10ピース
ありがとうございます。
岩の向こうの1番離れで眠っているアナに聞こえるかもしてない、そんな声も気にしていないのか、背中を強く押され、緑のない道に自分の力では前に進めない足をつけた。そのまま背中を押され続け、直進させられる。形の同じ、綺麗な草が生えそろっているなか1度も止まることなく、2人は大きな木に向かって進んで行く。岩の頂上から見えた時とは全く違う物が目の前に広がっていた。歩いている2人を見定めているかのように、静かに力強く立ち並んでいる。近づくにつれ、これまで生きてきて考えたこともない大きさを見せつけられた。
木々に見とれ、動かない身体を後ろから押してくれていた手が、背中から離れる。
目の前に、1本の枝が生えていた。その木を見上げる。数えられない葉が茂っている。その葉1枚ずつを繋げながら入り交じっている枝。そして、その全てを支え、頂上がどこにあるのかわからない大きな木の幹の前に2人は立っていた。
「……大きい」
トルトには、わかっていたことだった。この木の大きさは岩を上り始めた時点でわかっていた。しかし、1番近くでこの幹を見て、自然と右手がその木に吸い込まれ、言葉が漏れた。この美しい木に触れることができたことを心から誇りに想い目を閉じていた。
「枝」
背中を押し進んでくれた、この3才の男のことも頭から消えていた。
そして、その小さな声を聞き、今の状態をしっかり受け入れ、木に触れていた右手を上に上げ、右方向に反転しながら大きく息を吸った。
「お前は! いったい! 何をしてるんだぁぁぁぁぁぁ」
3才の男の子に浴びさせる声ではなかった。今度こそアナに聞こえているのではないか。
「何なんだよ!いったい何なんだ。眠る前は、欠実触れるとか、違うとか、イヤだとか。目覚めたら、岩の向こうで待ってろって言ったのに、ここに来てるし。ナ、ナゲルの欠実だって来るときは実っていたのに、また採りやがって。どうなってるんだ。お前は」
静かな木の上に居た鳥たちが、音を立てて飛んでいった。トルトは音がどこから聞こえたのかわからず思わず振り向いて周囲を見渡した。しかし、すぐにセイの方を見直した。
「わからないんだ。教えてくれ。お前はオレの家の者だ。何が違うんだ。お前はどうしたんだ?」
声を荒げることなく、セイの小さな身体を見ながら、大きな木を背もたれにして、静かに腰を下ろした。
「枝」
「いいよ。片の民も、自分の家の者も支えきれなきゃ、このクオカの長になんかなれない。片のみんなのことは大丈夫だ。アナはオレよりも上手くやれる。だから、わからせてくれないか。お前のこと」
力なく座り込んだ男を見下ろす3才の男の子は、その場に膝を抱え込んで地面に座った。その顔は眠る前に畑で見せた時によく似ていた。
「と、まぁこんな感じで、セイは今までのクオカ片の伝えを破りまくって、今まで生きてきたって訳だ。わかるか? こいつは、長になんかなっちゃいけないんだ。 それとな、もうセイに枝を採りに行かせるのも、全員の欠実を集めさせるのも終わりだ。理由は、わかるな」
美しい炎が揺れている。3人は顔を合わせて、トルトの話しを聴いていた。そして、「わかるな」と言い終わった後セイは俯いて、2人の話しに耳を傾けた。
「どぉしたらいいのぉ。みんな、そんなに急に変われないよぉ」
「変わるんじゃない。戻るんだ」
力強く言い放ったトルトに、言い返せないウツテは立ち上がり、セイの方を見て助けを求めている。
「セイくん、どうしたらいいのかなぁ。トルトはもぉ眠ったら土に還っちゃうんだよぉ」
「どうにかするのが、片の長の使命だ。お前がしっかりしないとこのクオカはまとまらないんだよ」
セイに助けを求めるウツテの間に入ろうとする。
「何でぇ、セイくんに支えてもらうのはぁ、終わりなのぉ?」
トルトが頭を抱えて、はぁぁと息を漏らした。そして、ウツテに向かって立ち上がり、口を開こうとした。
「僕も、土に還るかもしれんとよ」
2人は固まった。ウツテはセイの声を初めて聞いた。トルトが長になって、土に還ったアナと自分以外の人が居るところでセイが声を出したのに驚いた。
「ウツテ。すまんね。まだ、わからんとけど、僕はトルトと一緒に土に還ると思うとよ」
理解できる、言葉は違うけどウツテはセイの言葉をしっかり聞いた。
「なんでぇ? セイくんはぁ28才でしょぉ」
「そうやけど、トルトが居なくなったら、僕の欠実は育たんとよ」
言葉が違うこともだが言ってることも、わかりにくく感じた。
「ナゲルが寝て育ちよった僕の欠実。今はトルトが寝て育ちよったとよ。やけん、トルトが土に還る時は僕も土に還るとやないかなと思うとよ」
「セイ、まだわかんないだろ。もしかしたら片の長の、次からはウツテの眠りで、果実が育つかもしれないだろ」
「それはなかよ」
セイの小さいが、重みのある言葉が、2人を静かに座らせた。
「これは、もう確かめられんけど、僕は生きてきた時から、トルトの眠りで欠実を育てよったと思うとよ」
「それはないいだろ。ナゲルもサンも確認したって言ってたぞ」
「話し聞いとったら、ナゲルとトルトの眠る時は同じくらいやったんやろ」
トルトは思い出していた。先に眠っていたのは自分だったがその後にナゲルが眠っていたことはサンから聞いたこともあった。しかし、そんなことはナゲルもサンも考えていただろう。
「アナが言ったとよ。セイの欠実はトルトが眠ったら育ちよるって。よかとよ。ナゲルもトルトも僕にとって大切な人やから。だけん僕も土に還ると。ウツテ。ありがとね。クオカば支えよるっち言ってくれて。ナゲルに言われたとよ。土に還る前にこの欠実から僕に「私の次の命を支えてやってくれ」ち言ってくれたとよ」
そういって、首からぶら下げた石を見せる。2人は、何も言えなくなっていた。
「ウツテ。僕はやれることをやったつもりとよ。でも、ウツテに大変か思いさせてしまうね。すまんやったね」
ウツテは地面に向かって大きく首を横に振っていた。トルトはセイの首に飾ってあるナゲルの欠実に両手を添えた。
「オレも長として、やれることはやったからな」
そう言って、ウツテの方を振り向いた。
「ウツテ、クオカを頼んだ。オレは……いや、オレたちはもう眠る!行こう、セイ!」
気持ちのいい、別れの台詞を投げかけセイの肩を組もうとする。しかし、セイはその肩を払い落としてトルトの方を向いた。
「僕、寝れんとよ」
「あっすまん」
トルトは大きな声で笑い「そうだったな」と強めに何度か背中を叩き、セイを家に送っていこうと歩き出す。ウツテも立ちあがり「もう少し待ってよぉ」と弱々しく追いかけていった。
周りが静かになった。トルトとウツテは、これからクオカをどうしていくか話し合いながら、家に戻っていった。今まで、人任せにするか、言われたとおりだったウツテが「違うよぉ」「駄目だよぉ」と言い返していた。「お前はどうしたいんだ」「お前がクオカを支えていくんだ」と何度も繰り返していたトルトを思い出して、いつもの深い椅子にゆったりと座ったセイは微笑んでいた。
「僕の欠実、ちゃんと土に還るとやろかね」
いつもは目を閉じて、小鳥たちの鳴き声がするのを待っていた。そしてみんなの欠実を採りに行った。みんなを起こして、みんなに欠実を配って、トルトが日の火に枝を入れて炎を灯すのをみんなで見た。
「いつも、みんなと一緒やったな」
棚の上にある、マス箱も、もう使われないだろう。立ち上がりその使い慣れた紐を首からかけて、箱を腹の前で安定させた。
そして、そのまま椅子に座り直した。ちょっと箱は邪魔だけど、このまま身に着けていたら、首に掛けてあるナゲルの欠実も、ずっと大切にしてきたこの箱も、大好きなこの椅子も、一緒に土に還ることができる気がしてきた。そんなことを考えながら目を閉じていたら、小鳥の声が聞こえてくるのではと思ってしまっていた。
「トルトも眠ったやか」
セイは動きを止め、自分の身体と大切な物が一緒に土に還る事を待った。その目から頬を通り、美しい何かが床に落ちた。
「ちゅんちゅんちゅん。ちゅんちゅんちゅん。おかしいわね。目開かないわ? ちゅん! ちゅん! ちゅぅぅぅぅぅん」
「初めて聞く鳥の声やね」
目を開けて、立ちあがる。両手を挙げ、顔を上に向けて、大きく背伸びをする。そして、首を左右に数回横に振っていた。
「おはよう。あたしは神よ」
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