乗せて西の砂漠へと飛んで行った。



   〜吉野の山奥〜

 カマタリと額田姫王(ぬかたのひめみこ)の夫婦はまだ殯(モガリ)期間中であるが、これ幸いと今日もイヒカ姫の命令で吉野の山奥に駆り出されていた。

ヤマタノオロチ探索のためだ。


「へえ、竜宮城っすか?やっぱ美人の采女(うねめ)とかたくさん…」


「居なかったわ!タイやヒラメが舞い踊っていただけよ!」

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)が間髪(かんぱつ)入れず否定する。


「そ、そうなの?」


「城もただの洞穴で、サメやナマズがウロウロ巡回してるだけだったわ」


「海にナマズが居るの?」


「う…海だって一言も言って無いでしょ!」

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)は言った後に気合いでゴマかす。


「いや鯛やヒラメがって…」


「あ〜ところでヤマタノオロチの件じゃがな」

 イヒカ姫が呆れた顔で話に割り込んで来た。


「ヤマタノオロチなんて、あんなモン倒すのムリでしょ」


「退治するのではない。仲間に引き込むのじゃ」


「なおさらムリだと思いますが」


「うるさい!作戦は小野篁(おのたかむら)に解説させるから良く聞いておけ!」

…と、いきなり放り投げた。


 小野篁(おのたかむら)が片膝を着き一礼する。

「ヤマタノオロチの首から顕(あらわ)れた神々たちは、お互いに争い合っているフシがございます」


「ふ〜ん、なるほど。その内の何人かをヒルコさんやクマラ王みたいに人類の味方にするって事ね」


「ははっ、その通りでございます」


「そこでキサマの使命じゃが、金星のヤマタノオロチを見つけ出して我らの味方に付ける事じゃ」


「んなムチャな。そもそもヤマタノオロチのが人間の話なんて聞いてくれるんですかねぇ?」


「蛇毒気神(ダドクケのカミ)と倶魔羅(クマラ)は味方だぞ。それに『お前の嫁』も龍女ではないか。龍神であろうと意外と理解し合えるものだ」


「理解ですか?」カマタリはチラッと横を見ると、額田姫王(ぬかたのひめみこ)が自慢げにツンと胸を張っている。

「……ムリじゃ無いかな」

「何か言った!」

「いえ、べつに…」


 カマタリは「どっこいしょ」と立ち上がる。

「そういやウチにも一人、ヤマタノオロチを名乗る居候魔人が居るけど、まぁなんとかなるもんかもな」


「何っ!ヤマタノオロチが!それは真(まこと)か?」イヒカ姫が飛び上がって驚いた。


「いや、酒飲んでメシ食うだけの魔人ですよ。つまみ食いしては屋敷の女たちに怒られてるし、たぶん勝手にヤマタノオロチをま名乗ってるだけですよ」

 どうやら三人はあの後も飲んで家中の侍女たちに怒られていたらしい。


「そうなのか?」イヒカ姫が腕組みしながら顔をしかめる。


「ええ、大したことありませんわ。昨夜も少し怒ったらシュンとしてましたし」

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)が昨夜の件を持ち出す。


「少しねぇ…」

「何か言った!」

「いえ、何も」


「ふむ。しかし下位の魔神ごときが、ヤマタノオロチという強大な神名(カムナ)を名乗れるものじゃろうか?」

 イヒカ姫は釈然(しゃくぜん)としない表情で首をひねる。

 神名(カムナ)とは、名前の中に神威を含んだ言霊である。

ヤマタノオロチのような大神霊の魔名を下級魔人が使って無事でいるとは思えないが…


「まぁアイツも今ではすっかり親父の飲み仲間になってますしね。ヤマタノオロチもあのぐらいなら楽なんですけどねぇ」

「ね〜」

 カマタリのお気楽発言に額田姫王(ぬかたのひめみこ)が相づちを打った。

 だんだん似たもの夫婦になりつつある。

 イヒカ姫は眉間にシワを寄せながら考え込んでいた。



  〜 中臣御食子の屋敷 〜

「ふむ、これなら頭のツノを隠せそうじゃな。似合っておるぞ」

「そうか!」黒いヤマタノオロチは手鏡を見て満足そうに笑った。

 御食子(ミケコ)は屋敷の侍女たちに命じて黒いヤマタノオロチの白髪から出ている黒いツノを厚手の布を巻いて隠した。


「これなら街中を歩き回っても平気じゃろうて」


「街へ出るのか!」


「まだケガレが有るのでな、長居はできませぬが、ちと内裏の様子でも見に行こうかと思いましてな」


「ケガレだと?お前がか?」


「うむ、前回は寶皇女(たからのひめみこ)さまの勅命で参内しましたが、まだ我が家は殯(モガリ)中でございますらな」

 というか御食子(ミケコ)はカマタリのフリをして、しれっと飛鳥の朝廷に毎日のように参内(さんだい)している。


「殯(モガリ)とはだれの殯(モガリ)だ?」


「ワシの殯(モガリ)ですじゃ」


「ほう!自分で自分の殯(モガリ)をやっているのか!やはり人間どもは面白いな!」

 黒いヤマタノオロチは目を輝かせた。


「さて、では参りましょうぞ黒どの」

「うむ」

 御食子(ミケコ)と黒いヤマタノオロチは馬に乗って新宮殿のある雷丘(いかづちのおか)を目指した。


   〜岡本宮

 飛鳥、雷丘(いかづちのおか)

雷神を捕まえたという伝説がある。

斉明天皇こと女帝、寶皇女(たからのひめみこ)は、この場所に新宮殿を築いていた。

 まだ新しい内裏は、だいぶ道教風の建築様式になっていた。


 内裏の庭を歩くと前方に大海皇子が見えた。太夫たちを集めて何やら書き物をしているようだ。


御食子(ミケコ)は大海皇子の手前で礼をすると黒いヤマタノオロチを連れてスタスタと横を通り過ぎる。


 ふと大海皇子が横目で御食子(ミケコ)と共に歩く大男を見ると、皇子は持っていた笏(しゃく)をポトリと落とした。

「ふあっ?!」

 大海皇子の周囲に居る太夫たちが驚いた顔をしてる。


「くっくっくっ…では市場にでも行って一杯やるかかのう」


「ほう、いいな」


 大海皇子に一杯食わせた御食子(ミケコ)はいたずらっぽく笑うと黒いヤマタノオロチを連れて出かけてしまった。

 大海皇子は目を丸くしたまま二人を見送っていた。


 〜 92 ミケコの飲み友 〜完

  【年表】

◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐

◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)

◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)

◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。

◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災

◼ 656年 葛城山に龍が現れる。


 (=φωφ=)あとがき。

飛鳥は今日も平和ですね(そうかな?)

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