83 直会(なおらい)だっ!
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
神界の奥。
真っ白な光の世界。
あまりにも強力な光により、天地はすでに崩れ飛び、神霊までも吹き飛ばされる。何も無い世界。
蛇毒気神ことヒルコは、その強烈な光の中を平然と歩いていた。
太古の原初の神ゆえである。
長く黒い髪、海人族の着る短い赤い服から長い手足が伸びる。
彼女の顔や手足そして全身には蛇紋の入れ墨が彫られている。
鯨面文身
全身の入れ墨は倭人の奇異な風習として倭人伝に記録されている。
ヒルコはスルリと跪ずいて礼拝すると光の奥から声が響いた。
「日流子よ、お前の力でスサノオを救うのです」
光の振動で時空が揺れた。
「はい…大日孁貴さま…」
飛鳥、中臣の屋敷。
中臣の屋敷では全国から神官の長たちが集まり中臣御食子の葬儀が行われた。
当時の貴人は「殯」といって棺桶の中に長期間死体を放置して、死体が腐敗して朽ちて行く様子を見ながら別れを惜しむというなかなかハードなお別れ会があった。
カマタリと額田姫王も「殯」の間は飛鳥の屋敷に居る予定だ。
とは言いつつ夜になると一族郎党が集まり「直会 ※じゃ!」とばかりにカマタリもしっかり酒宴に混じっていた。
悪い所は親子でよく似るものだ。御食子もさぞや喜んでいるであろう。
※直会:神前に供えた酒や供物を客に分け与えること。
少女たちが神前で歌い舞い、神官たちは琴を弾き、笛太鼓を叩き、女たちは客人たちに酒を注ぐ。
神への供物は神の妻役である巫女たちの取り分でもある。中にはちゃっかり貴族たちにお持ち帰りされる娘もいる。
カマタリは…というと、その側には殺気を放つ額田姫王がピタリ!と監視しているので、これでは女たちどころか客人も近づけない。
カマタリは冷や汗をかきながら女たちから目をそらし、一人で手酌で飲んでいた。
「しかし親父も元気そうだったけど、やっぱ重症だったんだなぁ」
カマタリがポツリとつぶやきながら沙の攻撃で貫通した胸をなでる。時々激しく痛む事がある。
「そうね。きっとお父様はアナタに苦しい姿を見せたく無かったのよ」
カマタリは酒の入った土器を傾ける。
「そうだな」
「そうかなあ」
隣では少女の姿のタマモがカマタリの膳から酒のサカナを横取りして、酒を呑んでいた。
「だから、なんでお前がココに居るんだよっ!」
「ワタイはキムに呼ばれだんだわ」
「キム?…ってだれだよ?」
「新羅を討伐した大将軍の息子だわ」
「?新羅を討伐した大将軍の息子…って、そりゃキムじゃなくて「金」だ!中臣の金。俺のイトコ」
「そう、そのキム」
「どうもお前の言う事はメチャクチャだな。というか呼ばれのはお前じゃなくて百済王子の豊璋殿下だろ?」
そういえば従兄弟の中臣の金が、近ごろ難波にある百済王子の宮殿に行き来していると聞く。
おそらく百済に関する情報を集めているうちに親しくなったのだろう。
「殿下ならもうすぐワタイと一緒に来るんだわ」
「お前また幻覚を見せてるのか、恐ろしいヤツだな」
どうやらタマモは「王妃がここに居る」という幻覚だけを百済王妃の輿に残して、本体の方は先に酒の肴を漁りに来たのだろう。
百済王子もやっかいな魔物に取り憑かれてしまったものだ。
「やあ、呼びましたか?大兄」
酒宴の席から酒の入った瓶子を片手に中臣の金が大きな身体をゆらしノソノソとやって来た。
中臣の金
カマタリの従兄弟にあたる。
高齢の中臣御食子に代わり斉明天皇。つまり寶姫の飛鳥朝で神祇の要職に就いていた。
「いやコイツがさ…」
「こいつ?」
カマタリはタマモを指差したが、あわてて話をごまかした。
おそらく金にはタマモの姿は見えていない。
「い、いや百済の王妃というかその…そういえば百済の状況ってどうよ!」
「百済ですか…」
酒を注いでいた金の動きが止まる。
「まずいのか?」
「百済の義慈王は遊興を好み意見を申す佐平(百済の大臣職)を牢にぶち込んでるとかで、もう誰も王に意見する者は居なくなってしまったそうですね」
カマタリはジロリとタマモをにらむと、タマモはサッと席を立って逃げ去った。
(やっぱりアイツが犯人か)
義慈王の悪い噂は以前から聞いていた。
中大兄皇子は百済は滅びると予言した。
おそらく魔人を使ってそのような謀略を進めているのだろう。
しかし百済が滅んでは大和に利点は無いはずだ。
百済は以前にも国家が滅びた経験がある。
その時も大和が百済を援助して、わざわざ復活させたくらいだ。
雄略天皇の時代には高句麗の侵攻により百済は滅亡している。
そのさいも新羅や百済からの救援要請を受けて、幾度か任那の日本府から出兵しているし、任那の領地を百済に譲り与えたりもした。
しかしその百済を切り捨ててしまうとは、いったい中大兄皇子は何を考えていたのだろう?
「もし百済が無くなったら唐と新羅の連合軍と戦う事になるかもしれんな…」
カマタリは独り言のようにつぶやくと中臣の金が首を傾けた。
「いくら唐でも、百済と高句麗をまとめて征伐するのはムリでしょう。唐は高句麗に何度も出兵してますが失敗してますからね。新羅を助けても唐にはメリットはありませんよ」
「まあ…そうだけどな」
「ならばまだ我が国が韓に軍事介入できる余裕があるのでは?百済や高句麗に恩を売れますよ」
「だが唐がこちらを敵視して来るぜ」
「なあに、我が皇軍が船団を連ねれば、大唐とて恐るに足らずですよ!がはははは」
征新羅大将軍の息子、中臣の金は大きく笑った。
中臣の金の父親は、御食子の弟、中臣国子である。
国子は征新羅大将軍として新羅に大軍で攻め入り、新羅はたちまち降伏。
皇軍は戦わずして勝ったと言われる。
「しかし総力戦になったらまともに戦って勝てる相手ではないな。こちらはどんなに頑張っても長安までたどり着く事もできない」
チカタや遣唐使たちの話を聞いても、国力の違いは明らかだ。
それに気になるのはタマモや高志才智が言う『ジャオ』という魔界の女帝の存在だ。
カマタリは酒の入った土器を置いた。
「ふふ、でもウチの親父は戦わずして新羅に勝ちましたぜ」
中臣の金は自慢げに笑った。
「それが問題なんだよ、孤立無援になった新羅はすっかり唐に取り入っちまった。蘇我大臣が懸念してたのはそこさ」
「蘇我馬子さまですか」
金は少し渋い顔をした。
あの当時から新羅も百済も、ヤマトに臣従するフリを見せるが、スキあらば任那に手を伸ばしていた。
その度にヤマトは三韓に討伐軍を繰り出す。
ヤマトと三韓はこの奇妙なバランス外交で成り立っていた。
前回の新羅討伐も、新羅の任那侵攻にある。
ヤマト朝廷は激怒した。
「新羅から任那を取り返し百済に管理させよう!」
「いや!百済も信用できない」
朝廷内でも意見はまとまらなかった。
だが中臣国子が新羅討伐を主張し、征新羅大将軍となっていきなり新羅に大船団を送り込んだ。
小国の新羅はたちまち降伏した。
大勝利である。
だが蘇我馬子は「早すぎだ!」と頭を抱えた。
新羅が勝っても負けてもヤマト陣営に引き入れておくための逃げ道を作ってやるべきだった。
適度な距離感を保ちながら、朝貢の税(調)だけを納めさせていれば良かったのだが全てが手遅れになった。
新羅も百済もヤマトに服従したフリをして必ず寝返る。またすぐに任那に攻め込むはずだ。
非常にめんどくさい国なのだ。
「なあ金さん、兵法ってのは百回勝ってもそれがベストでは無いんだよ。無闇に勝ちに行っても国が疲弊するもんさ」
「百戦百勝は善の善なる者に非ず。孫子ですね、大兄」
「その通り、呉子でも言ってるよ。四度勝つは弊、五度勝つは禍(災い)なりってね。五度も戦ったら長期戦をやってるのと同じだ。たとえ戦に勝っても必ず自国も疲弊する。戦争なんてのはやらずに済むならその方がいいのさ」
「理想論ですね大兄。そうは言ってられませんよ」
カマタリも少し言い過ぎたかと、酒でごまかした。
「なあ金さん、もし仮に百済首都に敵が迫ったとして、あの付近に軍船や兵站の船団を受け入れるだけのキャパシティのある港はあるのか?」
「錦江という川の河口に白村江という港があります。そこから都のある泗沘に遡ぼる事になるでしょうね」
白村江
中国南朝と貿易をしていた百済にとっては重要な外港地域である。
「白村江からさらに遡上するのか…難所だな…」
「問題はこの河の上流にある公山城ですね。以前の首都だった熊津の城です」
「同じ川の上流にもう一つ首都機能を備えた城があるのか!それを取られたらアウトだろ」
その時、取り次ぎの家来の声が聞こえた。
「百済王子、豊璋殿下、王妃さまの御成りです!」
「ん?殿下が」
「私がお呼びしました」
「ああ、そういやタマモが言ってたな」
「え?タマモ?」
「あ!いや!さすが金さんだねえ!」
豊璋がお妃のタマモの変身体を連れて会場に入って来た。
タマモはいつの間にか、空っぽの自分の輿に戻って王妃に変身して来たようだ。
中臣の家臣一同は手を叩いて殿下をお迎えする。
現在でも皇族や貴人を拍手でお迎えするが、倭人伝にも書かれている古代からの風習である。
「殿下、わざわざ難波の京よりお越しいただきありがとうございます」
「いやなに、内臣どののお父上の葬儀とあれば、私からも一言」
豊璋はカマタリにニコニコと挨拶すると、懐から木簡を取り出した。
「わざわざ誄を書いて来ていただいたのですか!まことにありがとうございます」
忘れていたがカマタリは内臣というとても偉い役職なのだ。
なお内臣がどのような仕事なのかはカマタリ本人も、朝廷の官吏も、書いてる作者も、よく分かっていない。
「なになに、これも内臣どのの父上のご遺徳ですよ」
さすが儒教の国の王子だけあって豊璋は学識がある。
そういえば豊璋は鷹揚として人当たりも良く、学問にも優れていたので軽大王とも話が合っていた。
そのような人物が弔文を書いてくれるとは名誉な事である。
「ところで内臣カマタリどの、“中大兄皇子”様は…いかがなされましたかな?」
やはり豊璋の目当ては中大兄皇子のようだ。
「さあ、最近お忙しいようで…」
まさか龍王女の珠を喰らって宇宙の果てに飛ばされたなどとは言えない。
殯の部屋。
香木を焚いてゴマカシてはいるが、強烈な死臭がする。
豊璋と妃のタマモは御食子の柩の前に立つと、木簡を広げる。
中臣の家人たちも百済王子の弔辞を興味津々でながめていた。
「コホン!それでは…『哀号!!』」
と、いきなり豊璋とタマモが御食子の柩にすがり付いて号泣し始める。
これが百済式の哀悼の風習なのだろうか?
それとも豊璋の過剰サービスなのか?
というか泣きながら読んでいるので何を言っているのか分からない。
カマタリたちは口をあんぐりと開けて見ていた。
〜 83 直会だっ! 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
> 百済
この当時は扶余と呼称していたとは思いますが。
古代の扶余が高句麗や百済の元になった国と言われます。
豊璋は中国では扶余豊と呼ばれています。




