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54 百済の王子

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)

中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫王)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

ちゃっかり自分も皇女に転生したがまだ子供である。

 カマタリは軽皇子こと孝徳天皇から直々に呼び出しを受けた。

まだ建造途中の難波宮に向かう。


 難波宮の大内裏(だいだいり)

天皇の居る内裏(だいり)と、政府役人たちが執務を取る「庁」を含めた宮殿が大内裏(だいだいり)である。

 宮殿の中に丸ごと中央官庁街があるイメージだろうか。

 大勢の職人たちが行き交い作業をしていた。

真っ平な地面に巨大な柱が何本も立ち並んでいるのが見える

「あれが大極殿の柱か」

 巨大な丸太を組んだ木枠の内側に土が盛られて何層にも高く突き固めて行く。黄河近郊では現在でも使われている版築という最新の工法である。

 大極殿の前にある広大な広場の“朝庭(ちょうてい)”の両脇には中央省庁にあたる“朝堂(ちょうどう)”が十四も並んでいた。後世の奈良、平安時代の庁舎と比べてもかなり大規模である。

 飛鳥の板葺宮は、山と川と寺社に挟まれて手狭(てぜま)であり、大規模な集会のさいは近くの「槻木(つきのき)の広場」で儀式を行っていた。

 飛鳥と比較するとかなり機能的な都市計画と言える。


 佐伯子麻呂(さえきのこまろ)の話では、天皇は難波の『小郡宮』を行宮(かりみや)としているそうだ。


「あれがそうか…」

工事現場の近くに大規模な寺院風の建物群が見えてきた。

 この難波の『小郡宮』はもともとは、隋の鴻臚寺(こうろじ)を模した、港に来た外国人を迎える迎賓館的な役割をする施設である。


 さて『小郡宮』にある仮設大内裏の奥に入ってみれば、中では軽皇子改め孝徳天皇が自ら指揮を揮って新たな法令の(みことのり)を作成している。


 『改新の(みことのり)』である。


文机では官吏たちが木簡の束を積み重ねている。

大王(おおきみ)さま(みことのり)に関する草案なのですが」

文官が木簡を広げる。


「うむ、読み上げてみろ」


「え〜都城を定め畿内の国司郡司や関所、斥候・防人・駅馬・伝馬を置く事。駅鈴や関所、鑑札を造る事など。これでよろしいでしょうか?大王(おおきみ)さま」


 軽皇子は大王(おおきみ)と呼ばれて満足そうにうなずいた。

「良かろう。それと宮中に献上する采女(うねめ)は形容端正、顔はキラキラである事。これを最後に書いておけ、ここが重要だ」


「え〜と『顔はキラキラここが重要』…っと」


「いや『ここが重要』は書かなくてよろしい」

相変わらず少し抜けたやり取りが続いている


大王(おおきみ)様、内臣(うちつおみ)カマタリ、参上いたしました」


「おお、待っておったぞカマタリ!お前に聞きたい事があった」


「はあ?」

カマタリからしてみればこの国家プロジェクトに口を挟む余地なぞあろうはずも無い。


「海外の情勢は知っておるな」


「百済が高句麗と手を組んで新羅と戦をしており、唐は新羅と組んで高句麗に攻め込もうとしているとか」


「その国際情勢の中、我らがこうして国家を整備している意味は分かるな」


「いえ、私などには全く」

孝徳天皇はヒョイとカマタリの言葉を片手でさえぎった。

「兵法でかまわぬ。申してみよ」


 …なるほど、そういう事か。まさかあの軽皇子に俺の田舎兵法が評価されるとは。


「まず法を整備し国土を整え国力を付けるのが第一かと」


「そんな事はもうやっておる!そのためにどうするか?というテーマを聞いておるのだ!」

軽大王は机をバン!と叩いた。


 やれやれ六韜の文王は謙虚に兵法を学ぶため沐浴してから講義に臨んだと聞くが…まぁいいか。

 カマタリは気を取り直して兵法を語り出す。


「国の力をつけるには、君主と民が共に利を得て栄える事を目指すべきです。それには『利を制し、利を得る』事です」


「利を制し利を得るじゃと?」

なんとなくキャッチーな言葉に大王が食いついた。

良くも悪くも分かりやすい人間である。


「まず『民の利』とは天・地・人の憂いを取り除いてあげる事です。君子が民に『民の利』を与えれば、民もまた君子の徳に応えるでしょう。民の憂いをケアしてあげる事です」


「その天・地・人の憂いとは何だ?」


「「天」とは天候時節の変化のことです。昼夜、寒暑などに民は憂います。

「地」とは環境の数量、度合いの変化の事です。土地の狭さ、険しさ、水害、干魃、交通の不自由さなどに民は憂います。

「人」とは戦争や人間活動のトラブル、貧困、制限などに民は憂います」


「ふむふむ」


「この天・地・人の憂いに関しては

・地の災いは土地を整備する事で防げます。

・人の災いは法令を正しく厳守させる事で防げます。

・天の災いは君子の徳で防げる事でしょう。

天子の徳が民の利となるのです」


「ほう、それは災害や狼藉(ろうぜき)を減らす事が民の利になるという事か」


「ええ、地の災いは土地や水利の整備で防げます。そうすれば経済が回り民は利を得ます。

 人の災いは法律と経済、軍事力で防げます。そうすれば民の生活が安定し利を得ます。

 天の災いは、天子が『道』を実行し、祭礼を誠実に行えば民は天子を信じ、たとえ天変地異が起きても迷わず天子に従うでしょう。それが天地の利です。

天子と民が利益を共通すれば民は自然と法を守り、国はひとりでに勢いを増します。

 孫子曰く

(みち)とは(たみ)をして(かみ)と意

(い)を(おなじく)せしむるなり。

民は(あやうき)(おそれざる)なり』

それが天子の徳、国家の「あるべき道」でございます」


「なるほど、それが『利を制し、利を得る』か!」


「天子の徳。それは『仁・徳・義』です。

「仁」とは、天下を万民と分かち合うこと。

「徳」とは、困る者を助け救うこと。

「義」とは、憂いや楽しみを民と同じくすること。

兵法においては、これが永遠の天下への道かと」


「よし!分かったぞ。天子の徳だな!」


 どれだけ理解したかは知らないが、軽の大王もカマタリの言葉から何かヒントをつかんだ様だ。

 今できる事は法の整備と都市の整備。

まずはこれからだろう。


「ところで唐と百済の件ですが、朝鮮半島有事のさいの情報(データ)が足りません」


「それなら百済王子の豊璋(ほうしょう)がこの宮殿に居る。話を聞いて来い」


「百済王子がこの宮殿に?」


 この孝徳天皇の行宮(かりみや)が置かれた難波の『小郡宮』とは、もともと海外の使者などを迎えるための外交施設ではないかと考えられている。主に朝鮮半島から来た来賓が多く滞在していた。

 百済王子の豊璋(ほうしょう)は政変によりほんの数年前に義兄により百済から追い出され、そのまま人質として日本に押し付けられた状況であったし、また高句麗も同じくクーデターが発生している。

この時期、東アジアはクーデターと改革の時代に突入していたのだ。


 カマタリは仮宮の官庁街を抜けたところにある百済の寺院に向かう。

 寺院にある庭園をブラブラと散策していると奥に百済王子の宮殿が見えた。

「百済王子がいるのはここか……な?」

カマタリの天狐(あまつキツネ)千里眼(ようかいアンテナ)がピコーン!と反応した。


「あいつめ…」

カマタリは朝服を脱いで頭陀袋(ずだふくろ)に押し込むと「いつもの服」になって庭の塀を飛び越えた。


 屋根の上からのぞくと倭人の兵士が宮殿の中を歩いているのが見える。

「囚われの身か」


 中に忍び込み進むと男女の喘ぎ声が聞こえてきた。

「ん?」

 カマタリはガラリとドアを開ける。

部屋の中には(しとね)の上に大の字に寝転がりながら菓子を食っている妖狐の少女が驚いた顔でこちらを見ている。

 奥の部屋では全裸の中年男が布団に抱きついて悶えているのが見えた。


「あ?」あまりの異様な光景にカマタリは固まる。


「ちょっとお!いきなり入って来るなんてマナー悪過ぎい!」

妖狐の少女がムッとして起き上がる。


「何言ってんだオメエは。ていうかアレは何だ?」


「王子様が夢の中でワタイとヤッてる最中だよ」


 ああ、とカマタリは思い出した。

五年前の蘇我イルカ暗殺の時にコイツが化けてたあの女か。


「しかしあの方が百済王子ねえ…」

どうやら王子は、この妖狐によって幻覚を見せられてるらしい。

 女の声まで再現しているとはなかなか見事な妖術ではあるが、こんな魔物に取り憑かれたとはお気の毒に。


「お前さ、いつからこんな事やってるんだ?」

カマタリも妖狐の食ってる菓子をかじり出す。

妖狐の少女もまた菓子をポリポリかじりながら言う。

「百済に来たのは隋が潰れてからかなあ。あっちの方がゴージャスな生活ができたから、また行きたいな」

 カマタリはギクっと顔がひきつった。

「まさか…隋が滅んだ原因はお前のせいじゃねえたろうな」


「違うよ。人間どもが勝手に滅んだんじゃん」


「やっぱお前だろうが!」


 カマタリは呆れた。

どうやらこの十本尻尾、いやカマタリが一本切り落としたので九本尻尾の妖狐は、自分が居るだけで災厄レベルの魔獣である事を意識して無いらしい。

(もしコイツが百済に戻ったら今度こそ百済が滅びるな)

ふと中大兄皇子が以前、百済はすでに滅びたと言っていたのを思い出した。

(皇子はなぜ百済が魔物に取り憑かれた事を知ってたんだろう?…)


「しかし、お前はなぜ百済王子の豊璋(ほうしょう)に付いて来たんだ?」


「魔王様の命令に決まってるじゃない」


「魔王って……中大兄皇子が?」

やはり妖狐を百済に送ってたのは中大兄皇子だったのか!


「アンタだって魔王様の(しもべ)でしょ」


「まぁ…そうだな」

 もともと自分は第六天魔王である鈴鹿御前の手により現世に転生したとはいえ、結果的には中大兄皇子の手下に過ぎない。

 いまだに鈴鹿御前、いや倭姫王(やまとひめのおおきみ)のお考えは理解できないが。


「なあ、倭姫や中大兄皇子さまは何を考えているんだ?」

「ワタイが知るわけ無いじゃない」

「そりゃそうだよな」


「だいたいアタイは天竺(インド)の魔族なんだから邪馬台(ヤマト)の事なんて知らないんだわ」


「なんで天竺(インド)の魔族が百済に居るんだよ」

「アタイの居た国が勝手に滅びたから東に来ただけだわさ。それにここには仏教が…」

「仏教?」


 なんとなく理由はわかった。この妖狐の少女は僧侶が嫌いなんだ。

おそらく仏教の語る『空』を恐れているのは確かだ。

 …というかこの娘、どうやら天竺(インド)でもだいぶやらかして東に逃げて来たようだ。


「まぁいい。とりあえず百済王子と話がしたい、アレをなんとかしろ」

「なんでえ?」


「海外の情勢を聞きたい。魔王様の命令でな」


「ムリムリ、だいたいアンタなんかが王子様と話せるわけ無いじゃん」


「ん、じゃあ誰ならいいんだ?魔王本人か?」

「冗談でしょ!アタイは逃げるわよ!」

それは困る。

こんなヤツでも王妃であるなら、パイプ役にはなる。


「じゃあ魔王直属の家来ならどうだ?」

「まぁそれならいいわ、誰?どんなヤツ?」


内臣(うちつおみ)だ」

「何それ?大臣?」

「いや違う。大臣でも役人でも無い。魔王直属の(むらじ)だな…たぶん」


「ふう〜ん、まぁいいわ、それなら会ってあげる」

「オーケー、ならば王子の目を覚まして伝えておけ『内臣(うちつおみ)の中臣鎌足が来る』ってな」

カマタリは窓から飛び出すと、再び孝徳天皇のいる『小郡宮』へ向かった。


 職人街の外れで警備の舎人たちを引き連れた佐伯子麻呂(さえきのこまろ)を見つけた。

「あ!子麻呂(こまろ)さん。ちょうど良かった」

「これは内臣(うちつおみ)様!」

子麻呂(こまろ)(うやうや)しく拱手(きょうしゅ)の礼をする。


「ちょっと外交問題があってね。ちょいと手伝って!」

「が、外交問題?!」

ヒゲ面の佐伯子麻呂(さえきのこまろ)は目を白黒させて驚いていた。


 そのころ百済王子の仮宮では、中臣鎌足が来ると聞いて百済王子の豊璋(ほうしょう)は飛び上がって慌てて着替え始めた。


 美しい妃に化けた妖狐が首をかしげる。

「何それ?中臣鎌足って偉いのですか?」

「いや分からない東宮(中大兄皇子)直属のヒットマンだと聞く。恐ろしい恐ろしい」

「ウゲっ!あの野郎トンデモねぇのを連れて来やがる」

「何か言ったか?妃よ」

「いえ、何も、ほほほほ」妃に化けた妖狐は笑ってごまかした。


「で、殿下!外に軍勢が!」

宮殿の采女が青ざめた顔で駆け込んで来た。


 窓の外を見れば佐伯子麻呂(さえきのこまろ)がかき集めて来た舎人たちが門前からゾロゾロと行列を成して来ている。

「あれは朝廷の近衛(このえ)だ!」

「ウソっ」妖狐の妃は目を丸くした。


 甲冑に身を包んだ倭人の舎人が扉の前に控えて言上する。

「殿下、内臣(うちつおみ)中臣鎌足公がお見えになりました」


「もう来たのか!」豊璋(ほうしょう)と王妃はあわてて王宮から駆け降り門前に出迎える。


 部隊を率いているヒゲ(づら)の大男が豊璋(ほうしょう)の前に歩み出る。

「お初にお目にかかります、殿下。佐伯子麻呂(さえきのこまろ)内臣(うちつおみ)中臣鎌足公をお連れいたしました」


 蘇我の入鹿を討ち取ったと言われる佐伯子麻呂(さえきのこまろ)の名を聞いて、豊璋(ほうしょう)は青ざめて頭を下げる。

(まさかこの私まで…)


王妃の妖狐もあわてて頭を下げる。


「殿下、今日は百済のお話を聞きに参りましただけです。お気楽に」


何か気の抜けた軽い声が聞こえて来た。

いや、この声は…

王妃の妖狐が顔を上げると、そこには朝服に紫の冠を着けてニヤけた顔のカマタリが居た。


「はあ?」妖狐の妃は急に脱力した。



 〜54 百済の王子〜完


 (=φωφ=)あとがき。


 > 扶余豊璋

皇極天皇の時代(642年ごろ)に日本に来たと推測されます。

イルカ暗殺が645年。

改新の(みことのり) が翌646年のこの年です。

献上された白雉を見て豊璋が縁起物だと孝徳天皇に進言したのが650年。

宮殿完成が652年。

…で、また飛鳥に戻ってしまうのが655年。


 >顔キラキラ

改新の詔には「子女の形容端正(かほきらきら)しき者を(たてまつ)れ」とあります。

顔キラキラ!これは重要ですね。

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