75 我が妻
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神である。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせら魔族を率いる魔王。
額田姫王や倭姫王の夫でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため父の小野篁に飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生したがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
蛇毒気神
牛頭天王の息子「八柱御子神」が誕生したさいに捨てた胞衣から生まれた赤い蛇神と言われる。
葛城山の山頂に降り立ったその巨大な大蛇神の赤い身体は、その重みでズルズルと嶺から滑り落ちる。
巨木は薙ぎ倒され、巨岩は赤い鱗に削られ崩れ落ちる。
首の鱗からは長いタテガミが生えており、岩の様にゴツゴツした鱗の頭上には枯れ木のような角が生えている。
山頂にそびえ立つ赤く光るその巨体はまるで天空に届くかのようだ。
「龍だ!」
いきなり葛城山に現れた巨大な赤い大蛇を目の当たりにした大和の民衆は、恐れ、泣き叫び、逃げ惑った。
街道には巨大なカエルの石像が置かれているのが目に留まる。
蛇毒気神は長く伸びた巨大なカマ首をもたげてカエルの石像を追い、ゆっくり東の多武嶺の方向に首を向けた。
巨大な赤龍の目の前に天空から白馬が駆け寄る。
「ヒッヒッヒ、あれが神代の昔から蓬莱に住むという赤龍の子か、良い子じゃ、ジッとしておれよ」
空翔ける白馬の上で張果老人は笑いながら懐から数枚の紙を取り出し、瓢箪をポン!と叩くと呪符が巨大化し、赤龍の顔の周りをグルリと取り囲む。
蛇毒気神は大きな金色の眼を見開き動かなくなった。
張果老人はヒラリと蛇毒気神の頭に飛び乗る。
「ウヒヒ、これならジャオ様の封禅に間に合いそうじゃな」
と言いかけた瞬間、いきなり「ぐあっ!」っと飛び上がった。
背後から行者姿のチカタに毒の剣で刺されていたのだ。
張果老人は手にした鉄棒で自分の歯を叩いて吐き出す。
薄黒く変色した歯が落ちた。
それを足で割砕くとポン!と青い煙が巻き上がり、張果老人は大きく息を継いだ。
「なるほど、歯の中に予備の血液を封じ込め、それを毒の血液と交換できるのか」
張果老人は驚いて見返す。
「お前は中臣の真人ではないか!なぜここに!」
「違うな」
「なにっ?!」
「私は魔王、魔王藤原のチカタだ」
チカタは毒の剣を投げ捨てると右手に金色の法具、三鈷を取り出す。
「魔王じゃと?キサマが?」
「お前には時空の流れが見えないようだな」
チカタの言葉に張果老人は怒りの目を向ける。
「小僧!このワシを誰と心得ておるか!」
張果老人が牙を剥くと、顔がコウモリの顔に変わり、背中から灰色のコウモリの翼が生えて宙に浮いた。
「原初、渾沌の蝙蝠。それがキサマの正体か張果老」
チカタの背中から白い翼が現れて宙を飛んだ。
張果老人は瓢箪を叩くと中から炎をまとった騎馬戦車が数騎ほど飛び出す。
その横から地獄の井戸が開いて中から大太刀を担いだカラス天狗が飛び出し、騎馬兵を斬り飛ばした。
空の馬車だけが空しく走り去って行く。
「何じゃ!コヤツは」
さらにチカタの背後から天狗の面を着けたもう一人の金の翼の天狗が飛び出し、右に左にとスレ違いざまに刀をひるがえして騎馬兵たちを切り倒して行く。
「一刀流 四ツ切り」
具足(甲冑)勝負の技だと言われる。
あまりの速さに目では追えない。
たちまち騎馬兵は全て切り倒されてしまった。
チカタは右手に金色の金剛杵を握ると左腰に取り、それを左手で包み刀の鞘のように刀印を結んだ。
「地・水・火・風・空!」
チカタは右手の金剛杵を居合抜きに斬り付ける。
『雷!』
強大な爆発音と共に閃光が走った。
仏教ではブッダの言葉は雷音とたとえられる。
金剛杵もまた雷を操るインドラ(帝釈天)の武器である。
チカタは父のカマタリの技に、玄奘の教えと、王の方術を加えて、最強の技に完成させていたのだ。
巨大な呪符とともに張果老人の姿は消えていた。
「見逃してやる、真の魔王が現れたと天帝ジャオに報告するのだな」
チカタは空に向かって語りかけると、背を向ける。
天馬の駆け去っていく音が空に響いた。
この後、唐に戻った張果老人は、武照からの幾度かの呼び出しにも応えなくなり、山中に隠棲したと言われる。
チカタは赤龍の巨大な角にそっと手を添た。
「さあ行こう。お前の力で父上と母様を助けてくれ」
赤い大蛇はチカタを乗せて、ゆっくりと山の嶺から嶺へ橋を架けるように移動し始めた。
中大兄皇子は片手でフツノミタマノ剣を振り出す。
とっさにカマタリは翡翠の剣で受けるが、剣は砕けて、そのまま身体ごと宙に飛ばさられた。
すさまじい破壊力が体内を突き抜け、カマタリは意識を失いかけた。
片手の中大兄皇子は無造作にフツノミタマノ剣を地面に突き刺すと、その手で落下してきたカマタリの首を掴み取る。
「ぐああ!」
とても戦かえる身体ではない。
カマタリの胴体が軽々と持ち上げられていた。
「どうする。私を刺し殺すなら今のうちだぞカマタリ」
「う…」
カマタリはやがて握りしめていた折れた剣も力無く地面に落とした。
もう抵抗するだけの力が無いのだ。
「…殺すか」中大兄皇子はカマタリを前に突き出す。
「動かないで!手を離して!」
額田姫王が中大兄皇子に両手を向けていた。
「どうした我が妻よ。夫である私を殺せるのかい?」
中大兄皇子の言葉に額田姫王がピクリと反応した。
「私は…皇子さまの妻ではありません」
額田姫王は低くハッキリと言い切った。
カマタリは虚ろな目で額田姫王を見る。
「私の夫は中臣鎌足ただ一人です」
その言葉が終わるなり、カマタリの胴体が切り裂かれて二つに飛んだ。
「あなた!」
額田姫王は、とっさにカマタリの身体に抱きついて、二人とも尾根から飛び落ち、山林に消えた。
中大兄皇子は少女のように白い顔を傾けてニッコリと笑った。
その時である。
キラリと光が走り、ゴンが中大兄皇子の傍らにあるフツノミタマノ剣を奪い取る。
中大兄皇子が機械のように振り向く。
「愚か者め。人間ごときが触れて、無事で済む剣では無い」
中大兄皇子が手を伸ばした瞬間、ゴンの目がキラリと光り、地獄の井戸が現れ、ゴンはその闇に包まれて消えた。
「!!」
何が起きたのか、魔王中大兄皇子も理解できていない。
あの様な下賤な人間ふぜいが言霊の詠唱もせず、いとも簡単に地獄の井戸を現世に現す事ができるのか?
それに魔王の剣、フツノミタマノ剣をただの人間が持ち歩く事ができるのか?
中大兄皇子の動きが止まった
「ヤッ!」悟空少年は頭上の雲から飛び降り、如意棒を中大兄皇子の頭に叩き込んだ。
ガキン!と激しい金属音がして山嶺が震える。
「なにっ?!」
見れば黄色の髪の黒い鬼、金鬼が、鉄の棒で如意棒を受け止めていたのだ。
まさか神珍鉄製の如意棒を受け止めて無事な物質は無い。
「天魔か!」
悟空少年はとっさに金鬼の力を理解すると空中の雲に飛び退く。
「ホッホッホッ、なかなか元気が良い小僧じゃのう」
緑色をした赤毛の鬼、水鬼が中大兄皇子の側に現れる。
ビュウ!と突風が吹き、悟空の頭上から竜巻が襲う。青い身体の風鬼である。
悟空少年は竜巻に巻かれまいと堪えたが、風に乗って赤い紐が全身に絡まった。
「しまった!」
悟空少年は赤い紐に絡み取られ、地面に激突する。
赤い紐は全身に巻き付いていて悟空のパワーでも切れない。
「ホホホ、いい子にしていなさい坊や」
紐に見えたのは赤い鬼、隠形鬼の十本の指だった。
「チクショウ!」
悟空少年の瞳が青く光り、青い猿へと変身した。
天宮
両脇の欅の大木はまだ続く落雷により裂け折れて炎を上げている。
その熱は石室の中にも伝わってきた。
「なんで逃げないのさ!」
百済王妃に化けていたタマモが間人皇女に問いかける。
だが間人皇女は無言で草薙の剣を見つめている。大きな瞳が電光で輝いていた。
すると、いきなり石室の空間に黒い口が開く。
地獄の井戸である。
「うぎゃっ!何か出た!」
タマモが驚いて叫ぶと、九本尻尾の童女の姿に戻ってしまい、尻もちを着いた。
地獄の井戸の黒い穴からフツノミタマを手にしたゴンが飛び出す。
ゴンは走り込みながらフツノミタマを振りかぶると、一気に草薙の剣に斬りつけた。
「ガキン!」と激しい音と共に稲妻が飛び散り、ゴンは草薙の剣から発せられる強烈な波動に弾き飛ばさられ、石室に激突して気を失なった。
間人皇女は足元に突き刺さったフツノミタマノ剣を手にして草薙の剣を見る。
白い裸体が金色の光に照らされていた。
中大兄皇子はニコリと微笑むと悟空少年に背を向け、天宮の石室に向かって歩き出した。
燃える欅の大木の炎に、真っ白な顔が照らされている。
「…まさかあんな伏兵が居たとはな」
大海皇子は太極殿の中で目を閉じたまま状況を読んでいた。
「素戔鳴尊ですら草薙の剣は切れなかったのだ。人間ごときでは傷も付かぬ」
大海皇子はゆっくりと目を開けると外を見た。
「カガミ…お前はそんなにあの様な男を…」
まぶしい光が山々を照らしていた。
〜 75 我が妻 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき。
>張果老が瓢箪を叩くと中から騎馬武者が飛び出す。
この張果老の方術ですが、日本では「瓢箪から駒」ということわざとして今でも使われているそうな。ホンマでっか?
>ブッダの言葉は雷音と呼ばれる。
三蔵法師玄奘の旅の目的地も天竺の「大雷音寺」でした。




