34 天魔将軍
【登場人物】
小野タスク
なぜか魔王と呼ばれる地味で平凡で貧弱な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
なぜかタスクの家でお手伝いさんをしている剣豪。
鈴鹿御前の霊刀『小通連』に片目を食われた。
小野忠明(神子上典善)
修羅界で最強の一刀流の剣客。
鬼より怖い。
善鬼坊
生前、小野忠明に討ち取られた修験者。
死後、修羅道で小野忠明の元に修行に入る。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。鬼の身体能力を持ち、炎の属性魔術を使う魔界の武士
鈴鹿御前(立烏帽子)
第六天魔王の一人。リアル魔王
三振の霊剣を持つと言われる。
タカムラ(小野篁)
コマチの父。
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫(この子猫の子)を連れている。
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
「赤子を身ごもるとはどういうものか…聞いてみただけだ」
そう言って、コマチは顔を上げた。
それは嘘だ。
ミツヨシさんや餓鬼阿弥たちは悲痛な表情で顔を背むけ、カヲルさんは口を開けて固まっている。
「なあコマチ」
「何だ」
「それは俺には言えない相手なのか?」
「そうだ」
コマチは目線も合わせず遠くを見たまま答える。
木漏れ日から差し込む夕陽がコマチをオレンジ色に染めていた。
夕陽がまぶしい。コマチはまばたきもせずに見続けている。
「…その魔物は俺が戦う相手なのか?」
コマチはしばらく沈黙して口を開いた。
「そうだ」
…………。
長い沈黙が続いた。
「藤原のチカタか?」
俺の問いかけにコマチは驚いた表情でこちらを向いた。
コマチは魔人藤原千方に妻として差し出され千方の子供を身ごもるという事なのだろう。理由は分からないが。
「御前さまが決めたんですね」
「ああ」鈴鹿御前はコーヒーを飲みながら答えた。
「止めさせてください」
「できぬな、藤原千方は人間だ。お前たち人間の力で止めるしかない」
「………」
「お前は、やる事があるのではないかな」
御前はグイっとコーヒーを飲んだ。
「行きます」
何も考えずに即答した。
鈴鹿御前は軽く笑ってコマチの方を見る。
コマチは御前に向かって深く礼をすると、クルリと背を向け神社の拝殿へと昇って行く。
俺もコマチの後に続いて中に入ると、ひとりでに扉が閉まった。
薄暗い拝殿の中に二人っきりになる。
コマチの背中が小さく見える。
そうか、コマチはこうして幼いころからたった一人で戦ってきたのか。
逃げる事も泣く事も許されず、たった一人で。
……でも俺がいる。
コマチを背後から抱きしめると、コマチは振り返り、ゆっくりと腕を伸ばして抱き返しながら口づけした。
闇の中。
気がつくとコマチを抱いたまま地獄の井戸の空間に居た。
「魂が飛んだのだ」
コマチはいつの間にかキラキラした巫女装束の様な衣装を着ていた。
まるで神の花嫁。そんな感じだ。
コマチを抱いたまま白い翼を広げて闇の中を飛ぶ。
もう地獄の暗闇も怖く無い。
「タスク、修羅道へ向かえ」
「修羅道?どこにあるんだ?」
「お前はすでに修羅道と『縁』で繋がっている。それを念じろ」
『縁』
そうか、俺はすでに妖怪婆さんに導かれながら小野忠明先生や善鬼坊さんと『縁』で繋がっている。
ミツヨシさんが夢の世界で俺の前に現れる事ができるのも、その力のおかげだろう。
夢の中で心を異世界へ飛ばす。
柳生宗矩は兵法家伝書にはこう書かれている。
…人の心が物に移る早さとは、月の光が水面に写るほど早い。
月は、はるか高い天空にあるが、その光は一瞬で水に月の影を映す。
心もまた、瞬たきする間に大唐までも行ける。
トロトロと眠りに入る間に、夢は干里の外の古郷へも行くなり。
つまり夢は時空を越えるのだ。
これが柳生新陰流の秘術『水月』である。
小野忠明先生や善鬼坊さんの居る修羅の世界を念じる。目の前にパァッと異世界の光が広がってきた。
修羅界だ。
俺とコマチは修羅界の空を滑空していた。
遠くに山々が連なり、青空に雲が広がる。
雲間から古めかしい瓦屋根の街が見える。
小野忠明先生の屋敷はどこだ?
町の一点が光る。
あれか。
庭の池のほとりに小野忠明先生と善鬼坊さん、ミツヨシさんの三人が見える。
感じただけで彼らがそこに居るのが分かる。
これが天魔の力か。
俺とコマチは庭先に着地した。
善鬼坊さんとミツヨシさんが俺たちの前に土下座する。
「何やってんすか?」
小野忠明先生がニヤリと笑う。
「将軍の御前ゆえ、畏まるのが道理であろう」
「将軍?俺が?」
自分の手足を見て驚いた。いつの間にか、甲冑のようなものを身に付けている。
「自分の姿を見てみろ」
小野忠明先生が池を指差す。
その水面には金地に白い威の鎧を身につけた自分の姿が見えた。
「これは?」
「天部の力じゃ」
「天部?」
「御仏を守る神々の事じゃな」小野忠明はヒゲ面をなでた。
「タスク、これこそが将軍の姿なのだ」コマチは水面を見つめながら言う。
天魔の将軍!
そうかチビ助が言っていた魔王とはこれの事か!
「来い、小僧」小野忠明はスラリと音も無く刀を抜いた。
同時にこちらも鎌を抜いて飛び退がる。
小野忠明は強烈なスピードで斬りつけて来るが、今回は太刀の動きが見える。
今まで全く見えなかったが、あの強烈な太刀打ちが見るとは無しに見え、感じるのだ。
そして無意識に相手を見れば鎌がひとりでに働いてくれる。
(これは…)
無意識的な意識操作!
そうか、さっきカヲルさんに教えてもらった振り子やドングリか!
鎌で防ごうと思わず、無意識に鎌の自然な動きに任せる。
新陰流「思邪無」
防御は全て鎌に任せて無意識の心位に集中する。
だから相手の動きや心積りが見えるのだ。
振り向けば十兵衛が微笑んだ。
(ありがとうミツヨシさん)
隣には善鬼坊さんが笑っている。
(ありがとう善鬼坊さん)
そしてコマチが見つめている。
ありがとうコマチ。
有るは無く…
無きは数添う 世の中に
あわれいづれの日まで嘆かん
鎌が剣の形に変形する。
「南の印!」
小野忠明の斬撃を後ろに引き余しざまに、太刀を左右に回して繰り込み、捨て身突きで飛び入る。
「む!」
今までどんな攻撃をしても、かすらせもしなかった小野忠明が、俺の剣を初めて刀で受けた。
チャンスだ!
身を低くして白い翼を広げる。
「西の印!」
高速で滑り込みざまに腰車を薙ぎ払った。
着地の勢いで土煙が舞い上がる。
………あれ?
消えた。
キョロキョロと見回したがどこにも居ない。
いや、みんな空を見ている。
「え?」
頭上高くの空中には金色の鳶の翼を広げた小野忠明が居た。
「うそっ!?」
「まさかお前ごときを相手にこの姿になるとはのう。自分に腹が立つわい」
小野忠明は非常に不機嫌そうに片手に刀を持ち直すと両腕を大きく翼のように広げ上げながら大上段に振りかぶった。
「金翅鳥王剣!」
空中の小野忠明が光って見えたその時には、金色の光が弾丸のように飛び込んで来た。
目の前に超高速の刀が振り下ろされる。
「危ね!」
飛び退きざまに空中に飛び上がる。
空から見れば巨大なクレーターの中に金色の翼の小野忠明がポツリと立っていた。
金翅鳥王。
須弥山に住み、巨大な金色の翅 を持ち、口から火炎を吐き、竜すら捕食する鳥の王である。
迦楼羅と呼ばれる。
やっぱりあの人も天狗だったんだ!
そういえば自由に畜生界とかに現れてたもんな。
「変だと思ったよ」
「誰が変だと」
いつの間にか真横に小野忠明が飛んでいた。
「うぎゃあ!出たあ!」
小野忠明は無言で翼をパン!と蹴る。
「うわあ!」
バランスを崩してグルグルと回転しながら落下してしまう。
あ!ヤバ……いや
落ちながらチラッと上を見るとピッタリと小野忠明が背後に着いて来るのが見えた。
(あ!やはり着地の瞬間を狙ってるな!)
だいたい「この人」の考えが読めるようになってきた。
そっちがその気なら!
空中で身体を捻りながら鎌を投げる。
「飛べフツのミタマ!」
高速で飛んで来た鎌を小野忠明はヒョイと避ける。
今だ!
「ドングリ!」
訳の分からない掛け声を叫ぶと鎌は急角度で曲がり小野忠明の方へ飛ぶ。
「曲がった!」
まさかカヲルさんのドングリ回しが役に立つとは思わなかった。
「ぶわはははは!何というアホな呪文だ!!」善鬼坊が大笑いする。
「……タスクのバカめ」コマチがムッとしている。
ミツヨシさんは頭を抱えていた。
うるさい!曲がりゃイイんだよ!! 「ドングリ!」「ドングリ!」「ドングリ!」
「む!」小野忠明はヒラリとかわすが、鎌は急角度でビュンビュン飛び回り、小野忠明を追い詰める。
さっきの「こんじちょうおう剣」とか言うのはただ真っ直ぐ突っ込んで来るだけだ、俺の鎌の方が早い!
小野忠明はヒラリと間合いを取った。
よし!
この機を逃さず俺は無謀にも魔人小野忠明先生に突っ込んで行く。
小野忠明はあわてて振り返る。
さすがの小野忠明も、まさか俺が向かって来るとは考えて無かったようだ。
「ドングリ!」「ドングリ!」「ドングリ!」
ドングリ回しの要領で手をめちゃくちゃに振り回して鎌を右に左にと飛び回す。
「シッ!」小野忠明はバキッ!と鈍い音を立てて鎌を弾き返した。
だがそのスキに背後に回り、弾かれた鎌を受け取り剣に変える。
「有無一剣!」
小野忠明が振り返る。
「ムッ!」
「天の印!」
剣が炎を巻き上げながら小野忠明めがけて斬りつけ………
え?…ええええ?!
目の前には数人に分身した小野忠明が居た。
「やはり怪物だったか、この人」
「小僧、ただて済むとは思うなよ」
ヤバい、すごく不機嫌だ…
〜34「天魔将軍」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
ようやく天魔将軍としての能力に目覚めはじめた主人公。
そして!その前に立ちはだかるのは手加減無用の将軍指南役。
あれ、どっかで見たような。
> 小野忠明の屋敷
この屋敷は善鬼坊さんの修行場、修験道のお寺です。
善鬼坊さんは人を殺して地獄に堕ちるはずでしたが、神子上典善から「八識夢想」を聞いた瞬間に頓悟して、再び修行者の道に戻って来たのですね。
「八識」つまり無の境地です。
> 金翅鳥王剣
一刀流の五天という奥義の技の一つに金翅鳥王剣があります。
まぁ、こういう技では無いと思いますが。
>分身
一刀流の伝書を見ると奥義に分身の術が書いてあります。
まぁ、こういう意味では無いと思いますが。
> これが柳生新陰流の秘術『水月』である。
本気にする人は居ないと思いますが、この物語はフィクションです。




