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84 ヤマタノオロチ

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の田舎の獣神であり、魔王大権現でもある。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)・鏡姫

中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 藤原チカタ(中臣真人:定慧)

カマタリと額田姫王の養子。

厩戸王の転生者であり天魔王でもある。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫王)

第六天魔王、天照大神

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。


 小狐丸

黒い戦闘魔獣。

魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。


 お玉(玉藻)

百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。

幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。

 根之堅洲國(ねのかたすくに)

黄昏(たそがれ)のような夕闇の空。

「誰(た)そ彼」の世界。

薄暗い澄んだ空に真っ赤な雲がかかり、透明な水が海のように果てしなく広がる。

 死後の世界でもあり、神々の住まうニライカナイの国であり、神をも死ぬ黄泉国(よもつくに)の入り口でもある。


 海人(あま)族のような丈(たけ)が短い赤い服を来た女性が足元を水に浸(ひた)すように川原を歩いている。

長い手足が透明な水面に写る。

 顔や手足にはミヅチ(龍)の紋様の入れ墨が彫られていた。


 彼女の名はヒルコ。

この根之堅洲國(ねのかたすくに)の王、スサノオの娘である。

 ふとヒルコの足が止まる。


 透明な水面の上には背の高い男が一人立って居た。

白く荒々しい髪からは黒く光る角が左右に伸びている。

 ガッシリした巨体には全身に毒蛇のような凶々(まがまが)しい紋様(もんよう)の入れ墨が彫(ほ)られていた。


 男は黒い小札(こざね)の甲冑の上に黒い革の上着を羽織っており、巨体がさらに大きく見える。


 足元の水面が小刻みに弾け、ただならぬ気配を発している。

ヒルコは、低い声で男に言う。

「貴様も人間に転生したのか。ヤマタノオロチ」


「お前だってこのヤマタノオロチの一柱だったじゃないか蛇毒気神(ダドクケノカミ)よ!」

 ヤマタノオロチと呼ばれた黒い男は自分の胸を親指でドン!と叩く。


「牛魔王の細胞を使ったか…」


「ああ、おかげで不死身の身体を手に入れたのさ」男は黒い牙を剥(む)いて笑う。


 ヒルコは無言で眼を細めた。


「忘れたのか蛇毒気神(ダドクケノカミ)よ。我らスサノオの子として転生し、我が妣(はは)イザナミの怨霊(おんりょう)である八雷神(やくさのいかづちのかみ)の霊を授かりし霊(モノ)」


「黄泉国(よもつくに)に戻れ、ヤマタノオロチ」


「ふん」と笑うとヤマタノオロチは水面に手を差し出す。

 水しぶきが跳ね上がると、いつの間にヤマタノオロチの手にはイヒカ姫の首をつかんでいた。

 あまりのパワーとスピードのケタが違うためイヒカ姫は身動きが取れない。


「コイツには借りがあったな」

 ヤマタノオロチはイヒカ姫の首に指を食い込ませながら黒い牙を剥(む)いて笑う。


「今すぐその手を離せ、ヤマタノオロチ」

 ヒルコの瞳が赤く光り、長い黒髪が逆立つ。

その手には炎が渦巻く赤い剣が現れる。


 ヤマタノオロチは黒い牙を剥(む)き、口を大きくゆがめて笑う。

「そうだ来い!蛇毒気神(ダドクケノカミ)よ。そしてもう一度我が一部へと帰るのだ」


 その時、天空から鎌がストンと落ちて来てヤマタノオロチの腕に突き刺さる。


「む!」


「倶利伽羅剣(くりからけん)!!」

 ヒルコの赤い剣に炎が巻き付き、ヤマタノオロチの腕を切り落とした。


「キサマ!」

 ヤマタノオロチは左手でヒルコの腹を突くと、ヒルコは紙切れのように地の果てに吹き飛ばされる。


 ヤマタノオロチの気が逸(そ)れた瞬間、イヒカ姫はキラリと魚の姿に変身して鱗の光を残して水中に消えた。


「クソっ…」

ヤマタノオロチはジロリと水平線の彼方を睨(にら)む。そこには一艘(いっそう)の丸木舟に仮面を着けたシャーマンの女と男が乗って居た。

 女は飛来した鎌を受け取ると空にかかげる。空から雷鳴が轟き始めた。


 ヤマタノオロチは黒い牙を剥(む)いてカッ!と毒霧を噴(ふ)く。

紫の噴煙が猛スピードで水上を走った。

 早い!


 仮面の女の小舟に乗り合わせていた男が、とっさに仮面の女を抱(だ)き抱(かか)え、小舟をクルリとひっくり返して水中に逃れる。その上を紫の噴煙が水面をかすめた。

 小舟の船底がたちまち腐食していく。


「ふん、バカどもめ、そのまま海ごと吹き飛ばしてやる」

 ヤマタノオロチは黒い牙を剥(む)いて笑うと切られた腕がたちまち再生する。

 牛魔王の再生力を手に入れてしまったようだ。

 そしてヤマタノオロチは背中に担(かつ)いだ巨大な“草薙の剣”を片手でスラリと抜いた。

蛇行した黒い長剣がギラっと光ると空気がズン!と重みを増す。

足元の水面がパチパチと弾け、天地がビリビリと振動した。

 フツノミタマの剣を超える魔剣。

ヤマタノオロチが受肉したさい新たに生成した剣である。


 その瞬間、横から赤い龍がヤマタノオロチに体当たりをする。赤い龍はたちまちヤマタノオロチを黄昏れの赤い空へ連れ去って消えた。


「もうだいじょぶじゃろ」

 水中から顔を出した若い男が小舟(カヌー)を転がして元に戻し、ヒラリと舟に飛び乗った。

 その姿や素早い身ごなしはカマタリによく似ている。


「ミケ!、吾(わ)も、上げる」

 水中から仮面の女が手をバタバタと伸ばしている。

カマタリに似た男は手を伸ばして女の手を引き上げて濡(ぬれ)た仮面を外してやる。

 咳込(せきこ)む女の顔は意外に幼く見えた。若いうちにこの根之堅洲國(ねのかたすくに)に来ていたのだろう。


「ミケ、オロチ、復活した」

「うむ、困ったものじゃな」


 ミケと呼ばれた男はうなずくと、赤い龍の消えて行った空をボーっと見上げる。

 このトボけた爺さんの物言いと姿。若くはなったがこの男は中臣御食子(なかとみのみけこ)である。


「さてもさても恐ろしい化け物が復活してしもうたものじゃのう」

 そう言って中臣御食子(なかとみのみけこ)は長い白ヒゲをなでようとしたが、ヒゲが無くなっていたので指が空振りした。

「う〜む」

御食子(みけこ)はなんとなくアゴをなでる。

セコく誤魔化(ごまか)す仕草(しぐさ)までカマタリそっくりである。


「まぁワシの息子がなんとかするじゃろ。あ、お前の息子でもあるかな!」


 御食子(みけこ)がテキトウな事をいいながら舟から立ち上がると腐食した船底がズドン!と抜ける。

ミケコの下半身が船底にハマってしまい、腹の周囲から水がジョボジョボと吹き出している。


「水出る!ミケ、止(と)めろ!止(と)めろ!」

「そりゃムリじゃ!ムリ!うわわわわ!」

 騒ぐ二人を乗せて小舟はゆっくりと回転しながら霧の中に消えて行った。


   葛城山

月明かりの夜空を雁(かり)の群れが列をなし、山頂をグルグルと巡る。

 それはまるで天空に連なる長い橋を架けたかのようだ。

 山々の山頂は神が御座する場所。

常世(とこよ)から現世(うつしよ)への異界の入り口である。

 葛城山。古くは天神山、あるいは鴨山と呼ばれる。

鴨とは天空に架かる橋を意味する。


 空が歪んでいた。

空間の歪みが泡沫(うたかた)の様に現れては消え、結びついては広がり、時には黒い口を開き地獄の井戸を発生させていた。

 この現世(うつしよ)の裂け目から魑魅魍魎(ちみもうりょう)が這出(はいで)ては次々と山林へと駆け込み、あるいは大和へと走り去って行く。

 ヒルコこと赤い龍、蛇毒気神(ダドクケノカミ)が現世(うつしよ)に降臨したのもこの巨大な地獄の井戸からである。


 チカタは祭壇を設け、火を焚(た)く。

アイヌでは竈門(かまど)の火の神が天界の神々へと人の訴えを届けるという。

 チカタも神仏の力でこの山の時空の歪みを封印するつもりなのだろうか。

 祭壇の脇には大太刀を構えたカラス天狗と、天狗面を着けた行者姿の老人が地獄の井戸から這出(はいで)て来た魔物どもを次々と切り捨てていた。


 もとはと言えばこの神域に巨大な空間の歪みを作って異界に繋げたのは、王(ワン)や張果(ちょうか)老人ら道士たちである。


 王(ワン)は異界から龍を呼び寄せ、その龍の身体にヤマタノオロチの魂魄(こんぱく)を受肉させて現世(うつしよ)に復活させようとしていた。

 それに対して張果(ちょうか)老人の方は、ジャオの命令で封禅(ほうぜん)に使う龍を捕(とら)えるために王(ワン)の計画を利用した。


 そこに魔王復活を目論(もくろ)んだ中大兄皇子と、封禅(ほうぜん)の龍を手に入れたい大海皇子がそれぞれ話に加わったのだ。


 だがチカタはそれらの策略を察して、先手を打った。

ヒルコを先に現世(うつしよ)に呼び寄せ、召喚された龍に蛇毒気神(ダドクケノカミ)に受肉させる。

 龍を奪いヤマタノオロチの受肉を防いだのだ。


 もともとヒルコはスサノオに斬り殺されたヤマタノオロチの八つの首のうちの一匹だった。

 ヤマタノオロチの八つの首は“草薙の剣”をこの日の本の守護神器にするという"呪(シュ)”をかけられ、強力な守護神器として国家に封印される。

 そしてヤマタノオロチの霊はスサノオの八人の王子として神に転生し、魔剣“草薙の剣”は倭姫によってヤマトタケルに渡される事となる。


 巨大な悪霊を分割して神に祀ったのだ。


 だが、そのヤマタノオロチの一柱だけが三蔵法師玄奘(さんぞうほうしげんじょう)の説く仏の教えに帰依して、自ら人間たちの守護神となる事を望んだ。

 仏法の守護神、龍王女と生まれ変わったのがヒルコである。


 チカタは師僧(しそう)である三蔵法師玄奘(さんぞうほうしげんじょう)の命により、この地を封印すりために祈祷を続けていた。

 だがそれは葛城山系の太古の神々を敵に回す危険性もある。


 ふと祭壇の炎がゴウ!と噴き上がる。

チカタの手が止まった。

正面に光が発生し、全身に入れ墨をした、黄金の冠をかぶった古代の大王(おおきみ)の姿をした女性が顕(あら)われる。


 チカタは立ち上がり、女神に向かい一礼する。

「土蜘蛛の王、一言主の神とお見受けする」


「龍どもを黄泉帰(よみがえ)らせたのはキサマか」


「そうだ。あなたも私に協力していただきたい」


「汚(けが)らわしや、人間ふぜいが」


「もう一度言う。私とともに働かれよ土蜘蛛の女王よ」


 一言主の神はチカタを睨(にら)むと、ただ一言、言葉を発した。

   『毀(こぼつ)』

 美しい声だが強烈な破壊の言霊である。

祭壇は吹き飛ばされ岩が砕け、木々が薙ぎ倒される。

 だがチカタは平然としていた。


 一言主の神の顔色が変わる。

「キサマ…まさか魔王…か?」


 チカタはふと空を見上げた。

そして顔を向けて答える。

「そうだ」

 チカタの発したさらに強力な言霊が激しく天地十方に響き、一言主の神の動きが止まる。

チカタの澄んだ眼差しは一言主の神を映していた。


 〜 84 ヤマタノオロチ 〜完


  【年表】

◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐

◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)

◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)

◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。

◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災

◼ 656年 葛城山に龍が現れる。


 (=φωφ=)あとがき。

  > 中臣御食子

すいません、復活させちゃいました。

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