89 取引き
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』
獣神であり、魔王大権現でもある。
額田姫王・鏡姫
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。琵琶湖の龍王女の転生体である。
藤原チカタ(中臣真人:定慧)
カマタリと額田姫王の養子。
厩戸王の転生者であり天魔王でもある。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の「鬼神の塚」を守る片目の野守。
新陰流の達人であり、左眼の「鬼神の鏡」で時空を越える能力を持つ。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
第六天魔王、天照大神
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
「何がお望みですかな?人間の御子よ」
長大な翠の衣服に冠をかぶったソウコウが、
そして神官のような白衣を着たトクダツの二人が高御座の前に立つ。二人とも頭から大きなツノが生えている。
『翠のソウコウ』
『白のトクダツ』
二人とも草薙の剣のような杖や矛を手にしている。ヤマタノオロチの転生体である。
寶女王つまり女帝斉明天皇は美しく若々しい唇で微笑む。
道教風の真っ赤な袞衣を羽織り、鳳凰の飾りが付いた金の宝冠をかぶっている。
その姿は娘の間人皇女そっくりだった。
「戦が始まる。その支度をせねばならぬのじゃ」
高御座の上から老齢の女性とは思えないハキハキとした女帝の声が響く。声まで若い娘のようだ。
「ほほう、では我らへの『報酬』の方も準備できておられるのですかな?」
「言ったであろう、戦が始まるのじゃと」
若々しい女帝は赤い唇をつり上げて微笑むと、翠のソウコウもまた大きな口をつり上げてニヤリと微笑んだ。
「なるほどなるほど良いでしょうオオヒルメの子よ、我らもお力を貸しましょうぞ」
「うむ」
女帝は横に居並ぶ朝廷の神官らに目を向ける。
「いかが思うか?内臣の鎌足」
神祇伯の姿をしたカマタリによく似た男が一礼する。こちらも、こっそり若返った中臣の御食である。
「その件につきましては、こちらに居る大将軍中臣の国が息子、中臣金より申し上げまする」
奥に控えていた中臣の金が高御座の御前にまかり出て軍備や軍船の状況を天皇に報告する。
中臣の金の父親の中臣の国は中臣のミケコの弟である。
中臣の国は征新羅大将軍となって大軍を率い、戦わずして新羅を降伏させた男だ。
本人もあわよくば父に負けぬ働きをしようと張り切っているのだろう。
だが今は新羅は唐の属国となっている。
新羅と戦えば唐が出て来る。
事実上の軍事同盟と言える。
さらに最近の運河工事などで国家予算は底を着いている。
ここで戦争を始めれば国家が疲弊するばかりではないか?
ミケコはわずかに眉をしかめながら、我が甥の話をびみょうな表情で聞いていた。
それに…
ミケコはチラリと二人の魔人を見た。
その瞬間、目を閉じていた白いヤマタノオロチ『白のトクダツ』が金色の目をパッ!と明けてこちらを振り向いた。
「うっ!」
ミケコの顔から血の気が引く。
あわてて目線を逸らした。
どうやらあの『白のトクダツ』というヤマタノオロチはミケコがこの現世の存在では無い事に気づいたようだ。
ミケコが再び目を向けると、すでに『白のトクダツ』は視線を高御座の傍の方へ向けていた。
(ワシごとき、警戒すべき存在ですら無いという事か)雑魚扱いされて、むしろミケコはホッとした。
まぁ良い、弟子の紀朝雄にも教えたが相手の気に止まらなければ仕事はしやすいものだ。
しかし、あの白いヤマタノオロチは何を見ているのか?
白のトクダツの視線の先には高御座の横に控えた大海皇子と、高御座の上にいる艶やかな寶女王の方をボーっと眺めている有馬皇子が居た。
(…大海皇子?)
その時、目を閉じていた大海皇子は、ふと目を開け、ミケコを見て微笑んだ。
(まさか!)
真に警戒すべき人物は最強の巫女、寶女王の血を継いだ大海皇子だったのかもしれない…
ミケコは心を読まれまいと静かに息を整えた。
太極殿
中臣の金の長い報告を聞いた翠のソウコウは長いヒゲをなでながら満足そうな笑みを浮かべる。
「素晴らしい兵力ですな姫さま、では我々はお呼びがかかるまで根之堅洲國に戻るとしましょうや」
「こちらの世界に居なくて良いのかえ?」
「心配には及びませぬ。この白のトクダツは異界を見る目を持っておりますので」
(なるほど、それでワシの存在を見抜いたのじゃな。これでは地獄の井戸を使った奇襲も使えまいて)
ミケコは白いヤマタノオロチの能力を察して考え込んだ。
それにしてもこの二人の魔人は根之堅洲國で出会ったあの凶暴な黒いヤマタノオロチとはずいぶん性質が違う。
むしろあの黒い魔人と距離を置いている様にも見える。
ミケコの頭に一つの仮説が浮かんだ。
あの黒い魔人は蛇毒気神と戦っていた。もしやヤマタノオロチの首はそれぞれ単独の神となった事により、首ごとに違う人格を持ってしまったのではないか?
(これは使えそうじゃな)
歴戦の兵法家、中臣のミケコは魔人との絶望的な戦いを前に、わずかに勝機を見出し始めた。
翠のソウコウが草薙の剣のような飾りの付いた杖を振り上げると、足元に巨大な黒い穴がドン!と開いて白のトクダツと共に消えてしまった。
あの緑色のヤマタノオロチは魔法使いらしい。
人間相手に侮る気配も見せず対等に交渉し懐柔しようとしている様にも見える。
(もしあの『翠のソウコウ』がヤマタノオロチの軍団を率いたとしたら…もう打つ手はあるまい)
ミケコは身震いした。手強わそうな魔人だ。
元神祇長官中臣のミケコは次の一手を探るべく静かに考えを巡らせた。
「やれやれ、まさか魔物と交渉する事になるとはのう」
ミケコは朝廷の合議から退出する途上でつぶやく。
「ははは、彼奴らが味方とは心強いものですな!カマの大兄」
甥の中臣の金が豪快に笑う。呑気なものだ。
「しかし寶の姫さまも、あのような恐ろしい魔人どもを引き込んでしまって、どうするおつもりやら」
「なに、これで勝ち軍は決まりですぞ!カマの大兄!」
「さて、どうかな」
中臣の金は笑うが、ミケコは厳しい顔をし、太極殿を出ると遠くの空を見上げた。
「しかし寶女王はヤマタノオロチへの報酬が戦じゃと言っていたな…あれはどういう意味じゃ?」
空には初夏の白い雲が薄くベールのように浮かんでいた。
吉野の山奥。
そのころカマタリ本人と黒い魔王たち二人はまだ楽しく飲み食いしていた。
先ほどまでヤマタノオロチの強大な邪気により木から落ちていたはずのホトトギスが、また鳴いている。
動物の姿も時おり見える。
カマタリが魚を捕まえたさいに黒い魔王から邪気が消えたようだ。
だいぶ飲み食いした後、黒いヤマタノオロチは手を止めて言う。
「これだけ食わせてもらってすまない。お前に頼みがある」
「いいぜ。何でも言ってみな」
「俺をお前の仲間にしてくれ」
「ん?なんでまた」
「俺たちにとって人間は、ただ食うだけの存在だった。だが人間とはこんなに面白いものだったのかと改めて知った。
俺はお前たちをもっと知りたいのだ」
「いいよウチに来な」
カマタリは相変わらず何も考えずOKしてしまう。
「ホントか!」
「ああ、お前は黄泉国では悪人だったのかも知れねえ、だが今、お前は自分が正しいと思える方向を見つけて、自分を変えた。それは神のマコトってもんさ。お前さんにはそれができたんだ」
などとカマタリは御食子からの受け売りを偉そうに言う。
「そ、そうなのか?」
「そういうのは…そう!発心!求道心ってやつだよ。立派なもんじゃねえか」
などとチカタからの受け売りを偉そうに言う。
「立派?この俺が?」
「ああ立派な心がけじゃねえか。お前さん立派だよ、なあ」
カマタリは盃を差し出した。
「俺が…立派…」
「そうなればアンタも俺みたいに一流の神になれるってもんさ」
「俺が神に?…」
「まぁ飲めよ」
黒い魔人は盃を受けながら嬉しさのあまり涙した。
この魔人どうやら泣き上戸らしい。
(きっと地獄では上位の魔人どもにイジメられていたのだろうなあ…)と、カマタリは思った。
困ったことにカマタリはそういうはぐれ者や落ちこぼれが大好きな男だった。
ホトトギスが鳴いていた。
〜 89 取引き 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
とうとうヤマタノオロチがまた一人仲間になってしまいました。
名前が魔王。
魔王だらけなんですけど…どうしましょ?




