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80 鬼神の鏡

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)・鏡王女

中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫王)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。


 小狐丸

黒い戦闘魔獣。

魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。


 お玉(玉藻)

百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。

幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。

 地底から這(は)い上がってきた巨大な影の腕がゆっくりと牛魔王の身体をつかみながら登り始める。

まるで白いロープを伝わって天空に渡るかのようだ。


 飛来して来た赤い龍、蛇毒気神(ダドクケノカミ)は白い牛魔王の胴体に絡み付いて噛み付く。牙から流れ出る強力な毒気が紫煙を上げ、白い巨体を溶かし始めた。

 牛魔王の細胞が持つ無限の再生力を上回るスピードで強力な毒素が白い巨体を破壊して行く。


 牛魔王は数本の腕を伸ばして蛇毒気神(ダドクケノカミ)をつかみ、引きちぎろうと握り潰した。

赤い龍は身をくねらせて悶(もだ)え、口から赤い泡を吹き出すが、噛んだ牙を離さなかった。


 その時、地上な森の中から魔獣小狐丸が弾丸の様に飛び出し、牛魔王の腕を切り裂く。

「フツノミタマ!」

カマタリの揮(ふる)った剣が牛魔王の腕を跳ね飛ばした。

 金の翼を広げて旋回する小狐丸が次々と牛魔王の腕を切り裂いた。

 

「おやおや」

 空を見上げていた中大兄皇子が小首をかしげる。

「裏切ったのかい?スサノオの娘よ」

 皇子は少し微笑むと、天宮(あまつみや)の石室(いしむろ)に向けて片手を伸ばす。

「妣(ハハ)よ八雷神(やくさのいかづちのかみ)の神霊を黄泉返えらせたまえ」


 すると岩室の中で草薙の剣が鈍く光り、激しく鳴動を始める。

白い八角形のピラミッド、天宮(あまつみや)が共鳴を始め、地響きと共に稲妻が地上を八方に走り、地面が揺(ゆ)れ山肌が崩れた。


 草薙の剣から発した八つの稲妻が、八つの地脈を疾(はし)る。

 草薙の剣に閉じ込めていた稲妻の霊『八雷神(やくさのいかづちのかみ)』を呼び出したのだ。

 それは最強の怨霊(おんりょう)イザナミの纏(まと)う八つの稲妻の霊である。


 大地が唸(うな)り声を上げ、山々を縫(ぬ)って八本の龍脈が鳴動しながら鈍く光り、地面が盛り上がりはじめた。

それは半透明の巨大なクラゲの触手のようにゆらめきながら大地を跳ねる。


「あれは…」

 紀朝雄(きのともお)が遠くにうごめく山々を見上げる。


「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の神霊じゃな」

 中臣御食子(なかとみのみけこ)は地に寝そべったまま空の「天気」の乱れを読んだ。


「あれがヤマタノオロチ!」

 一同がどよめく。


「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の本体では無く神霊体じゃよ。黄泉国(よもつくに)の霊脈を、この現世(うつしよ)の龍脈に移したのじゃろうな」


「黄泉国(よもつくに)の霊脈?」


「伊邪那美命(イザナミのミコト)の御神霊の一部じゃ。地獄がこの世に現れたのじよ」


「地獄が…」


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は地を這(はい)ながら牛魔王の白く伸びた胴体を這い登る。

 そのまま赤い龍神、蛇毒気神(ダドクケノカミ)に絡みついた。


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の邪気が赤い龍とチカタを襲った。

 チカタは赤い龍の頭上で印を組み真言を唱える。

やがてチカタの姿は『無』と変わり、現世(うつしよ)の世界の境界を超えて透明になって行く。

 師、玄奘(げんじょう)より学んだ『空』の境地である。


 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の強力な邪気が赤い龍の身体を侵食する。

 強力な毒気を持つ蛇毒気神(ダドクケノカミ)であれば八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の邪気にも耐えられるが、いくら蛇毒気神(ダドクケノカミ)でも数体の八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の邪気(じゃき)に絡(からみ)付かれてしまっては身動きが取れない。


「チカタ!」

カマタリは八岐大蛇(ヤマタノオロチ)めがけて斬りつけるが、イザナミの稲妻により小狐丸ごと吹き飛ばされた。


 イヒカ姫が怒鳴る。

「うかつに近づくなカマタリ!アレは八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の邪霊じゃ!布都御魂(フツノミタマ)の本歌(ほんか)であってもアレは倒せぬ!」


「なんだって?!」カマタリは手元の剣を見た。


 蛇毒気神(ダドクケノカミ)を封じた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は、さらに牛魔王の身体を伝わって上空の黄泉国(ヨモツクニ)に侵入していく。そして強引に空間の入り口をコジ開けはじめた。

 赤い炎の空がジワジワと広がって行く。


 イヒカ姫が叫んだ。

「いかん!八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は二つの時空をつなげようとしておる!」


「まさか地獄をつなげる気か!」


「どうする!止めなきゃ!」

 額田姫王(ぬかたのひめみこ)が不安な声を上げる。


「クソっ!こうなったらアイツを何度でも叩き斬るしかねえよな!」


「何度でもって?」


「相手がブッ倒れるまでさ!」


「少しは考えろ!バカ者!」

 イヒカ姫の怒声(どせい)も虚(むな)しく小狐丸は再び八岐大蛇(ヤマタノオロチ)へ飛びかかって行った。


 白い軍服を着た小野篁(おのたかむら)がカードを投げると空中に紫の光とともに黒い穴が開いた。

小野篁(おのたかむら)はチビコマチに「行け!」と命令する。

 空を見上げていたチビコマチは、決心したかのように地獄の井戸に走り出し飛び込んだ。



  天宮(あまつみや)

薄暗い石室の中では草薙の剣が青白い電光を発して輝き、魔物の唸り声を響かせていた。


 ゴンはフラフラと立ち上がると再びフツノミタマノ剣(ツルギ)を手に執(と)り、草薙の剣に向かって太刀を向ける。

 右足をズイと踏み込み、剣(ツルギ)を真っ直ぐに構えた。


 中大兄皇子は天宮(あまつみや)を一瞥(いちべつ)すると冷ややかに微笑み、目を細めて天浮橋(あめのうきはし)を見上げた。

「愚かな。大魔王スサノオの剣が人間ごときに扱(あつか)えるものか」


 草薙の剣はまぶしく光りながらイザナミの怨霊(おんりょう)、八雷神(やくさのいかづちのかみ)の電光を八岐大蛇に送り続けている。

 天魔を蘇らせるパワー、まさに魔光である。


 (これを止めなければ……)

 ゴンはジリっと剣の鋒(きっさき)を草薙の剣に付けると、今まで瞑(つぶ)っていた左眼をカッ!と開けた。


 左眼が草薙の剣の魔光を写しギラリと光った。

 『鬼神の鏡』である。

 ゴンの左眼には天魔王の鏡が埋め込まれていたのだ。

左眼の鏡が電光の奥に隠れている草薙の剣の本心を捉(とら)えた。


 (あれを切る!)

 ゴンはゆっくりと右足をすり込む。


 見えない姿を水鏡のようにそのまま移し、相手の本心を我が物とする。

新陰流ではそれを「水月」という。

 宗冬兵法物語にはこうある。

父の但州(柳生但馬守)が兵法祈請のために春日へ参詣し、水垢離(こり)の行(ぎょう) を三十三度、取り成した。

 その帰路の刻(とき)の事である。

すでに夜に入り辺りは暗く、春日の『籠(こもり)の池』の端(はた)から見れば自身の影が水面に映っているのが見えた。

 そこで宗矩は水月という極意に至ったとされる。

 この『籠り(野守)の池』の水鏡とは、春日の鬼神の鏡の事である。


 あの夜。

宗矩は時間を超えてゴンと出会っていた。

そして新陰流の真の位をゴンに伝授したのだ。

 その時、ゴンの左眼には春日の鬼神により『鬼神の鏡』が授けられた。

 悪魔を祓(はら)う鏡である。


 草薙の剣からは強烈な発せられている

ゴンはヤマタのオロチの波動を受け流すように、布都御魂(フツノミタマ)の剣(ツルギ)を斜め青岸(セイガン)に変じ、五箇条で太刀に身を隠す様に構えながらゆっくり進んだ。


 手にしたフツノミタマノ剣が邪気を受けて脈動(みゃくどう)する。

 ゴンは布都御魂剣(フツノミタマのツルギ)の陰に隠れるように、ジワリと左足を踏み込みながら左単身(ひだりヒトエミ)に変じ、ゆっくりと『水月』へと進む。

 新陰流の遠飛(エンピ)の入身である。


 ゴンは地面を水鏡に見立て草薙の剣の影を映す。

その影を測りながらスルリと左足を進めて水鏡の上を歩む。

 柳生宗矩が春日の『籠(こもり)の池』で悟り得た水月の秘術である。


 新陰流の流祖、上泉武蔵守はこう語った。

「竜を誅(ちゅう)する剣は蛇に揮はず」


  斬蛇剣(ざんじゃけん)

その昔、漢の高祖は龍の化身である白い大蛇『白帝』を倒して天下を取った。

その斬蛇剣(ざんじゃけん)は漢帝国の最高位の神器となったという故事である(白居易『漢高祖斬白蛇賦』)

 新陰流が振るう太刀は、まさにこの龍を倒すための剣。

天下の剣なのだ。


 ゴンの左眼に埋め込まれた鬼神の鏡が草薙の剣の光を跳ね返す。

 それは魔龍の邪気そのものだった。

近づくだけで電光が走り肌を切り裂き押し返されるような抵抗を受ける。

草薙の剣が放つ魔龍の波動は、ふつうの人間の耐えられるものでは無い。

もしも再びこの邪気に打たれたらゴンの命は無くなるであろう。


 少しでも構えを崩してはならない。

ゴンは少しづつ歩みを続ける。

布都御魂(フツノミタマ)の剣(ツルギ)に身を隠しながら進む新陰流五箇の教え。それだけがゴンの生命を守っているのだ。


 その時、小さな掌(てのひら)がゴンの背中に宛(あて)られた。

間人皇女(はしひとのひめみこ)がゴンの背に手を添えて邪気の波動を吸収していたのだ。


「禍(まが)つ気は私に任せて、お前は悪龍を斬りなさい」

 邪気は彼女の細い腕を毒蛇のように這(はい)渡り、白い肌を凶々(まがまが)しい邪気が刻み込む。

美しい肌が弾け、血が吹き出し彼女の顔を赤く染めた。

 だが間人皇女(はしひとのひめみこ)は手を離さない。


 ゴンは再びゆっくりと左足を進める。

爪先が「水月」を越した。


「今よ!」

血まみれの間人皇女(はしひとのひめみこ)が叫んだ。


 ゴンは太刀をクルリと回しながら上段霞に振りかぶると電光の中に魔の太刀を振り抜く。


   新陰流『魔の太刀!』


 フツノミタマノ剣が宙にきらめくと、カキン!という音と共に草薙の剣が二つに折れ飛び、ゴンは雷撃に弾き飛ばされてそのまま床に倒れる。

手にしていたフツノミタマノ剣がゴトリ!と床に落ち、こちらもまたバシッ!っと二つに折れて消えた。



 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の邪気が空中をのたうち回る。


「な?なんだ?」

 旋回する小狐丸の上でカマタリが異変を察した。


 その時、正面に地獄の井戸が開き、中から十二単を着た美しい女性が出て来て小狐丸の背中に乗った。


 女性は顔を半分隠すように見上げる。

「カマ様!」


「コマチちゃん!…だよな?」


「カマ様!剣を早く!有るは無く!」


 カマタリはハッ!と気づいて剣を差し出す。

 コマチは剣に手を添えた。


  有るは無く 無きは数添う 世の中に

   あはれいづれの 日まで歎かむ

  『有無一剣(うむいちけん)!』


 剣が長く伸びて拡大し黒く変わる。

真っ黒い剣は紫光を放っていた。

それは巨大な地獄の井戸そのものの剣(ツルギ)だった。


「これは…」


 イヒカ姫がうなった。

「その剣は時空間を超えておる…それなら常世(とこよ)と黄泉国(よもつくに)が同時に切れるはずだ!」


「常世(とこよ)と黄泉国(よもつくに)を同時に…そうか!分かったぜ!コマチちゃん」


 カマタリは周囲を見回したが十二単(じゅうにひとえ)のコマチはすでに姿を消していた。

 カマタリはうなずくと紫光に包まれた黒い剣を大きく振りかぶって腰に執(と)り、脇構えに構える。


「草も木も我が大君の国なれば、いづくか鬼の棲(すみか)なるべし…『有無一剣(うむいちけん)』!」


 カマタリが虚空を振り抜くと青空が二つに切れる。


 牛魔王の巨体は分断され、そこに絡(からみ)付いていた八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首もバラバラと空中に分散し、やがて八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の邪気は消滅した。


 解放された蛇毒気神(ダドクケノカミ)は赤く光る長い身体を伸ばし、青空を大きく旋回する。

 牛魔王に向かい、赤く光る全身をうねらせると紫色の毒霧を吐き掛けた。

それはガス状に広がり白い巨体を覆った。


 毒を浴びた牛魔王の白い巨体はやがて毒素の瘴気(しょうき)と共にちぎれて空中に崩れ落ち、消えていった。


 〜 80 鬼神の鏡 〜完


  【年表】

◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐

◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)

◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)

◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。

◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災

◼ 656年 葛城山に龍が現れる。


 (=φωφ=)あとがき。

 > 魔の太刀

新当流の技にも天魔魔の太刀という記載がありますね。

天狗抄というのも天魔の事ですね。

神と魔と仏が混在していて面白いです。

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