86 対決!カマタリ対ヤマタノオロチ
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の田舎の獣神であり、魔王大権現でもある。
額田姫王・鏡姫
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
藤原チカタ(中臣真人:定慧)
カマタリと額田姫王の養子。
厩戸王の転生者であり天魔王でもある。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
第六天魔王、天照大神
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
中臣の屋敷。
庭の馬場からさらに奥まった屋敷森の中に中臣御食子の殯の宮がある。
宮と言っても茅葺き屋根の古代の高床式倉庫を改造したものである。
そこに結界の注連縄を巡らせ、赤い塗料で色を塗り、それっぽく彫刻で飾り付けた建物だ。
屋根を支える垂木がてっぺんの棟を突き抜けて左右に交差し、さらに横向きに据えた堅魚で茅葺き屋根の棟板を押さえる。
この建築様式は弥生時代からある古いスタイルの高床式建築なのだが、古代の紋様で彩られたその見た目は現代の神社の本堂そのものだ。
この神社の原型となった高床式倉庫型の造りは「神明造」と呼ばれている。
屋外倉庫の形式なので、昔は墳墓が完成するまでここに死者の柩を安置し、ついでに祀る事ができた。
さて、ここで問題が発生した。
この倉庫型社殿の中には、カマタリとイヒカ姫、小野篁と猫娘軍団、チビコマチとゴンたちが居並び足の踏み場も無い。
額田姫王はといえば、なぜか怒ってここから出て行ってしまった。
「と言うワケじゃカマタリ。ヤマタノオロチを倒しに行くぞ!」
と、イヒカ姫が相変わらずムチャな命令を出してくる。
「んな事いきなり言われましても俺は喪中なんで、ここを離れられないんすけど」
「それなら心配ない!お前の代わりを連れて来てやった」
「へ?俺の?」
イヒカ姫の背後が紫に光ると、地獄の井戸の中からカマタリによく似た男が出て来た。
「なんじゃ猫でいっぱいじゃのう」
男はヒョイと猫娘を抱き抱えて中に入って来た。
「ほあ?」
自分そっくりの男を見てカマタリも驚いている。
男はまだ二十代ぐらいだろうか。カマタリに比べるとだいぶ若い。武官風の粗末な服装だが、そのわりには立派な太刀を佩いている。田舎の軍事貴族のようだ。腰に鎌を差しているのが目に止まった。
「ん?あれは…」
「後の事は全てこの者に任かせて、お前は一刻も早くヤマタノオロチめを倒すのじゃ!」
「いやムリでしょ!朝廷の仕事もあるし」
「どうせたいした仕事でもないんじゃろ?」
イヒカ姫がぶっきらぼうに言う。
「そ!そんな事…無いですよ!」
「ならお前の役職の内容を言うてみい」
「う、それは…」
そもそも『内臣』という役職はカマタリが日本史上初なので、じつは本人も仕事内容をよく把握してない。
「いや、そんな簡単にできる仕事じゃありませんし…」
「コヤツの方がお前なんかよりずっと朝廷の仕事をこなせるぞえ」
イヒカ姫がズバリと言い切ると、男はニカっと笑ってブイサインをしている。
「ホントかねぇ?」
カマタリは渋い表情をするが、男は猫娘を抱いたまま気楽に御食子の柩の上にヒョイと腰掛ける。
「なに、朝廷の仕事なぞ、たいした事ではない。ワシに任せてヤマタノオロチを退治して参れ」
男は猫娘をなでると猫娘はノドをゴロゴロさせている。
「ちょ!あんたそこに座るな!ウチの親父の柩だ!」
「お!そうか、すまぬのう」
ミケはヒラリと飛び降りて自分の柩に謝まった。
「ま、飛鳥の方はワシに任せるが良いぞ息子よ、え〜と」
「カマタリです」
「おお!そうじゃ、カマタリよ」
「だいじょぶなんですかねぇ…この人」
ここまでニブい人間も珍しいが、カマタリは最後までこの男を御食子だと気づかなかったようだ。
「んで、そのヤマタノオロチの転生体って、今どこに居るんです?」
「吉野の山のどこかじゃ!」
「めちゃアバウトっすね」
「いいからさっさと準備せい!」
イヒカ姫は腕組みしてカマタリを蹴飛ばす。
「人遣いが荒いなあ、ちょっと今、着替えを持って行きますから」
カマタリは屋敷に戻ると、いつもの頭陀袋に一張羅のヨレヨレの朝服と紫冠(国家最高位)を無造作にツッコみ、ついでに宴会の残り物の酒や肴を片っ端から袋にぶち込んだ。
ふと見れば膳の手前に先ほどの娘たちが眠っているのが目に留まる。
「……」カマタリは娘の尻にそっと手を伸ばすと、ただならぬ殺気に「ハッ!」と振り返る。
扉の奥の闇の中に額田姫王が瞳を青く輝かせている。
カマタリは腰を抜かして尻もちを着いた。
小野篁が地獄の井戸を開くとそこを抜けると大和の平野を見下ろす広大な林野が広がる。
そこには仮面を着けた黒い魔獣、小狐丸が一行を待っていた。
吉野。
イヒカ姫の御座す神域でもある。
吉野は多武嶺からはだいぶ南の霊場であり、古代より額田姫王など数多の歌人が歌に詠んだ山々がある。
またここは古人大兄皇子をはじめ大海皇子や後醍醐天皇が隠れた要害でもある。
言い換えれば皇室が分裂したさいに、片方はこの吉野に逃げ込む場所なのだ。
小野篁は猫娘たちの群れを探索に出させる。
数十匹の猫娘たちは目にも止まらぬスピードで山林の奥へ消えて行った。
貓鬼
隋では、猫は最強の呪力を持った巫蠱になれると言われている。
たった一匹で大国をも恐れさせたこの猫娘たちは、人間の力で造れる最強の戦闘妖獣と言える。
小野篁は畜生界に堕ちて魔物と化した猫又たちを集め、言霊の力で使役しているのだ。
チビコマチとゴンたちもヒラリと岩を飛び降りると、白銀の千早をなびかせ、たちまち山中に消えて行った。
それを高い岩の上から見送っていたイヒカ姫がカマタリの方へ振り返ると、下からイヒカ姫のミニスカを覗き込んでいたカマタリはあわてて姿勢を正した。
「ヤマタノオロチは妾を追いかけてこの現世に現れるはずじゃ、
ヤツめを大和に入れてはならぬ!その前に探し出して討ち取るのじゃ!」
「しっかしヤマタノオロチなんてあんなデカいの、すぐに見つかるんじゃないっすか?」
カマタリが見たヤマタノオロチは多武嶺に現れ、山から山へと巨大な身体を伸ばしていた八本首の霊体である。
あれだけデカいなら簡単に発見できるはずだ。
「そこが問題なのじゃ。弱体化したとはいえ畿内の山々の龍脈はヤマタノオロチの影響を受けてしまった。
霊体が巨大過ぎて神眼では探知しきれぬほどの大きさなのじゃ。それが今では受肉して人間ほどの小ささになってしまった。
これでは海の中から一滴の水を探すようなものだ。目視で探し出すしか無い」
なるほど霊体がデカ過ぎて人間体がどこに居るのか探知できないのか。やっかいだな。
というワケでカマタリと額田姫王の二人は岩場を探索する事にした。
「やれやれ、俺たちはニャンコ娘以下か」
探知魔法が使えないのではこの二人は役に立たない。足で探すしか無い。
深い森にホトトギスの声が響いた。
「あら、ホトトギス」
額田姫王が顔を輝かせて木々の梢を見上げる。
「ホトトギスって食えるの?」
「バカねキミ!ホトトギスは農業の神、蜀の望王の生まれ変わりなのよ!」
「そうなの?」
「昔を恋しく思い続ける鳥なのよ、ロマンチックでしょ」
「え?鳥が?まさか」カマタリは笑った。
「あーん!もうバカバカ!だからキミはバカなのよっ!」
「え〜ひでぇなぁ」
相変わらず二人になるとケンカばかりしている…かと思えば。
「ねえ、さっきさ、巫女の子に悪さしようとしてたじゃん」
「ん…うん」
「なんなら私が代わりにやられてあげてもいいのよ」
「やれやれ、またか。素直じゃないねぇ」
「何がよ!…んん!」
いきなりカマタリに口づけされ、押し倒され服を押し開かれる。
小ぶりの胸が現れた。
さらに裾をめくり上げ両脚を強引に開く。
「あん!」
額田姫王は歌うような可愛いい声を出す。
「ふふふ、でわさっそく」
「貴様らはこの神聖な霊場でナニをしている」
ギクっとして振り返ると鬼のような形相のイヒカ姫が居た。
カマタリと額田姫王はあわてて裸で逃げ出した。
「なんか昨夜からずっと中途半端だな」
カマタリは欲求不満のまま一人で干物をかじりながら吉野の山奥へと入って行くと清流に出た。
奥には滝が見える。
「ヤマタノオロチなんてもうどっかに行っちゃったんじゃないか?」
どれだけウロウロ歩いてもヤマタノオロチらしき気配は感じない。
カマタリは岩に腰を下ろすと清流に足をひたし、干物を肴に瓶子から酒をガブ飲みする。
ホトトギスが鳴いていた。
なかなか酒を飲むには風流で良い。
その時、ホトトギスの声がピタリと止み、木の枝からパラパラと小鳥が落ちて行くのが見えた。
「ん?何だ??」
何かの影響で小鳥たちが気を失って落ちているようだ。鷹でも居るのだろうか?
「おい、お前」
「ん?」
いきなり声を掛けられて振り返ると、背後の岩の上に白髪の大男が居た。
「それは酒か?」
男は黒い小札の甲冑の上に黒い革の上着を羽織り、白く荒々しい髪からは黒く光る角が左右に伸び、ガッシリした巨体には全身に毒蛇のような凶々(まがまが)しい紋様の入れ墨が彫られている。
「…変わった魔物だな」
カマタリはノンキに干物をかじりながら谷川に足をひたす。
かなり強そうに見えるが、特に強力な霊力は感じられない。
いや、当たり前の話なのだがヤマタノオロチの霊力は国中に広がっており、広大過ぎて感知できない。
それに霊力じたいは魔王権現と化したカマタリはヤマタノオロチをはるかに超えてしまっていた。
だが困った事に本人にはその自覚が無い。
弱体化したヤマタノオロチなど、ただの一般魔人に見えてしまうのだ。
ヤマタノオロチは「カッ!」と赤い口を開くと背中の大剣に手を掛ける。
「フッ、キサマこの俺の姿を見たからには…」
「飲むか?」
カマタリは酒の入った瓶子を差し出した。
おそらくこのデカい男は、前回のイザナミ騒動の時に地獄から落っこちて来たチンピラ魔人なのであろう。
悪い事をした。
気の毒だからメシでも食わしてやろう
…とカマタリは考えたワケだ。
「む…」
男は少し躊躇した。
ふつうの人間や魔物ならヤマタノオロチの強大な妖気に当てられると心気を喪失するか即死してしまうものだ。
神とて例外ではない。
スサノオの尊ですらヤマタノオロチと正面から戦う事を避けた。
だがカマタリは平気で干物をかじって酒を差し出している。
こんな人間は見たことも無い。
いや神でもムリなのではないか?
いったいなぜこの男は平気で酒を飲んでいるのか!
ヤマタノオロチにも理解できなかった。
「食うか?」
カマタリは干物も差し出す。
ヤマタノオロチはジッと干物を見ている。
「食っていいのか?」
「えんりょは要らんよ」
「……」
ヤマタノオロチは干物に手を伸ばした。
香ばしい匂いがする。ヤマタノオロチは干物を一飲みにしてしまう。
「まあ座れ」
カマタリはヤマタノオロチに酒を注いでやると、やはりヤマタノオロチは一口で呑んでしまった。
「おいおい、酒の飲み方も知らねぇのか?それは良い酒なんだぜ」
「…そうなのか?」
「酒はもっとこう風味を味わってだなあ」
「ふむ、なるほど」
もちろんカマタリが酒の良し悪しなど分かっているはずもないが。酔っ払い同士で話は通じるようだ。
「酒や肉はこうやって一気に飲み込んだ方がうまいだろ」と、言うとヤマタノオロチはまた一口で飲み込んだ。
「ははあ〜アンタさ、酒で失敗するタイプだな」
「う…」
図星を突かれてヤマタノオロチは身を縮めてチビチビと飲む。
カマタリがバン!と男の背中を叩いた。
「もっと楽しそうに飲めよ」
「あまり飲むとお前の分が無くなるだろ」
「フッ、心配すんなよ。じつは宴会場からたくさんクスネて来てあるんだぜ」
カマタリがいつもの頭陀袋を開けると中には大量の餅や菓子、干物や木の実、味噌まである。
「おお!…」
ヤマタノオロチは眼を輝かせた。
やはり飲兵衛同士で考える事は同じである。
「見つかると怖いから今のうちに食っちまおうぜ」
「怖い?」ヤマタノオロチは餅に手を伸ばす。
「ああ、もの凄く怖いオバハンが居てな。メシを食うとるヒマもあらしまへん」
カマタリはインチキ難波弁で酒を注ぐ
「お前ほどの男が恐れる婆さんが居るとはな…おっトット、こぼれる。もったいない」
ヤマタノオロチはまた一気に飲んで「ハア」と一息ついた。
だいぶ酒好きらしい。
「しかしキサマの様なヤツが女を恐れるとはな!その婆アとは、よほど凶悪な魔人のようだな」
「ああ、何度『あの世』で死にかけた事か」
カマタリはふと根之堅洲國での辛い修行の日々と間人皇女のナイスバディを思い出しながら干物をかじる。
「そんなに恐ろしい婆さんなのか…」
ヤマタノオロチも干物をかじる。
ホトトギスの鳴き声のするさらに遠くの山からイヒカ姫のクシャミの声が響いた。
〜 86 対決!カマタリ対ヤマタノオロチ 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
ついにヤマタノオロチとの直接対決です!
…あれ?
>ホトトギス
古に 恋ふらむ鳥は ホトトギス
けだしや鳴きし あが思へるごと(額田王)
滅び行く蜀の国を見て亡くなった望王が血を吐いて帰りたいと嘆いたとか。
正岡子規が結核で血を吐きながら発行した薄い本が「ほとゝぎす」ですね。
>吉野の山奥の谷川
頭を割られた龍神、脳天大神が祀られてるとか。




