到着~繁栄する小国
そう考えていた時期が、ドレイクにもありました。
「あれー。おかしいなー。なんで俺こんなところにいるのかなー。今頃は布団の中でレッツ惰眠貪りタイム満喫中なのになー。おっかしいなー…」
石組みと白壁の家々が立ち並ぶ通り道。出店やら行き交う人混みやらを極力避けて立ち竦むドレイクは首を捻った。
いくら首を捻ってみても答えは出ない。わざと答えを出さない。分かりきっているから。
フェイベル邸に一泊した翌日、眠っていたドレイクはトキに叩き起こされた。理由は出発する、それだけだった。
泣いて土下座して謝ったが、フェイベルは満面の笑顔で見送ってくれた。次に再会した暁には問答無用で殴り倒すとドレイクは誓った。
また魔の黄砂を抜けて、今度は乗り物がないので平野をひた歩いて、ヘロヘロになりながら小さな国に辿り着いた。
小さいながらに活気に満ちた、栄える国だった。
当然、町中にはとても多くの人がいて、全員が赤の他人で、知らない人のオンパレードで、毛布を頭から被ったドレイクは震え上がっていた。
「(おっさーん。歩くの速いよー。俺を一人にしないでー。迷子はごめんだよーッ)」
自分と同じく頭巾を被ったトキは、雑踏をスイスイ練り歩いて行ってしまう。ドレイクもなんとか縋りついて小声で訴えるが、トキの心には響かない。
「(お願いだってば。俺は人の数が増えれば増えるほど何も出来なくなる小者なの。こんなたくさんの人がいる場所に来るのは超久し振りなの。精神的にクリティカルヒット連発中だからどうにかしてくれないかなぁ!!)」
「…」
「(おっさんだって顔を見られるのはマズいんでしょ? フェイベルから聞いたよ。真っ当な仕事してないから首に賞金懸けられてるって。おっさんが捕まったら俺一人でどうしろっていうの? 俺なんてすぐにのたれ死んじゃうよ。一人で強く逞しく生きていく自信なんて皆無だよ。だからさあ)」
「チッ」
しょうもない弱音をグチグチと聞かされたトキが舌を打った。ドレイクの首根っこを捕まえて裏路地に引き摺っていく。
薄暗い路地を突き進んで通りの喧騒から遠ざかると、緊張しっ放しだったドレイクは安堵した。
そして自己嫌悪に陥る。
「うう……アイツら絶対俺のこと奇異の目で見てた……。変な奴だって心の中で笑ってたんだ、そうに決まってる……どうせ俺なんて……」
過去に大衆の面前で恥をかいたのか、トラウマが蘇って震えた。連れのひ弱な姿にトキが助ける訳もなく、大通りに面した方向へ歩いていく。
トキは路地の出入り口で立ち止まり、壁に寄りかかって表を見遣る。
大通りの広場には、この国が保有する騎士団の隊列が並んでいた。鈍色に光る頑強な甲冑を着込んだ者達の物々しさが、周囲の人民に畏敬と頼もしさを与えている。
隊長の指示を待つ隊列を遠くから覗くトキに、気を取り直したドレイクも顔を出して観察した。
「やべ、カッコウィ。なあ、あの人達ってやっぱり強いんだよな?」
「…嗚呼、小国といえど正規の武装集団だ。そこらのごろつきや賊の一団なら、十分とかからずに鎮圧出来る」
「おっさんも勝てない?」
軽い冗談のつもりで言ったドレイクを、トキの視線が突き刺す。
「だって、だってさ、隠れてるじゃん。まともに戦ったらヤバいんでしょ? それは、戦わないに越したことはないけどさ」
「勝ち目は低い」
「あ、認めた」
ポロッと零れた言葉に、トキの眼光から怒りが滲み出てきた。ドレイクはこれ以上迂闊なことは言わないよう口を閉じた。
トキは怒りを発散するのを止めて、騎士団を親指で差す。
「後続の有象無象は敵じゃない。だが、先頭の奴らは別だ。連中はこの国が誇る獣騎士隊―――獣具で武装した戦闘集団だからな」
言われて見ると、先頭で仁王立ちする騎士達の甲冑は、その他大勢の騎士とは違った。鈍色ではなく薄紅色で、トキの持つ獣具のように滑らかな鱗で覆われている。
「この国が大戦時代を乗り切って栄えた最大の理由だ。この国では火属の魔力を生まれ持つ者が多く、その中からさらに素質の高い者を選りすぐって育成される。それが奴らだ」
一世紀前に起こった戦乱。他国に勝つ為、多くの獣具を必要として材獣が狩られた時代。
この国も例外なく近隣に棲む材獣を捕獲して獣具の鍛造に使うか、または近隣諸国の手に渡らないよう殺処分した。
もっとも生息数が多かった材獣は朱姫尾という名の大蛇。その皮をなめして堅く鍛えたのが、彼らが着用する甲冑『武装鎧・真紅』。
「今では、獣具のほとんどは大戦を生き延びた国々が所有、管理している。連中と事を荒立てるのは余程の馬鹿しかいない」
「へー、おっさんって結構謙虚……いや何でもないです」
また口を滑らせたドレイクは慌てて前言撤回、そこでちょっとした疑問を抱いた。
「おっさん? なんで見つかるとヤバいのにこの国に来たんだよ。それもわざわざ騎士団の近くまで」
「…」
トキは語らずに騎士団の先頭を注視した。そこに団を率いる隊長と思われる人物が現れ、号令をかける。
「…全隊、前へ進め!!」
凜とした立ち振る舞いに精悍のある声の女性。身に纏った真紅の甲冑が凛々しさを際立たせる。
長い黒髪を後頭部で纏め上げた女隊長を、トキは厳しい目つきで窺っていた。詳しいことが分からないドレイクは、トキと女性を交互に眺めて異変に気づく。
トキが背中に背負った鎚矛が、仄かに赤く染まった。遠く離れた女隊長の甲冑も、鮮やかな赤色の輝きを放っている。
「おっさん、それ…」
「行くぞ」
戸惑うドレイクが質問するより先に、トキが服を掴んで路地裏の奥へ引き連れていく。
「…」
王宮へ前進する騎士団とは別に、女隊長はその場に残って二人が消えた路地裏の方を見ていた。
陰気な路地の先、密集する建物の間に出来た小さな空き地。そこまで退いた二人は、トキが立ち止まったのを受けてドレイクも倣った。
トキの獣具は、大通りから離れるに従って反応を止めた。気になっていたドレイクが説明を求めると、トキは獣具を下ろしながらその正体を話した。
「さっきのは“警鐘”だ」
「警鐘?」
「材獣の本能だ。近くに四属の魔力を持つ生物が来た場合、自身の魔力を大気中に漂わせて相手に知らせ、近づかないよう警告する。同質の魔力なら、縄張り意識も入ってより強く反応するな」
「ということは、もしかして…」
ドレイクが言う間でもなく、二人がやってきた道から女隊長が姿を現した。
腰元に吊るした細身の刀剣、その柄に、手を添えて。
「悪名高い“鬼”が、自ら斬られにやって来たか」
「ヒィ! 来ちゃったよ、おっさん。すでに顔が割れてるよ。アンタどんだけワルだよ。どうすんの?」
「…」
一触即発な雰囲気に、ドレイクはおののいてすかさずトキの背中へ。
臆病者は放って、トキと女隊長は得物を構える。
「賞金首が、誇り高き我が国の地面をよくも踏めたものだな」
「おっさーん、あの方なんだか不機嫌でらっしゃいますよ〜。謝った方が良いって。ね!!」
「前口上は要らん。さっさとかかってこい」
「売り言葉に買い言葉は一番世の中を駄目にすると思うの! おっさん、さっき勝てないって言ってなかった!?」
「多勢に無勢なら、な」
トキの言葉に、ピクリと女隊長のこめかみがひくついた。
おっさんのアホ〜っと嘆くドレイクはもはや蚊帳の外で、同じ火属の獣具を扱う者同士が激突する。




