戦闘~騎士隊長“紗々”
先手を取ったのは女隊長だった。トキへと駆け出して剣を振るい、正確な剣筋で首を切り落としにかかる。トキは後ろに隠れるドレイクを横に投げて、上体をわずかに下げてこれを回避した。
「おっさん…ッ」
地面に倒れたドレイクの眼前で、強者同士が激しくせめぎ合う。
女隊長の繰り出す剣撃を鎚矛が受け捌き、トキが振り回した重い一撃を斜めにした剣の腹で逸らす。まともに打ち合えば強度に分のあるトキに有利だ。
刀剣の刃がこぼれたのを機に、女隊長が戦い方を変えた。剣を鞘に収めて両の拳を握り、全身を包む甲冑が紅蓮の炎を纏う。
「拳式,蛇蝎演舞」
立ち上る火が揺らめくように、前後左右に揺れ動きながら攻めてきた。トキの鎚矛は巧みにかわされ、蛇が獲物に噛みつく動きを真似た突きが襲いくる。
燃える真紅の拳が防御をすり抜け、スレスレで避けるトキを徐々に追い詰めていく。優勢に転じた女隊長は気を緩めず、しかしどんな思惑なのか、挑発してくる。
「どうした、噂ほどではないな。獣具の力を見せたらどうだ?」
「望み通りに」
応えたトキは大振りで牽制、女隊長を退かせた。
距離を取ったところで、掲げた鎚矛に自身の魔力を通し、組み込まれた式を発動する。
尾が蜷局を巻いた柄頭を丸く広げ、内部に熱量を充填―――ドレイクの目には、心なしか開き方が細く狭く見える。
通常なら、それを相手に叩き込んで熱を解放し、爆発を起こすのだが。
「…え?」
トキは火蜥蜴の尻尾で攻撃しなかった。素早く身を翻してドレイクの元に走り寄り、鎚矛を逆手に持ち替えて柄頭の熱を解放。
「うぇええええっ?!」
地面に向けて噴射した爆風を推進力に、トキと服を掴まれたドレイクは建物を飛び越えていった。
後に残された女隊長は、騒ぎを聞きつけた人々が集まる中、フンと鼻を鳴らして真紅の火を消す。
二人が飛び去った方角へ伸びる黒煙を手で探り、火属の魔力、その残滓を確かめる。
「逃がすものか」
時間が経つにつれて薄れていく煙に“足をかけて”。
女隊長は、黒煙の上を滑るようにして駆け上がった。
小国の真上を飛ぶドレイクは、気が狂ったような笑い声を上げた。
「あはははははは!! おっさん最高!! 最初から戦うつもりなんてなかったんだ、逃げるが勝ちって奴だ!!」
「黙ってろ。逃げてはいない」
「いやいや、強がらなくてもいいじゃん。別に勝てなくてもさ、それで人生が終わる訳じゃないんだから。あっはっは」
これで身の安全は保証されたと考えたドレイクは、トキに掴まれた状態で笑った。後方には火蜥蜴の尻尾から噴き出した黒煙が続いて、その上を女隊長が走って追いかけている。
彼女と目が合ったドレイクは、笑顔をひきつらせる。
「は―――…、ハアア!?」
「朱姫尾は火炎上を這う獣だ。無論それが火属の魔力でも変わりはないし、奴らの甲冑も能力を発揮できる」
「言ってる場合!? ついて来ちゃったよあの人!! これじゃ追いつかれるよ、逃げられない!!」
「言ってるだろうが。逃げてはいないと」
トキは機嫌悪そうにそう言い、迫る女隊長が追いつく前にドレイクを捨てた。
つまり、服を掴んでいた手を離した。
再確認するが、ドレイクは単独で空を飛べるような超人技は持ち合わせていない。
墜ちるしか、ない。
「………またですかあああああああああああ!??」
浮流地帯でも崖から落とされたが、今回は都合良く浮かんではくれなかった。ドレイクは断末魔の叫びを上げながら落ちて、その上を女隊長が通り越す。
再び剣を抜いて、トキの背中へ斬りかかる。
「これで終いだ!」
「…、」
空中では回避不可能。女隊長はそう考えたが、トキは違った。
鎚矛を手元に持って、噴射方向を斜めに調整しながら小刻みに爆発。爆風により、女隊長のさらに上へ回り込んだ。
柄頭の形状を殴打用に戻して、噴射の勢いをそのままに振り下ろす。
「……ぐっ!?」
身を捻って両腕を盾代わりに、女隊長は辛うじて打撃を防いだ。だが強く弾かれて地上に落下、民家の屋上を転がる。
衝撃で震える腕になんとか力を込めて立ち上がる。手から離れた剣を握り、振り返った女隊長は。
「これで、終いだな」
降り立ったトキから、充填済みの尻尾を突きつけられていた。
僅かでも怪しい動きを見せれば、顔面で爆発されるのが分かる。女隊長は悔しそうに歯を食い縛り、足掻くのは諦めた。
剣を収めて溜め息を零し、忌々しげにトキを睨む。
若干の親しみも含ませながら。
「腕は鈍っていないようだな、“馬鹿弟”め」
「そっちは相変わらずだな、サーシャ。お前と会うのは面倒極まりない」
「こちらの台詞だ。それほどの腕を持っていながら、犯罪者に成り下がっている貴様が全面的に悪いんだろうが。私と共に騎士団に入っていれば良かったものを」
「俺は、俺の好きなように生きる。誰の指図も受けない。お前でもな」
融通の利かないトキの態度に、彼の姉であるサーシャは眉根を寄せるしかない。
肉親は他におらず、二人っきりの姉弟。
法の騎士と無法の流浪人。別々の道を歩む二人は、こんな再会の仕方しかできなかった。




