53 こちらにおわすお方こそ!
【登場人物】
中臣鎌足(カマ様)
人間に転生した天魔の神『天狐』東国の獣神であり人間体でも魔物を圧倒できる身体能力を持つ。
額田姫王
中大兄皇子の妻であり、神の歌「言霊」を使う少女。
琵琶湖の龍王女の転生体である。
葛城皇子(中大兄皇子)
女性と見まごう白く美しい外観に凶悪で残酷な内面を持ち合わせる。
額田姫王や倭姫王の夫であり魔族を率いる魔王でもある。
チビコマチ(小野小町)
額田姫王に歌を学ぶため飛鳥時代に連れて来られた平安時代の少女。
巫女舞風の装束を身にまとい「言霊」を使う。
厳 (ゴン)
春日の森で「鬼神の塚」を守る片目の野守。
なぜかチビコマチのお供をしている
鈴鹿御前(倭姫)
天照大神の依代であり第六天魔王の一人。
なぜか高位天魔を人間に転生させて飛鳥の都に集結させている。
この時すでに五百歳を超えている美女。
カマタリは鹿島時代から着ている『いつもの普段着』で大和路をブラブラと歩いてたいた。
刀鍛冶の魔人である「小狐丸」に引っ越しの知らせのついでに、預けてある「鎌」の修理の進捗状況を見に来たのだ。
途中で眷属の野狐を見かけたので道案内を頼むと、野狐はカマタリを見て飛び上がってひれ伏した。まだ百歳ほどの若い妖怪のようだ。
※野狐:妖術を使い人に取り憑いたり化かしたりする狐妖怪
野狐の話では、小狐丸はこの地域では最高位の天魔らしい。
カマタリと野狐は一気に高野山まで駆け抜けた。
小狐丸の棲み家の岩屋に着くと野狐はおびえて近づかない。
このような低級霊では近づいただけで消し飛んでしまうほどの神気に満ちているようだ。
「サンキュー!帰っていいぜ」
野狐は飛ぶように森に逃げ帰った。
「よう!じゃまするぜ」
岩屋の中は意外と広く、中にはさまざまな刃が散乱してキラキラと輝いている。
天狐の千里眼を使ってみたが小狐丸の姿は見えない。
この地域には居ないようだ。
床に散乱している刃を一本拾ってみると驚くほど鋭い。そして強力な魔力を感じる。
試しに壁の岩盤をカリカリひっかくと岩はシャリシャリと薄く削れ落ちる。
「すんげえ…」
カマタリはキョロキョロと左右を見回すと渋染めのボロい麻布で刃を包んだ。
「一振りもらっとこう」
刃を帯に差してさらに奥を物色するとツヤやかに光る大きな石が見えた。何か宝石の原石のようだ。
「これは…翡翠かな?」
その日は難波に向かう事になっていたので、小狐丸に逢う事はできず、そのまま帰った。
『難波津』
現代では淀川の土砂に埋まって陸地となっているが、古代には東大阪一帯が丸ごと入る「河内湖」と呼ばれる広大な湖があり、湖と難波の海(大阪湾)を仕切る半島部分が上町大地である。
そこには港湾都市が形成されていた。
さらに古代にさかのぼってみれば、ここは神武天皇が九州の高千穂から舟で各地の海の民を吸収しつつ瀬戸内海を上って『浪速渡』に至ったと言われる場所と推測されている。
難波は古代からの海路の到着地でありヤマトの入り口だったのだ。
国内はもとより海外からの船もまた、この難波津から港湾の人夫である賤男によって船を曳揚ながら湖を遡り『草香江』の港に到着する。
この『草香江』の港には、倉庫街が連なり、また海外の要人を迎え入れる難波館なども整備されていた。
まさに古代の流通の中心地であると言える。
カマタリはぶらぶらと草香江の港を見て歩く。
港まで船を曳き積荷を出し入れする港湾労務者や査察の役人、地方や海外からの商人、上京してきた旅人などがひしめく様に行き交っている。通りの横には飲食店、雑貨屋の露天商がフリーマーケット会場の様に店を開いて、歌や軽技の見世物の大道芸人たちが技を競っていた。
大勢の賤男がひときわ巨大で豪華なジャンク船を曳いて桟橋に付けている。
「すんげえな」とカマタリは口を開ける。
唐の商人だろう。現代の西洋船舶にまで影響を与えたと言われる完成された設計の大船である。
新羅や百済の船もしっかりこの技術を取り入れているという。
日本では貿易で財を成した一部の大夫(豪族)がジャンク舟を何艘か所持していると聞くが、一般的にはまだまだ丸木舟の時代である。
「やはりこういう事業は国家プロジェクトで建造すべきだよなあ」
カマタリがブツブツつぶやきながら歩いていると、草香江の外れの砂浜に数人の男たちが集まってボロい丸木舟を押していた。
おそらく地方から租税の『調(織物)』を運んで来た者たちだろう。見れば舟が砂浜へ乗り上げてしまい動けないようだ。
「よう、手伝うぜ」
言うより早くカマタリが片手で押し出すと舟はスルリと水面に滑り込んだ。
「ありがてえ、すまねぇな!」
「なあに、気をつけて帰りな」
男たちが舟を漕ぎ出そうとしたところへ「おい、そこのお前たち!」と威圧的な声が響いてきた。
「ん?」
見れば剣を片手に持ったチンピラ風の男たちが数人で近づいて来る。
「お前ら、今から太夫の船の曳揚げがある。手伝って行け」
腰に剣を差したリーダーらしき男が言う。
本人たちは太夫(豪族)の舎人とは言ってはいるが、どう見ても盗賊にしか見えない。
「オラたちは故郷に野良仕事があるだで帰ぇらねば…」百姓たちは頭を下げて懇願する。
「黙れ!」
一人が手にした杖で百姓を打ちすえようとした瞬間、男はカマタリに蹴られて砂浜に転がり、ドボン!と水中に転落した。
港湾で作業していた群衆たちが振り返った。
「舟に乗れ!」
カマタリの指示で、百姓たちはあわてて舟に転がり込むと、カマタリは舟を蹴り出した。
ザー!と百姓たちを乗せた舟は一気に沖に押し出される。
「キサマ!死にたいか!」舎人が剣を抜くと、チンピラどもがカマタリを取り囲んで剣を構えた。
カマタリは帯に挿していた麻布を指で挟んで引き抜きざまに左右に振る。
「キン!」という金属音とともに男たちの剣が鍔元から折れて飛び、足元に切り折られた刀剣が散らばった。
「は?」チンピラたちは目を見開いて、鍔元から折れた剣を持ったまま固まっている。
「すんげえ切れ味だな」
小狐丸の岩屋から拾ってきた試作品の剣のすさまじい切れ味にカマタリも驚いた。
「何をしておる。さっさと賤男どもを集めぬか」
豪華な唐服を着た男が、武具を揃えた兵士たちを従えてやって来た。
この男、身なりは貴族の様にも見えるが、その正体は盗賊上がりの商人だろう。
「あんたが太夫様かい?」
「いかにも」
貴族風の男が言う。
「どこの太夫様だい?名前は?」
カマタリがニヤニヤしながら尋ねると自称太夫は怒り出した。
「百姓どもに名乗る名など無いわ!」
「あんたら朝廷に『調』を納めに来た百姓たちを自分の仕事に使って働かせる気だったのか?」
太夫を自称する男は鼻で笑った。
「百姓どもを使役する事は禁じられてはおらん!蘇我大臣だってやっていた事だ!」
「う…!」
カマタリはひきつった。
たしかに蘇我の蝦夷と山背大兄王の上宮王家が仲たがいした原因は、エミシが自分たちの陵墓を建造するため宮家の兵士や全国の百姓たちを勝手に使役した事にあると言われる。
(なるほど、こりゃたしかに上宮王家に怒られるよな。エミシさん)
「どうだ!何も言えまい」
自称太夫はニヤニヤ笑っている。
(コイツ、蘇我のエミシの権威で『人集め』をして儲けて来たヤツか…)
だとしたらこの野郎はエミシやイルカの負の遺産だ、ここで絶やすしかない。
「ヨシわかった!じゃあその法律は今日から変える!今から陛下に言って『朝廷に税を納めに来た百姓を勝手に使役してはいけないです』って進言してくる!」
カマタリは思いついた法案をまとめる様に両手を広げて語った。
自称太夫をはじめ、周囲で見ていた兵士や群衆たちはポカンと口を開けていたが、やがて大笑いをし始めた。
「ほほほ…キサマごとき百姓が何をふざけた事を」
自称太夫も笑い出した。
カマタリは言ってしまって後から「あ…」と気づいた。
(コイツらに言ってもムダだよな!)
「お前たち!何をしてるか!」
いきなり横から極太の大声が響いた。
振り向くとヒゲ面の大男が馬上から見下ろしている。ヒゲ男の後ろには長い棒杖を持った一団が引き連れられていた。こちらは朝廷の警備の舎人だろうか。
自称太夫がヒゲ男を睨みつける。
「何だ?お前は」
「我は佐伯子麻呂である!」
ヒゲ面の大男が地を揺らすような大声で答えた。
その名を聞いた兵士たちは後ずさりし、群衆は腰を抜かしてひっくり返った。
佐伯子麻呂は逆臣蘇我のイルカを切り捨てた豪傑として知られており、その勇猛さを讃えて皇居の門にも「佐伯門」という名まで付けられたと聞く。
つまり佐伯子麻呂は泣く子も黙る豪傑なのである!
そして蘇我入鹿を倒した中大兄皇子、中臣鎌足。
そして佐伯子麻呂と稚犬養網田
飛鳥でこの英雄たちの名を知らぬ者は無かったのだ!
佐伯子麻呂は馬をこちらに向けてノシノシと近づけて来る。
「近ごろでは、やれ陵墓を造る、道路を直す、船を曳上げると言って、都に調を納めに来た百姓どもを騙やさ(だま)して賤男に使い、異国に売り飛ばす輩が居ると聞く。お前たちの話を聞かせてもらうぞ!」
棒を構えた捕り方たちの部隊が自称太夫たちの前面にを一斉に展開した。
(なるほど、最初から調を納めに来た百姓たちを狙っていやがったのか。ただの追い剥ぎ強盗の人さらいじゃねぇか)
カマタリは自称太夫をにらみ付けた。
「何が英雄だ!叩き切ってしまえ!」と自称太夫が叫ぶと、武装した兵士が一斉に剣を抜き上げる。
兵士たちは剣をふりかざした瞬間、背後からカマタリに襟首をつかまれ空中にポイと放り投げ捨てられた。
兵士たちは「うわっ!」と叫んだ時には宙を舞い飛び、入り江の水にドボン!と盛大な水しぶきを上げて落ちていた。
佐伯子麻呂や群衆たちが唖然と見ていると、カマタリは兵士たちを次々と紙切れのように空中に放り投げる。
入江に派手な水飛沫が上がった。
「よう、残るはアンタ一人だぜ」
カマタリが腕を組みながら自称太夫に言う。
「き…貴様ら!麿に手を出すと大臣が黙っておらぬぞ!」
「だから誰よ?その大臣って」
カマタリがツッコむ。
「だっ!黙れ百姓が!良いか!聞いて驚くな!近ごろ大臣になられた中臣鎌足様じゃ!」
「へっ?!」
カマタリは驚いた。
そうか、朝廷の官吏をはじめ一般の人々はカマタリの存在すらよく知らない。それを悪用されたか!
不覚である。
カマタリは頭を抱えた。
「それ見よ!驚いたであろうが!」
「いや、俺はアンタなんて知らんぜ」
カマタリはガリガリと頭をかいた。
「ま、まさか内臣様が…」
中臣鎌足の名前を出されて佐伯子麻呂がたじろいだ。
「おいおい!アンタまで信じるんじゃねえよ!」
カマタリからしてみれば、佐伯子麻呂とはあの事変の当日、一度会っているので、思わず怒鳴ってしまった。
「ん?…」
佐伯子麻呂がカマタリに気づくと、馬から飛び降り駆け寄ってきた。
「ん?ん?……ややや!」
子麻呂はジッとカマタリを見るなり、いきなり飛び退いた。
「も、も、もしや内臣様では?」
「そうだよ。お勤めご苦労さん」
「はははっ!」
佐伯子麻呂はその場にひれ伏した。
「は?」
自称太夫が目を丸くする。
「ところで佐伯さん、宮殿ってどこ?」
「まだ建設中です。陛下はあちらに」
子麻呂は湾の入り口にある小高い大地の方を指差した。
難波宮は後世には大坂城や石山本願寺が建造されるほどの交通、軍事の要所である。
「わかった、ちょっと着替えるから、今すぐ大王のところまで案内して」
「かしこまりました」
佐伯子麻呂は立ち上がると、カマタリに向かって深く拱手の礼をする。
カマタリは背中に担いだ頭陀袋から、グチャグチャに丸めた朝服を引きずり出して、てきとうにズボッと頭からひっかぶる。金糸の刺繍がしてある高位の朝服である。
潰れた紫の冠をパンパンと叩いて戻すとスポッと被った。
カマタリの紫の冠を見て自称太夫は一瞬たじろぐ。紫は大徳位。国家最高位の位冠である。
「な…そのような虚仮威しで!」
すかさず佐伯子麻呂が大音量で一喝する。
「控えぬか!こちらにおわすお方をどなたと心得る!畏れ多くも天下の副大臣、中臣鎌足公にあらせられるぞ!」
「えええええええ!?!」自称太夫をはじめ、周囲で見物していた港湾に居る全員が驚いて腰を抜かした。
「内臣様の御前である!一同の者、頭が高い!控えい!控えおろう!」
佐伯子麻呂の大声が轟くと、港湾で見ていたギャラリーを含め一同が「ははあ〜っ」と、その場にひれ伏した。
「う…うっ内臣様とはつゆ知らず、ご、ご無礼のほどを…」
自称太夫は砂浜に土下座したまま鼻水を垂らしてガタガタと震えだした。
「大王に言っとくよ。いろいろ勉強になった」
「そ、それだけはご容赦を!」
「わかった、陛下には言わない」
自称太夫はハッ!と笑顔になり涙と鼻水でグチャグチャの顔を上げた。
「中大兄皇子殿下に言っておく。覚悟しておけ」
中大兄皇子と聞いて自称太夫は白目を剥いて口から泡を吹き卒倒した。
「さすが大魔王、名前だけですごい威力だな…」
カマタリは身震いすると、佐伯子麻呂と並んで馬に乗って立ち去った。
〜53 こちらにおわすお方こそ!〜完
(=φωφ=)あとがき。
まさかの佐伯子麻呂さん再登場。書いてる本人もビックリです。
日本書記を読んでいると鎌足公の直属っぽい印象だったので助さん角さん役で(笑)
> 難波津
古代からの港ですが、淀川の土砂で埋まってしまうらしく、地形がイマイチ理解できませんでした。
ちなみに一寸法師は住吉大社から茶碗の舟で京都に遡ったとか。
可能なのか?
> 天下の副大臣
すいません、ウソです。




