87 龍神戦争
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』
獣神であり、魔王大権現でもある。
額田姫王・鏡姫
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。琵琶湖の龍王女の転生体である。
藤原チカタ(中臣真人:定慧)
カマタリと額田姫王の養子。
厩戸王の転生者であり天魔王でもある。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の「鬼神の塚」を守る片目の野守。
新陰流の達人であり、左眼の「鬼神の鏡」で時空を越える能力を持つ。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
第六天魔王、天照大神
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
「カッ!」と男が口を開くと衝撃波で木々が倒され、巨岩が弾けた。
危うくチビコマチはゴンに抱えられて回避できたが、背後の崖がガラガラと崩れていく。
「衣の関が効かない!」
言霊のバリアをたやすく貫通してくる魔人の圧倒的なパワーにチビコマチが戦慄する。
その男は深い海のような濃紺の小札の鎧 の上にブルーの薄衣を羽織り、赤い髪の側頭部からは瑪瑙のようにツヤやかなグレーの角が後ろに向かって鋭く伸びていた。
「カッカッカッ!」
濃紺の魔人は凶々(まがまが)しいまでの入れ墨だらけの顔を向けて金色の目を剥いた。
チビコマチはゴンに抱えられながら炎の言霊を連射する。
人に逢はむ 月のなきには 思ひおきて
胸はしり火に 心やけをり
『走り火!』
空中をいく筋もの炎が走り、たちまち魔人を炎に包んだが男は炎の中でも笑いを止めない。
「炎も効かない!」絶望的な戦いにチビコマチが叫んだ。
「面白れェなお前ら、もっと楽しませろよ人間」
濃紺の魔人が腰に差していた剣を抜く。
鋒が大蛇の舌の様に二股に分かれ、にぶく黄銅色に輝く刀身から強烈な邪気の波動が吹き出し四方の草木がザワめいた。
チビコマチを岩陰に下ろしたゴンが身を沈めて魔人めがけて走り込んで来る。
「ケッ!」と赤く割れた舌を伸ばして紺色の魔人が剣を振り抜く。
ゴウ!と凄まじい剣風が巻き起こりゴンの脇腹を打つ。
切られる直前、ゴンは身をかわしざまに両手で魔人の拳を乗り押さえた。
「新陰流、肋一寸」
ギリギリで我が身を打たせ、同時に敵の拳へ打ち乗る捨て身技だ。
だが男は構わず剣を振り抜き、ゴンは紙切れのように飛ばされてしまう。
その時、ゴンの左眼が光り、ゴンの姿が空中に消えた。
「ぬ?」
魔人の動きが止まる。その瞬間、男の頭上の空中が光りゴンが飛び出した。
ゴンは飛ばされた勢いのまま魔人の首にヒザを蹴り込み、脳天に肘を打ち付けた。
だが男はグルリと首を真後ろに向けると炎を吐く。
ゴンはヒラリと空中で後転して炎を避けながら光と共に消えると、再びチビコマチの前に現れた。
圧倒的なパワー
これほどゴンが鬼神の鏡を使うのも、またゴンの技が効かないのも初めてだ。
「ははあ、お前いま『常世の口』を使ったな」
紺色の魔人は剣先をゴンに向けた。
(この魔人は地獄の井戸を知っている!)
ヤマタノオロチ!
やはりただの魔人ではない…打つ手が無い!
ゴンとチビコマチに緊張が走る。
男は赤い舌先を伸ばして笑いながら剣を右肩に振り上げる。
「よう!お前、もう一度さっきの技を使ってみな、常世の世界ごとテメェを切ってやるぜ」
ゴンは身構えた。
おそらく異世界ごと切るというのはハッタリではなく本当の事だろう。
なんとかチビコマチが逃げる時間だけでも稼ぐしかない。
だがチビコマチには地獄の井戸に入る能力は無い。チビコマチが時空を超えるにはゴンの鬼神の鏡が必要なのだ。
ならば自分がヤマタノオロチを倒すしかない!
ゴンが捨て身で突進して来るのを察した紺色の魔人はカッ!と口を開けた。
『尾花刈り!』
突然無数の大気の刃が紺色の魔人に撃ち込まれた。
足元の岩が弾け飛び、背後の樹木が薙ぎ倒されるが男は平然としている。
「あ?」紺色の魔人が金色の眼を向ける。
崖の上から額田姫王が飛び降りて来る。
「退がりなさい!小町。ソイツに言霊は効かないわ!」
「姫王さま!」ゴンに抱きかかえられてチビコマチが飛び退くと、入れ違いに額田姫王が走り込む。
やすみしし 我ご大君の 畏きや
御陵仕ふる
山科の 鏡の山に
『鏡!』
額田姫王が袖を振ると手元から光が伸びて白銀に輝く剣が現れる。
龍神の剣
額田姫王は鏡王の一族と推測されている。
鏡の「カガ」とは蛇を意味する。
また鏡とは「蛇眼」つまりオロチの瞳を意味する。
ゴンの左眼に埋め込まれた鬼神の鏡のような輝く霊器。
龍神の力が霊剣として顕われたモノ(霊)それがこの鏡の霊剣である。
額田姫王は細身の美しい剣を執り、フワリと舞う様に紺色の魔人に斬り懸かる。
「ガキン!」と激しい金属音と共に衝撃波と稲妻が散り、雷撃は山肌を削ずり走り、木々が裂け爆ぜる。
龍神同士の戦いに大地が震えた。
紺色の魔人は金色の目をむく。
「お前、龍だな」
「邪龍といっしょにしないで」
額田姫王はクルリと舞うように間合いを外し剣を上段にかかげる。
「フン!お前みたいなバカ女には“しつけ”が必要だな!」
紺色の魔人が大きく振りかぶって「ブン!」と剣を振ると、その剣圧だけで額田姫王が小石のように弾き飛ばされた。
「ぐっ…」額田姫王は飛ばされながら歌を詠む。
君待つと 我が恋ひ居れば
我が宿の
簾動かし 秋の風吹く
『簾』
すると四方から風が集まり彼女の身体をフワリと受け止め着地する。
「面白れえなお前ら。現世がこんなに面白れえとはな!」
濃紺の魔人は高笑いを続ける。
「お前らみんな食ってみたくなったぜ」
魔人は黄銅色の剣を高く振り上げながら赤く割れた舌を伸ばした。
その時、魔人の眼前に無数の黒い穴が開いて、中から剣を構えた猫娘たちが飛び出し、たちまち魔人の身体をズタズタに切り裂く。
「なあにい〜」
紺色の魔人の傷はたちまち復元を始めた。
中にゆく 吉野の川は あせななむ
妹背の山を 越えてみるべく
どこからか小野篁の歌声が聞こえて来ると二枚の呪符のカードがクルクルと魔人の周囲を回る。
『送り鐘!』
呪符のカードが空中に静止すると空間が暗く落ち窪んだように歪み、ブーンと唸りを上げる。
『迎え鐘!』
さらにもう一つの呪符カードが「送り鐘」の超低周波音に共鳴し、エネルギーを増幅させる。
「ギャアアア!」
紺色の魔人は頭を抱えてのたうち回る。
パラメトリックスピーカー
指向性超音波を特定の空間ポイントにのみ発生させるため周囲の人間は影響は受けない。
地獄の井戸が開いて黒い穴の中から白い軍服の若者が現れる。
小野篁である。
「いくら細胞が無限の再生力を持とうとも、この冥界の響きからは逃れられない。姫王様、今です」
「まかせて!」
小野篁の援護を受けて額田姫王は銀色の剣を構える。
「不様なものだな」
どこからか声が響いた。
皆があわてて見回すが、誰もいない。
すると、はるか向かいの山の山頂に金色の鎧を身につけた武将の様な男が立っているのが見えた。
武将の様な男は髪が赤い炎をまとい、頭の左右からは黒く光るヤギのような大きなツノが生えていた。顔面には龍の様な入れ墨が彫られている。
あれもヤマタノオロチの魔人体?!
ヤマタノオロチの転生体は一人では無かったのだ!
小野篁が息を呑む。
「あの距離から声が届くのか?…まさか!」
「その通りだ」
今度は小野篁の耳元で聞こえた。
「まさか…あの魔人も『迎え鐘』が使えるのか!」
小野篁の頬を汗が伝った。
〜 87 龍神戦争 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
ヤマタノオロチが増殖中。
またまた脱線しそうな予感が…
> 走り火
チビコマチはまだお子様なので、我が身を焦がす恋火を使えないのです。
ちなみに地獄の井戸も使えないので、タスク君の家にはゴンに連れて行ってもらっています。
> 小野篁の歌声
いちおうパパも有名な歌人でした。




