32 神婚
【登場人物】
小野タスク
なぜか魔王と呼ばれる地味で平凡で貧弱な高校生。
悪霊を斬る霊剣『韴霊剣』を目覚めさせる能力がある。
コマチ(小野小町)
平安時代の鬼退治師であり和歌の言霊を操り自由に時空間を変化させ、炎や水を操る能力を持つ少女。
・パンツを履くという概念が無い
猟師コマチ(チビ助)
鬼と戦う少女。蝦夷風の装束を身にまとい半弓と毒薬を使う。
・パンツを履くという概念が無い
柳生十兵衛 平 三厳 (ミツヨシさん)
なぜかタスクの家でお手伝いさんをしている剣豪。
鈴鹿御前の霊刀『小通連』に片目を食われた。
餓鬼阿弥とテルテ
男女の熾燃餓鬼。鬼の身体能力を持ち、炎の属性魔術を使う魔界の武士
立烏帽子(鈴鹿御前)
第六天魔王の一人。リアル魔王
三振の霊剣を持つと言われる。
タカムラ(小野篁)
コマチの父。
地獄の高官であり自由に地獄と現世を行き来でき、強力な呪術を使う。
お供に降魔の化け猫(この子猫の子)を連れている。
川崎カヲル
年齢不詳の女性民族学者。
裏山の古墳を発掘するため移住して来てそのまま学校の司書になった変人。
・南軍流剣術の宗家である。
犬山
兄貴分の三年生。
剣道部のキャプテンだが、カヲルとコマチを恐怖している。
自分の身体を見回したが傷も火傷もない。夢から醒れば元のままだ。
あれだけボロボロに魂が破壊されたのに痛みも無い、魂は回復しているようだ。これが天魔の力だろうか。
ふと見れば部屋の奥にはミツヨシさんが目を閉じて正座していた。
「どうして助けてくれなかたんですか…」
正座するミツヨシさんに暗く問いかける。
「タスクどの、逃げてはなりませぬ」
「あんなムチャな戦い、いったい何のためにやらなきゃいけないんですか!」
「よせタスク」横からコマチが制止するが、振り払ってミツヨシさんに問い詰めた。
「お助けする事はできませぬ」
ミツヨシさんの隻眼がジッと見返してくる。
「じゃあ、あのままなぶり殺されてしまえって言うんですか!」
「もういい、タスク、もういいのだ」
コマチが抱きしめてきた。
「もうコマチ様には時間がありませぬ」
ミツヨシさんはこちらを見ながらポツリとつぶやいた。
時間が無い?どういう意味だ?
「十兵衛!出て行きやれ!」
「ご無礼」
十兵衛は床に両拳を着いて座礼するとスルリと退室した。
コマチは黙って服を脱ぎ出した。
「タスク、神婚だ。妾を抱け」
何を言ってるんだ。
目の前には全裸のコマチが入るが、今はそんな気分じゃ無い。
「勝手にしろ」
俺は布団に潜り込んで背中を向ける。
もうコマチの相手をするのすら疲れてしまった。
コマチは大粒の涙を流しながら泣き出した。
しばらくすすり泣く声が聞こえていたが、気がつくとコマチは消えていた。
翌朝、学校にコマチは現れなかった。
隣の席は空席のまま。
司書室にも行ってない。
もう鬼退治なんてどうでもいい気がしてきた。
昼は久しぶりに教室で一人で弁当を食う。
こんな冷凍ものの味気ない弁当をコマチはいつも大喜びで食っていたな。
せっかく母さんが作ってくれたいつもの弁当だけど、なんかすごく味気ない。
餓鬼阿弥とテルテが机の前に立ったままこちらを見ている。
「下がっていろ、目の前から消えてくれ」
餓鬼阿弥たちは黙って背を向けて教室から去って行った。
授業に身が入らない。
夕陽の街中をフラフラとしながら帰宅した。
あれから何日たったのだろう。
コマチもチビ助も現れなくなった。
ミツヨシさんや餓鬼阿弥たちの姿も見ない。
司書室にも道場にも行ってない。
なんか疲れた。全てどうでもいい。
以前の平凡でショボい学生生活の繰り返しに戻っただけだ。
今日も下校時間になって一人でフラフラ歩きながら帰る。
「おい!小野!」
いきなり肩をつかまれた。
見れば稽古着姿の犬山さんだった。
俺は無視して手を払って歩き出すと、犬山さんはいきなり俺を殴った。
周囲の生徒たちがザワめく。
「目を覚ませ!小野」
「なに言ってんすか」
「来い!稽古を付けてやる!」
俺はうすら笑いを浮かべながら犬山さんの手を振り払った「……イイっすよ、やりますよ」
自分でもイヤミな笑いだと思う。
でも、もう剣道でも犬山さんには負けない気がする。
今までどれほどの実戦をくぐり抜けて来たか。ましてや今は一部とはいえ天魔の能力を身につけている。神の力だ。
ふと脳裏にキツネ仮面の男の姿がフラッシュバックする。
いつか俺も……
剣道場では上座に白い胴着のカヲルさんが正座して座って居た。カヲルさんも無言だった。
剣道部員たちも全員正座している。
ん?何だ?
防具を着けながらふと入り口を見ると餓鬼阿弥とテルテがこちらを見ていた。
以前と同じく開始線に行き蹲踞する。
無駄な儀式だ。
いきなり犬山さんが立ち上がった。
俺も応じて立ち上がると、強烈な突きと横面の連打を打ち込んで来た。
(来ると思ったよ)
前回と同じワンパターンの攻撃。そんなのじゃ魔獣には勝てませんよ。
引き余しながら竹刀で弾き返し、打ち返すと犬山さんはサッと飛び退くと間合いを取った。
見える…
以前は剣道のスピードに全くついて行けず、これで吹き飛ばされてたけどたけど、今はほとんど受けきれてるし、スキを見て打ち返せる。
なんだ、やはり人間の剣道なんて鬼や魔獣の攻撃にくらべたらたいした事は無い。このていどの打撃なら多少食らっても死にはしない。
俺は面金の奥で笑った。
犬山さんは上からこちらの竹刀を叩きながら、いきなり胴を蹴って来た。
「うっ!」さすがによろけて背後の壁まで飛ばされた。
「これ剣道じゃないじゃないですか!」
「立てえ!小野」
犬山さんは倒れた俺を容赦なく叩く。
これは武道じゃない!一方的な暴力だ。
ふと頭の中にキツネ仮面の男の姿がよみがえった。
(…そっちがその気なら)
俺は犬山さんの打撃を地の印で受け返しビュン!と横薙ぎに脚を払った。
犬山さんはピョンと後ろにジャンプして間合いを切る。
「次は逃しませんよ…」
俺は立ち上がり身を沈めると、竹刀の切っ先を左に流し脇構えに取る。
南軍流、東の印
魔獣鼠頭牛首の二つの首を切り払ったあの技だ。
犬山さんが打ち込んで来たら両腕ごと切り払い、連打で追い詰めてやる。
ジリっと爪先から踏み出し、逆脇構えの東の印で間合いを詰めて行く。
正眼に構えていた犬山さんはスッ!と上段に構えた。
?!
ハッとしてカヲルさんを見ると、カヲルさんは全く表情も変えずに正座している。
(南軍流の弱点を教えたのか!)
犬山さんは上段から右を打つと見せて左片手で左を打ち、続けて右へ開いてパパパッ!と切返して来る。
なんとか受けきると今度は足を払われてひっくり返され打ち込まれる。
転がりながら南軍流の竜搦でカニ挟みを仕掛けたが、犬山さんはヒラリと飛び退く。
ダメだ!早い!どうしても捕えられない!
現代剣道の特徴の一つに爪先重心での送り足という歩法がある。
常に利き足、踏み切り足を使い地面を蹴り出すダッシュ力に優れている。
つまり間合いが遠く素早いのだ。
いくら天魔の能力で強くなったとしても剣道はまだ初心者だ。
南軍流に関してもカヲルさんほどのテクニックも無いから剣道での打ち合いになれば犬山さんに敵うはずもない。
犬山さんは上段でスラリと構えている。
その姿にキツネ仮面の男のイメージがフラッシュバックしてくる。
一瞬ハッ!とした。
…いや、相手は犬山さんだ、天魔ではない。
そうだ、落ち着け。
キツネ仮面の男のイメージがチラチラとフラッシュバックする。
どんなに痛くても苦しくても夢の中の話だ。現実ではない。
「忘れ去れ」
そうだ、ミツヨシさんが言っていたな。
戦おうとも思わず。
負けるとも思わず。
正眼の構えからゆっくり竹刀を引き上げて上段になる。
散る花は 苔に落として 音もなし…
やがて呼吸をするのをやめた。
静かだ…
上段のままスルリと足を踏み出す。
犬山はお互い上段になる事は想定していなかった。
上段に構えていた犬山はチラッとカヲルを見ると、カヲルが目を見開いた。
犬山はフッっと一息入れると左足から退きながら平正眼に構え直す。
どれだけ長い間そのまま対峙していただろうか。
数分か?それとも数時間か?
あるいはほんのひと呼吸の間だったのか。
「ドン!」と壁にぶつかる音がした。
犬山はあわてて振り返ると、いつの間にか、壁際に追い詰められていることに気づいた。
あ……
全く意識していなかったけど気づいたら、いつの間にか犬山さんを壁まで追い詰めていたらしい。
俺は竹刀を下ろした。
「それまでだ」
カヲルさんが立ち上がった。
「タスク、帰宅したら第六天神社に来い」
「はい」
カヲルさんが道場を退出すると餓鬼阿弥たちもいっしょに去って行く。
犬山さんに一礼して立ち去ろうとしたら、犬山さんは防具を着けたまま声を掛けてきた。
「小野」
「はい」
「がんばれよ」
「ありがとうございました」
犬山さんに深く礼をした。
帰宅して玄関にカバンを置くなり裏山の古墳に向かう。
カヲルさんが来ているはずだ。
おそらく俺に南軍流の技を教えるために。
「こりゃ!」
いきなり背後から蹴られた。
チビ助だ。
「何すんだよ!というかお前今までどこに居た」
「妾はタスクなぞと違っていそがしいのじゃ!」
ウソつけ!
「だいたいタスクめが妾との神婚を成就せぬから悪い方向に話が進んでしまうのじゃ」
「神婚?そういやコマチがそんな事を言ってたような」
「アイツの乙女心も分からぬとは、お前はホントにアホじゃのう」
チビ助はまるで他人事のように言う。
「おい、コマチはどうしてるんだ?」
「お前が神婚を拒否したから、アヤツは別な男に抱かれて悪魔の生け贄になっているに決まっておろうが」
「え?!何それ!どういうことだ!」
チビ助は自分で言って「あ!しまった!」と言う顔をしていた。
〜32「神婚」〜 完
(=φωφ=)あとがき。
主人公がいきなり強くなってしまったので今回から敵は鬼神や天魔レベルの強敵になりますね。
もっとも強いのは夢の中だけで、体力は一般人ですけど。
>神婚
古代の巫女さんは神の奥さんとして神への供物などを自分の財産にできたらしいですね。




