74 葛城山の龍
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王・鏡王女
中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う宮廷歌人。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせら魔族を率いる魔王。
額田姫王や倭姫王の夫でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため父の小野篁に飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫王)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。
小狐丸
黒い戦闘魔獣。
魔物を斬る『神刀』を鍛える刀工でもある。
お玉(玉藻)
百済王妃に化けた九本尻尾の妖狐の少女。
幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。
「祝融の火」
祝融は獣身人面の火の神だったと言われる。
上天の天命により「祝融」は夏の国の都の隅に火を降らせた。
天蓬元帥王が使っていたのも、この祝融の術である。
黄帝の時代に火の神「祝融」と下半身が蛇の水神「共工」の戦いがあった。
その戦いで水神「共工」は敗れ、それに怒った「共工」は天空を支えていた四本の天柱の一つ、西北の天柱があった不周山を破壊する。
ひどい八つ当たりである。
不周山の崩落により西北の天柱が折れた。
天は西北に傾き、地は東南に傾いた。
大地は割れ崩れ火災と洪水が地上を襲う。
現在でも中国大陸の河川が東南に流れているのはこのためである。
その天柱を修復したのが女媧である。
女媧もまた下半身が蛇だった。
女媧は、五色の石を錬った柱を仮設し、四柱に代えて大亀に天を支えさせ、ようやく平穏が訪れたと言われる。
多武嶺の山頂、天宮
巨大な二本の欅が風と熱でうねる。
中大兄皇子は血塗られた長剣を片手に持ったまま、獄炎渦巻く赤く口を開いた空を見上げていた。
多武嶺の山頂上空には地獄の火焔が無数の舌を伸ばす。
その熱が山中にまで伝わって来る。
黒雲は稲妻を帯び、山の木々に落ち始めていた。
「これが地獄か!」
カマタリは腹を押さえながらゴンに支えられヨロヨロと中大兄皇子の下へ歩く。
「皇子!」
中大兄皇子は少女のように屈託のない顔を向けた。
「やあカマタリ。ごらん、あれが妣の胎だよ」
爆音と共に無数の落雷が落ちた。
稲妻が欅の巨木を伝わり、天宮岩室に激しく光が流れ込む。
天宮の手前にいた額田姫王は衝撃で弾き飛ばされた。
『満ち潮!』
額田姫王が言霊を詠むと、発生した水のカーテンの上に包まれカマタリたちの前にフワリと着地する。
というか全裸のままである。
「カガミさん!…ていうか、なんてカッコしてるんですか」
「うるさいわね!ヤラシい眼で見ないでよ!」
「いや、そういう問題じゃないでしょ!」
その時、稲妻で裂けた欅の巨木がバキバキと折れ、天宮の岩室にかぶさり燃えだす。
「皇后さま!」額田姫王は燃える岩屋に向かって声を上げた。
「何っ!間人皇女がまだ中に居るのか!」
稲妻はさらに勢いを増しながら二本の欅の巨木を伝わり天宮へと流れ続けていた。
「落雷が止まらない…まるで稲妻を吸い取ってるみたいだ」
「火雷大神 だよカマタリ。
妣から生まれた八柱の御子神。八雷神の力だ」
中大兄皇子は輝く瞳を稲妻の流れに向ける。
「八雷神 ?」
先ほどイヒカ姫から聞いた名前だ。
『黄泉神』の居るという闇の中でイザナミは腐敗した死霊の姿となっており、全身は八雷神をまとっていたと言う。
「八雷神は妣とつながっている」
「妣と…??何をおっしゃっているのです?」
ゴウ!という音と共に裂けた欅が倒れた。
岩室の奥では稲妻に撃たれた草薙の剣が黄金色にまぶしく光っている。
いや、草薙の剣が稲妻を吸収している…その様に見える。
その草薙の剣の前にはまだ間人皇女が裸のまま残っているのが見えた。
「なぜ皇后さまは逃げないんだ!このままでは!」
中大兄皇子が微笑んだ。
「間人は贄だ。龍のね」
「龍の贄だって!」
「妣に会いたい、妣の国に行きたい。そうは思わないかい?カマタリ」
中大兄皇子は赤く燃える空を見上げる。
「え?妣の国?……」
空を見上げても赤い地獄の炎しか見えない。
あんな地獄が母の国だと言うのか?
「…地獄…地獄の…妣………あ!」
『イザナミ!』
中大兄皇子が言う妣の国とは黄泉国。
妣とはイザナミの尊
あれは原初の大神イザナミの、神の身体をも焼き殺す炎。
カグツチの炎!
まさか中大兄皇子はこの世界を地獄につなげるつもりなのか!!
イザナミはイザナギの子たちを皆殺しにする
中大兄皇子がフッとこちらに振り向く。
「お前も間人が欲しいか?カマタリ」
「俺が間人皇女さまを…」
カマタリの胸の奥が一瞬、高鳴った。
「はあ?キミがなんで皇后さまを?」額田姫王がカマタリをにらみ付ける。
「うわっ!な、な、何をおっしゃってるんですか皇子さま!アイタタタ…」
カマタリはあわてて手を振ってゴマカしたが、腹痛のため悶絶する。
ゴンは呆れた目で見ながらカマタリを支え直す。
中大兄皇子が穏やかな顔で静かに目線を落とす。
「香具山は…」
「へ?」
「香具山は愛する畝傍山を奪い取ろうと神代の昔から耳成山と争っている」
「はあ?」
「我らも愛する物を奪い取るため戦うものではないかね」
「おっしゃっている意味を分かりかねますのですが…」カマタリは冷や汗を流しながら答えた。
背後では額田姫王がジロリとカマタリをニラんでいる。視線が痛い。
「私と戦って間人を奪い取ってみよ」
「お断りします」
「ならば殺すか」
中大兄皇子は剣を抜いて歩き出した。
直剣は急激に形を変え、グニャリと緑色に光り湾曲した。
(あの形は?!)
カマタリは手にした緑色の翡翠の剣を構える。
ゴンと紀朝雄がすかさず左右に散開する。
中大兄皇子は少女のように微笑んだ。
「フツノミタマの『写し』ごときが、本歌の布都御魂の剣に敵うと思うのかね?カマタリ」
「フツノミタマの本歌だって?」
背後から小狐丸が語り出す。
「間違いない、あれは石上布留高庭に納められていた布都御魂の剣だ。
神威が発現した姿だ」
「フツノミタマの本歌!あれが!」
あれが八岐大蛇を切り倒したと言われる素戔鳴尊の佩刀の真の姿なのか?
直剣に見えたが、パワーが発動した状態では勾玉を伸ばしたような形になる。
そして先端がわずかに欠けていた。
「空間が歪んでいる。…いや、あれが本来の姿なのか」
原理はカマタリの鎌と同じだ。
ただしパワーは桁違いだ。
『天十握剣』
八岐大蛇を斬った素戔鳴尊の佩刀である。
その名は「蛇の麁正」とも、あるいは「天羽々斬」とも呼ばれる。
羽々(ハハ)とは大蛇のこと。
つまり「八岐大蛇を斬った剣」という意味である。
強大な霊波動が周囲に広がる。
チビコマチや紀朝雄も、布都御魂の剣の強大な霊力に耐えきれずよろめいている。
「この空間の波動は何だ?」
周囲を見回す。あの石屋を中心に周囲の石垣から反射されたエネルギーが集まっている。
「石か!」
「御名答、この男はよく働いてくれたよ」
中大兄皇子は王の死体を足で転がす。
「石上の石をわざわざこの山に持って来た理由はこれか!」
「八岐大蛇の巨大な霊力を操れるのは、この天十握剣しか無いのだよカマタリ」
「八岐大蛇は倒されたはずです」
「たしかに八岐大蛇の身体は滅した。だがアレの霊体を現世に呼び出し、また別の神体に憑依させれば良いだけだよ。カマタリ」
「別な神体?」
「西の空をご覧」
中大兄皇子ははるか西を剣で指し示す」
「西?」
はるか西の空にも黒雲が垂れ込めている。
そして一筋の赤く光る竜巻が葛城山の山頂から巻き上がった。
「あれは!あれが龍か?!」
「そう、あれが私の蛇毒気神だよカマタリ」
「だ、だどく?何それ?」
「蛇毒気神です、カマ様」
軍服姿の小野篁が解説する。
蛇毒気神
『簠簋内伝』によると
牛頭天王が海を渡っていると頭の赤い毒蛇が海から現れて「自分は牛頭天王の子だ」と言う。
じつはその毒蛇は牛頭天王の息子「八柱御子神」が誕生したさいに捨てた胞衣から生まれた王子または姫神と言われる。
「あれを!蛇毒気神を八岐大蛇にするつもりか!」
葛城山にうごめく赤く光る竜巻を見て老道士、張果老人がヒッヒッヒッと笑った。
「王のヤツめ、ようやく龍の憑代を呼び出せたのか。待ちくたびれたワイ」
張果老人は懐から折り紙の様なものを取り出してプッ!と息を吹きかける。
すると折り紙は白馬に変わった。
「もっともアヤツもすでに魔王に殺されているころであろうがな。怖い怖い」
張果老人がヒョイと前後逆さまに白馬に飛び乗ると、白馬は天を駆け出した。
「では参るかのう」
後ろ向きの張果老人を乗せたまま、白馬は葛城山へと飛び去った。
飛鳥、岡本宮。
太極殿では異国の楽団の舞いが賑やかに披露されている。
奇妙な仮面を被った楽人たちが激しく舞う。
大海皇子は目を閉じたまま張果老人の行方を追う。
「龍を横取りするつもりか。さもしいヤツめ…。まぁ予定通りという事か」
そうつぶやくと大海皇子は高御座の前に歩み出て、寶皇女に一礼する。
周囲で舞っていた男女もまた、大海皇子の傍に跪ずいた。
その姿が四人の鬼に変わる。
『金鬼』『風鬼』『水鬼』『隠形鬼』
四鬼神である。
女帝、寶皇女は若々しい顔をほころばせ、満足そうに微笑んだ。
〜 74 葛城山の龍 〜完
【年表】
◼ 653年。第二次遣唐使。道昭とチカタ(定恵)入唐。
◼ 654年孝徳天皇崩御(654年 - 10月)
◼ 655年 1月、寶皇女が即位(斉明天皇)
◼ 656年 斉明天皇、後飛鳥岡本宮へ遷る。
◼ 656年 後飛鳥岡本宮火災
◼ 656年 葛城山に龍が現れる。
(=φωφ=)あとがき
なんか八岐大蛇なのか蛇毒気神なのか火雷大神なのかイロイロ有り過ぎて収拾がつかないんですけど。
> 葛城山に龍が現れる
いやホントに日本書紀にそう書いてあるんですって。
> 656年
孝徳天皇の崩御からまだ二年。
日本史的にはどうでもいい時期なのですが、まだ656年が終わりません。
名探偵額田王の活躍をこうご期待!




