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55 後宮の魔女

【登場人物】

 中臣鎌足(カマ様)

人間に転生した天魔の神『天狐(あまつきつね)』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。


 額田姫王(ぬかたのひめみこ)・鏡王女

中大兄皇子の元妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。

琵琶湖の龍王女の転生体である。


 葛城皇子(中大兄皇子)

女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。

額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。


 チビコマチ(小野小町)

額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。

巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。


 厳 (ゴン)

春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。

なぜかチビコマチのお供をしている


 鈴鹿御前(倭姫王)

天照大神の依代であり第六天魔王の一人。

なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。

ちゃっかり自分も皇女に転生した。だがまだ子供である。


 小狐丸

黒い戦闘魔獣。魔物を斬る神刀を作れる刀工でもある。


 お玉(玉藻)

百済王妃に化けた魔獣。

幻覚を操り、人間を魔物化させる能力を持つ。


 カマタリは百済の王子豊璋(ほうしょう)からアジア情勢を聞き出す。王子はなかなか物知りで興味深い話を聞いた。


 百済はもともと中国華北の北朝とは敵対する側の南朝の建康(南京)に朝貢していた。

 北方騎馬軍団が跋扈(ばっこ)する華北に比べると南朝では貴族文化が花開き、仏教が盛んだったと言われる。皇帝が仏教にハマり出家してしまう事まであったと言われるほどだ。

 そんな有様なので、やがて南朝は北の軍事力を統一した隋により吸収されてしまったのであ〜る。


 (皇帝が出家か…古人大兄皇子みたいだな)

中国の文化は素晴らしい。だが悪い風習もまた同時に入ってくる。

 例えば皇帝がライバルの皇族を皆殺しにする話など、まるで蘇我のエミシたちは中国の悪習まで学んでいたかのようだ。

 それが徳のある道と呼べるのだろうか?カマタリは腕組みしつつ豊璋(ほうしょう)の話を聞いていた。


 やがて百済にも英雄的な王が現れる。

豊璋(ほうしょう)の父、義慈王である。

百済は高句麗と同盟して新羅を挟み撃ちにする形で新羅の城を次々と攻め落とした。連勝だった。

 まるで魔物と戦っているようだと新羅はその強さに恐怖したと豊璋(ほうしょう)は得意げだった。


(…いや新羅軍はこのチビっ子魔物と戦っていたわけですが)

カマタリは美しい王妃に化けた妖狐の少女を見る。

王妃は気まずそうに目線を逸らした。

 彼女の名はタマモというらしい。

おそらくタマモは敵に幻覚を見せ、さらに兵士たちを蘇我イルカのように一時的に不死身の身体にしたのだろう。

 そして王子の豊璋(ほうしょう)の王妃の待遇でこの国にやって来た。

 いや、ひょっとしたらそれも中大兄皇子の命令かもしれないが…


「私はこの倭国で力を蓄え、いつか再び百済の王となって戻るつもりです!」王子豊璋(ほうしょう)は胸を張った。


 その時、タマモが指をピン!とはね上げると豊璋(ほうしょう)の動きがピタリと止まって固まった。

 妖狐の王妃はシュッ!と小さくなってタマモの姿に戻ると褥(しとね)に寝転がる。


「おいおい、まだ話の途中だぜ?」


「いいのよ、この人の話長いから。それに誰かさんに尻尾を切り落とされてから長時間変身してると疲れちゃうのさ」


タマモは褥(しとね)の上で自分のモフモフ九本尻尾に包まり、また菓子をかじりはじめた。

「聞きたいことがあったらワタイに聞いて。アンタが魔王の手下なら教えてあげるわ」


「そりゃどうも。豊璋(ほうしょう)殿下の話だと今のとこ百済は順調そうだな」


「ムリね。ワタイが居ないから王家はすぐに滅びちゃうわ」


「百済が無くなるのか?」


「違うわ、ワタイが造った兵士が居るから、百済王家が滅びても、百済はまた復活できるの。そしたらこの豊璋(ほうしょう)が新しい王になるんだわ」


「なるほど、豊璋(ほうしょう)が百済王になれば百済は日本の傀儡国(かいらいこく)になるという戦法か」


「そいうこと。ワタイらはここでゴロゴロしてれば、『ふくしん』に預けたワタイの家来たちが働いて豊璋(ほうしょう)を勝手に国王にしてくれるんだわさ」


※ 鬼室福信(きしつふくしん):百済の王族。国王不在の時期も戦い続けて、豊璋を迎え入れた。


 筋書きが少し見えてきた。

百済が弱れば必ず日本に助けを求めて来る。

それを狙っているのだろう。


「んな簡単に行くものかねえ」


「そんな事知らないわ」

タマモはどうでも良い感じで菓子をほおばった。


(うわあ、コイツ魔女だな)

日本もだいぶ酷いが、こんなヤツに取り憑かれた百済の国民は災難としか言いようがない。


「ところで…なぜお前は百済に来たんだ?唐に居残った方が楽しいだろ?」


「だって、唐の後宮には『ぶ』が居るんだモン」

タマモは頬を膨らませる。


「『ぶ』?…何だそれ?」


「魔女だよ、世界最強の魔物だわ」


「せ…世界最強の魔女!?」


 タマモの話は十年ほど前の唐にさかのぼる。

唐の二代皇帝『太宗』の後宮に十四才の少女が上った。名を武照という。

 後宮での地位は「正五品、才人」さほど高い地位ではない。ふつうなら二千人もの妃や官女が居る後宮では埋もれてしまう存在のはずだが、武照は初対面で太宗の息子の『高宗』に見初められたと言われる。


「つまり魔性の美女だったという事か?」

「アイツまだ小娘だよ」

「お前が言うかよ…」

「アイツ自分の事を貴族の娘だとか言ってたけどウソだね。ありゃ何百年も生きた魔女だわ」


 やれやれ、どこの国も王宮は魔物だらけのようだ。

「んで、その武・照って王妃が世界最強の魔女なのか?」


「武照は坤道(こんどう)だよ」

「何それ?」

「坤道(こんどう)ってのは女の道士よ」

「道士…」

 大陸には道士と呼ばれる不思議な術を使う魔導士がいると聞く。その武照という女はタマモと戦えるレベルの道士のようだ。


「その魔女は、お前の使う不死身の兵士より強いのか?」


「『ぶ』が使うのは動く死体よ」


「死体?死体の兵士か!」

不死身のゾンビ兵まで使うのか。恐るべき術者だ。

蘇我イルカの不死身の術は小狐丸の打った剣(タチ)で破る事ができた。だがそれ以上のパワーを持つフツノミタマでも四鬼神を完全には倒せなかった。

 海の向こうにはまだまだ未知の魔物が棲んでいるかもしれない。

その武照という女魔導士が使う魔術がどれほどのレベルなのか?カマタリの力で勝つ事ができるのだろうか?

 もっと大陸を見すえた作戦を練り、この国の国力を強化せねば。

カマタリは阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)の屋敷に向かう。

 左大臣、阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)とは意見の対立も多いが、経済や外交においては圧倒的なキャリアを感じていた。


「それは阿倍内麻呂の外交官としての広い見識と先見性によるものじゃ」と父、中臣御食子(なかとみのみけこ)は言う。


「大樹に思いっきりぶつかってこそ鍛錬になるというものじやぞ、え〜とカマよ」


「今の名前はカマタリでございます父上」


「そうであったな、いや分かっておるぞカマタリよ!」

ホントかねえ?


「しかし父上、阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)どのは蘇我のエミシ様のような存在なのでしょうか?」


ふむ。と中臣御食子(なかとみのみけこ)眉間にシワを寄せて長いあご髭をなでる。

「エミシはのう、やはり欲張り過ぎたのかもしれぬな。馬子様もそうじゃった。阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)は違うがしかし、少し早まったかも知れぬな」


「早まる?難波京の事ですか?」


「うむ。たしかに難波はこの先ますます栄えるであろう。じゃが人心は皆、この大和の古都に祖霊を祀り懐かしんでおる。なかなか難しい話じゃな」

神祇長官である御食子(みけこ)は遠くを見た。


 このような父ではあるが、御食子(みけこ)の予見(よけん)はほぼ的中する。

(難波京への遷都は失敗するのだろうか)

ふとカマタリは思った。


 翌年、カマタリは孝徳天皇より正式に大錦冠(だいきんかん)を与えられる。

「ようやく諸侯レベルになれたって感じかしら」

額田姫王(ぬかたのひめみこ)はまだ不満そうだ。

神祇長官の中臣家からすれば王族並みの大出世と言えるのだが…


「そりゃ無えよな」と、カマタリは側に居たチカタに愚痴るとチカタはうなずいた。


 カマタリはまた「いつもの服」に着替えて建造中の難波宮をぶらぶら見回りながら阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)の屋敷に向かう。

 すると現場の職人の棟梁たちに指示する痩せた背の高い男を見かけた。


「羊(ひつじ)さん、羊(ひつじ)さん」

カマタリは若者に声を掛けた。


「おお!カマどの…いや大錦冠(だいきんかん)鎌足さま」

羊(ひつじ)と呼ばれた男はカマタリに向かって拱手(きょうしゅ)の礼をする。


「よして下さいよ。今はプライベートですよ」


「お忍びですか。内臣(うちつおみ)のお勤めも大変な事で」


「その内臣(うちつおみ)って何の仕事なのかいまだに分かって無いんすけどね」

カマタリの愚痴を聞いて羊さんは笑った。


 高志才智(こしのさいち)、名は羊(ひつじ)という。先祖は日本に漢字を伝えたとの伝説がある百済の学者、王仁(わに)博士。

 高志(こし)の一族は現在の堺市付近を拠点として海外からの職人や医師など技能集団を組織していたと推測されている。

 この高志才智(こしのさいち)こと羊(ひつじ)さんの息子が各地のインフラを整備しながら弘教(ぐきょう)した行基(ぎょうき)菩薩である。


 カマタリが孝徳天皇に提案した孫子の五事七計(ごじしちけい)の教え。それは天地人の憂いを取り除き、経済を回し、教育を行き渡らせる事であるが、そのためにはこの羊さんの能力が必要だった。


 インフラ整備による国土強靭化で地の憂いを無くし、

 仏法により天の憂いを無くし、

 学問と医学により人の憂いを無くす。

その兵法五事七計を実行したのはこの羊さんの息子の行基だった。

 この羊(ひつじ)さんこそカマタリの目指す国家運営に最も必要な人物と言える。


「どうです?新しい都(みやこ)の整備は?」


「港の整備や船の建造も同時進行ですので、てんてこ舞いですよ」

羊(ひつじ)さんは笑いながら眼下の河内湾の広大な平野に点在する砂浜を指差す。


「港ですか?」


「彦火火出見(ひこほほでみ)(神武天皇)が難波に着いた昔は、河内湖はもっと広く、大きな船が直接乗り入れられるほど深かったと聞いていますが、今は土砂が積もり草木が茂っていますからね」


「そういえば先日も草香江(くさがえ)の浅瀬に乗り上げてた舟があったな」


「いずれ浚渫(しゅんせつ)か運河が必要でしょうね」


 現在の大阪城から下流は、淀川と大和川からの大量の土砂が積もる一帯である。古代からの難波の河内湖は埋まり続け、海岸線ははるか海側へ前進し陸地化している。

 現在の大阪の平野部がそれである。


宮殿の大地から見下ろせば港に立派な船団が数隻、大勢の賤男(しづを)により引き揚げられて来るのが見えた。

「すごいな。あれは唐の船ですか?」

「左大臣さまの船です」

「左大臣さまの?」


 左大臣とは孝徳天皇の義父、阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)のことである。

 この当時の資産規模は、妻の実家の経済力に比例する。孝徳天皇が都を遷都したこの難波の立地も左大臣の阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)が軽皇子(孝徳天皇)のために用意したものであろう。

 ちなみに右大臣は葛城皇子の義父、蘇我石川麻呂だった。


 阿倍家は隋の使者を迎えたと言われる外交官の家であり、左大臣の阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)は水軍の兵力を持っていたと推測されている。

 阿倍内麻呂からすれば国内でゴタゴタしている場合ではないという事だろう。


 カマタリはふといつものクセで「魔王中大兄皇子がこの船団を手に入れたら何が起きるのだろうか?」と考えてしまう。

(海外派兵を狙うのではないか?……)


「カマどの!カマどのではないかえ」

いきなり上から声をかけられる。

驚いて見上げると真っ白い豪勢な唐服をまとった女性が男児と二人で白馬に乗っていた。


「え〜と…ああっ!姫さまなぜここに!?」


小足媛(おたらしひめ)はヒラリと馬から飛び降りた。


 小足媛(おたらしひめ)

孝徳天皇の皇后、つまり軽皇子の妻である。

そして彼女こそ左大臣の阿倍内麻呂(あべのうちのまろ)の娘その人である。


「さてはキサマ!私を忘れていたな」


「いえ、その様な事は」


「コラ!カマタリ。キサマと私と一夜を共にした仲なのを忘れたのか!」


「へ??」

ああ、宮殿には魔女が棲む事を忘れていた。



 〜55 後宮の魔女〜完



  【年表】

◼ 637年武后、太宗の後宮に入る(二十七世婦、才人、正五品)宮廷に「唐三代にして、女王昌」の予言がされる。

◼ ︎642年百済大乱、豊璋来日

◼ ︎645年蘇我入鹿暗殺

◼ 646年改新の詔

◼ 647年鎌足、大錦冠



 (=φωφ=)あとがき。


 > 武照

日本では則天武后と呼ばれています。

…しかしまあ、話が中国大陸にまで広がってしまったけど、どうなるんすかね、これ?

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