77 イヅナ神
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
「しかしどうやって中大兄皇子からスサノオの尊の分霊を分離させればいいんだ?」カマタリは腕を組み首をひねる。
「かんたんだ、全力でブッ飛ばせ!」
イヒカ姫がてきとうに気合いを入れる。
「そんな簡単にできるワケ無いでしょ!」
「それで良い、行け」
倭姫王はカマタリたち二人を地獄の井戸にポイと突き落とすと小さな赤い衣をひるがえしてフワリと消える。
その後にはカマタリたち二人の悲鳴が空中に響いて消えた。
低頭して倭姫王を見送ったイヒカ姫が顔を上げる。
すると透明な水の上を霞に包まれた小舟が音も無くこちらに近づいて来るのが見えた。
小舟の上には、草花で編んだ冠を着けた仮面の女性が乗っていた。
シャーマンだろうか。仮面は鮮やかな古代の紋様に彩られており、長い黒髪は腰までのび、スラリとした手足には小狐丸の様な古代の紋様の入れ墨が彫られていた。
イヒカ姫は仮面の女性に声を掛ける。
「合わなくて良かったのか?」
仮面の女性は静かに首を振った。
「未来が見えるとは難儀なものだな。まぁいい、仕事が終わったらイキのいいジジイを連れて来てやる。待っておれ」
そう言い終わるとイヒカ姫は紫色に光る水の中に消えた。
「あ!いたたたたっ…動けねぇっ!…」
現世に黄泉帰ったカマタリは、さっそく情けない悲鳴を上げる。
儀式用に着て来た朝服はボロボロに裂けているが体はなんとか動かせるようだ。
「やかましい!身体はちゃんとくっ付いておるではないか!」
イヒカ姫が背中をバン!と叩く。
「うぎゃっ!死ぬほど痛い!これホントにつなげただけなんじゃないですか!」
「これを持って行け!」
イヒカ姫が鎌を投げ渡す。
カマタリは目を見開いた。
「姫様!この鎌は!」
その鎌はまだ新しく、古代の紋様が彫り込まれ、銀色の鋼の刃が輝いていた。
「悪しき風を断ち切り、弱き人々を守る鎌だ」
「悪を断ち切る?」
「お前はその鎌の持ち主から未来を託されたのだ」
「俺に未来を…」
カマタリはジッと鎌を見つめた。
「私たちがやるのよ」
額田姫王が鎌に手を添える。
カマタリが目を上げると彼女の笑顔がまぶしく輝いて見えた。
不思議と世界が明るく変わった気がする。
まるで未来が変わったかのようだ。
「そうだな、行こう」カマタリもまた彼女の白い手に手を添えた。
イヒカ姫がうなずく。
そして空に向かって手を挙げると、黒い魔獣体の小狐丸が、黒い翼を広げてゴウ!とうなりを上げて降りて来る。
「吾に乗れ、邪馬台の戦士よ」
「よし!たのむぜ相棒!」
カマタリは獣神体に変身すると金色の翼を広げて小狐丸の背中に立つ。
「ぐあっ!」
カマタリは身をよじる。
やはり背中の痛みで着地ができないようだ。
「私が支えるわ!」
額田姫王は銀色の龍に変身すると、龍の体はスルリと小さくなり、光るロープがコルセットのようにカマタリの胴体に巻き付いて身体を支えた。
「どう?」
左腕に巻き付いた龍の顔が問いかける。
「いける!痛みが引いたよ、ありがとう」
カマタリの獣神体はゆっくりと小狐丸の背中に着地した。
「よし!参るぞ!」
イヒカ姫もまた紫の龍神体に変わると、やはりロープのように小狐丸の胴体に巻き付いてカマタリの足を固定した。
「これを使って」額田姫王の銀色の龍神体は尻尾をグルグルと右手の鎌に巻き付ける。
すると鎌が光り輝き三叉の剣に変わる。
「これは!」
どことなく八岐大蛇の草薙の剣に似ているが、あのような禍々(まがまが)しさは感じられない。均整の取れた美しい剣だ。
「それが龍王女のフツノミタマじゃ」
紫の大蛇のイヒカ姫が答える。
「これが龍神の剣!」
銀色の剣がまぶしく光り出した。
すると小狐丸の黒い翼が金色に輝き、カマタリの全身に黒と金の鎧が顕われる。
「何だ?この鎧は」
「それは天魔将軍の鎧だ」
目の前に銀色の長い髪を浮かべ赤い服を着た少女がフワリと現れる。倭姫王だ。
「天魔将軍?」
「その剣こそが天魔将軍の節刀※だ。お前たちにこの世界の未来を託す」
少女がヒラリと赤い服をひるがえすと銀色に輝く長い髪に金の冠、七色に輝く羽衣をまとった鈴鹿御前の姿に変わった。
たちまち周囲がまぶしい光に包まれる。
(※節刀:天皇や皇族が将軍や大使を任命するさい渡される刀)
強烈な光の中、イヒカ姫が声をひそめながら語る。
「アマテラス大神にあらせられる」
(あれが御前様の本当の姿か!)
カマタリたちもかしこまり身を屈めた。
強烈な光りが全身に浴びせられ、光に吹き飛ばされそうだ。
アマテラスの姿に変わった御前が凛と言葉を下す。
「この姿ではお前たちの魂が耐えられないからな、手短に言う」
その言霊だけで草木はざわめき山の岩盤が揺れた。
なるほど、もしこのアマテラスが本気であの大黒天と戦ったら、それだけで世界が滅ぶ。
「スサノオを妣、イザナミの元に行かせてはならぬ。あの白い牛魔王を、そして大黒天を倒せ」
「ははっ!」
「行けい!」
御前の一声が地響きのように大地に轟く。
黄金の天魔獣は翼を広げると、ゴウ!と風を巻いて黒雲の渦巻く空へ飛び立った。
大海皇子は強力なアマテラスの波動を受けて飛び退いた。
皇族の姫たちがざわめく。太極殿ではまだ即位の儀式が続いていた。
「どうしたツクヨミ、顔色が悪いぞ」
赤い服を着た長い黒髪の少女が横から語りかける。
「いえ…べつに…」大海皇子は冷や汗を流しながら震える手を押さえた。
多武嶺の山頂に建つ岩屋「天宮」の前では光がきらめき、二股の尻尾の猫娘たちが剣を振りかざして中大兄皇子に襲いかかる。
貓鬼
隋では猫は最強の呪力を持つ巫蠱になると言われていた。
だがしかし最強の戦闘魔獣の猫娘も中大兄皇子の剣により難なく斬り裂かれて行く。
「走り火!」
空中の地獄の井戸から飛び出したチビコマチが炎の言霊をぶつけて中大兄皇子を炎に包む。
だが皇子は平然と微笑んでいる。
やはり効いていない。
白い軍服姿の小野篁がカード状の呪符を飛ばすと魔法陣が次々と現れ、中大兄皇子の周囲を取り囲む。
「破!」
小野篁が破の言霊に乗せて剣を魔法陣に突き込む。
すると周囲の魔法陣から拡大された数百の剣が飛び出して中大兄皇子の身体をズバッ!と一斉に貫いた。
「やったか!」紀朝雄が叫んだ。
…だが中大兄皇子は片手で刃を割り砕き平然と歩み出てくる。
「無傷か…」小野篁の表情もこわばる。
「大きさ…というものは、こう使うのだよ小野篁」
中大兄皇子が片手でフツノミタマの剣を頭上に振り上げると剣は天空にグングン伸び、山のような巨大な刃に拡大する。
「うっ!」小野篁はとっさに上空に魔法陣を展開したが、このていどで防げるような攻撃とは思えない。
「無駄だよ。お前は山ごと斬り裂かれて死ぬのだから」
片手で剣を振り上げたまま中大兄皇子はフワリと微笑んだ。
「おやめ下さい皇子!」
紀朝雄は剣を構え中大兄皇子の前に立ち塞がった。
「虫ケラごときが私の前に立つのかい?」
中大兄皇子は少女のように小首をかしげて紀朝雄に微笑みかける。
紀朝雄は静かに歌で答えた。
「草も木も我が大君の国なれば、いづくか鬼の棲なるべし」
「何だい?その下手クソな歌は」
「歌は魂にございます。草も木も虫ケラでさえも、この国の未来のために命を捨てる覚悟はあるのです」
「ムダ死にだね」
中大兄皇子はフツノミタマの剣を振り下ろした。
だが、その時皇子の身体が二つに斬り裂かれて上半身が地面にドサリと落ちる。
「なにっ?」
紀朝雄が見回すと血まみれの王が地面に倒れたまま月牙鏟をこちらに向けている。
王は方術を使い月牙鏟で空間ごと皇子の身体を切り裂いたのだ。
「空間の分断だ…これならたとえ魔王でも」
王は月牙鏟を杖にしてヨロヨロと身体を起こす。
だがその時、地獄の井戸の黒い穴が現れて中大兄皇子の上半身を包んだ。
そして空中にまた新しい地獄の井戸が開くと、そこから中大兄皇子の上半身が降りて来て下半身の上に乗る。
二つに分断されたはずの身体はピタリとつながった。
中大兄皇子は何事も無かったかの様に振り返る
「終わりかい?天蓬元帥」
月牙鏟による空間の分断を、地獄の井戸で空間を歪めてつなぎ直したのだ。
「化け物め…」
王は暗く笑いながら力無く毒づいた。
「愚かだね、黙って死んでいれば見逃してあげたのに」
中大兄皇子の言葉を受けて、上空から巨大な白い牛魔王の手が伸びて王を握り潰そうとつかみ上げる。
その時、金色の光が空から舞い降り牛魔王の腕を切り飛ばした。
巨大な腕は地響きを上げて地に落ちる。
空中には黄金の翼を広げた巨大な魔獣の上には鎧をまとった獣神が輝く剣をたずさえ乗っていた。
「遅かったねカマタリ。待ちくたびれたよ」
中大兄皇子は目を細めてフワリと笑った。
血まみれの王が巨大な腕から這い出る。
「あれは…?」
「天魔将軍の鎧!」
チビコマチが叫んだ。
中臣の神官や犬飼いたちが空の獣神を見上げる。
「あれは…いったい…」
中臣御食子が岩に身体をもたれ掛けたまま北斗七星を彫り込んだ剣を捧げ上げる。
「天児屋根の命がこの日本を守護する武甕雷尊の神威を降ろしたまわれたのじゃ」
その言葉に佐伯子麻呂が「応!」応じると、神官たちも「オオ!」と雄叫びを上げた。
飯綱大権現
上杉謙信の兜の前盾には不思議な神像が彫られている。鎧を身につけたカラス天狗が右片手に剣を持ち、左手に紐を持ち、大きな狐の上に乗っている。
これが最強の軍神、天魔将軍となったカマタリたち姿である。
カマタリは銀色に輝くフツノミタマの剣を構える。
「草も木も我が大君の国なれば、いづくか鬼の棲なるべし…」
紀朝雄は空を見上げた。
「カマどの!」
〜 77 イヅナ神 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
> イキのいいジジイを連れて来る
はて?誰のことでしょう。




