道中~名もない平野
彼女の来訪を最初に知ったのはドレイクだった。荷台の縁に寄りかかってうつらうつらとしていたところ、頭の後ろから声を掛けられた。
そこは、現在進行で走る荷馬車の真横に当たる。
「………ひゃあ!?」
「わっ! …そんなに驚かなくてもいいでしょ。男の癖に意気地がないなあ」
びっくりして振り向いたドレイクは、呆れる女性をじっと見た。
長い黒髪を結って風にはためかせ、何処かに属するのか、黄土色の制服を着ている。上着は脱いで袖を紐代わりに腰元で結び、肌着から褐色の肌を陽射しに晒す。
肩から吊った鞄の大きさもそうだが、何よりも注目したのはその足だ。
走っている。当然の如く。
汗一つかかずに、そこそこの速度で走る荷馬車と併走している。余程運動神経が高いのかと思いきや、ドレイクの目は彼女の履いている靴が甲冑であることに気づいた。
骨と茶色の羽を纏った甲冑だ。
思いつくのは獣具―――、
「ジロジロ眺めるは良いけどさ。ちょっと退いてくれない? あたしも乗せてよ」
「え、あ、はい。どうぞ」
人見知りの激しいドレイクが恐縮して脇に下がると、女性は縁を掴んで軽く飛び上がり、楽々荷台に乗ってきた。
運転席でも驚いていた男性にすぐ降りるからと断りを入れて、彼女はドレイクの向かい側で目を閉じるトキへと向いた。
トキは彼女の名を呼び、挨拶が返される。
「コヨウか」
「や。久し振りだね、お尋ね者さん。最近大人しいからどうしたのかと思ったよ。元気してた?」
「用件はなんだ」
「うわー、相変わらずつんけんしてるねぇ。もうちょっと社交性をさ、」
「用がないならさっさと去れ」
「…数少ない友人を大事にしようとか思わないのかな。はいこれ、お手紙。用件はこれだけですよーだ」
無愛想な態度のトキに、コヨウは舌を出して応じた。大きな鞄から二枚の手紙を取り出して渡し、隅っこで縮こまるドレイクに興味を示す。
ドレイクの真ん前にしゃがんで気軽に話しかけてきた。
「君さ、この恐い人の連れでしょ。どういう関係? どうして一緒にいるの?」
「どうって、えーと」
「仲良くやってる?」
「全っ然」
「だと思った」
彼女はうんうんと頷き、自己紹介しながら握手を求めた。ドレイクもオドオドしつつ手を握って名前を言う。
少し気取りながら、
「お、俺の名はぁ、」
「うん」
「俺の、名は……」
「名前は?」
「………名前は、ドレイクです。はい」
「?」
緊張と羞恥心から、気取った言い方は途中で止めた。
冷や汗をだらだら流すドレイクを不思議そうに眺めたコヨウは、気にせずに立ち上がってこう言う。
「そっちの事情は知らないけどさ、その人の友人として、ちょっとだけ良いことを教えてあげる」
「な、なんでしょう?」
「この―――恐くて口数少なくて泣く子も黙らせる鬼を絵に描いたような最低最悪の無法者兼もしかしたらどうしようもない変態さんは、」
「おい」
後ろでトキが睨みを利かせたが、コヨウは話を続けた。
「意外と優しかったりするから、見捨てないであげてね」
「…はあ」
ドレイクがよく理解しないまま頷くと、コヨウは満足そうに笑ってトンと飛んだ。体は後方に流れて荷台から降り、着地と同時に走って速度を合わせ、足を動かしたまま速度を上げて荷馬車を追い越した。
「サーシャとカザリナに宜しくねー」
去り際に手を振ってトキに言い残した後は、一気に加速して視界から遠ざかっていく。突然現れて颯爽と去られて、ドレイクは目をぱちくりさせるしかなかった。
トキの方は、まだ目を瞑っている。
「おっさん…、あの子は、何者? おっさんとはどういう関係?」
あまりに謎が多かったので、思わず彼女と同じ質問をした。
トキは目を開けずに答える。
「昔馴染み。大国に所属する配達人、飛脚。治安の悪い国、内戦中の国、紛争地帯、どんな場所でも荷を届ける、その道の玄人」
「あんな若いのに? 就職している…、だと!?」
無職の青年が天地の差に戦慄した。
トキは深く突っ込まない。
「若かろうと関係はない。奴は国から選ばれ、専用の獣具を与えられている。地属の材獣から造られた甲冑『地禽足』をな」
材獣の名は爪駝、獣具の名は鳥類『地酉』に由来する。
爪駝は大地に干渉して星の引力を緩和し、自由に駆け抜ける脚力を得ていた。単純な速さならば、何者にも劣らなかったほどの俊足だ。
その力を、コヨウは自在に引き出して操ることが出来る。
「一度走り出したら最後、奴が自分の意志で望まない限りは誰にも止められない。敵に襲撃されても紙一重でかわせるから、国境間の無法地帯でも容易く渡れる」
「そんな………俺は面接が始まった直後に断られたのに………理由は分からず終いだった………」
ドレイクは受けた衝撃に打ちのめされていてトキの説明を聴いていなかった。それを察したトキも話すのを止めて、コヨウが届けた手紙を確認し始めた。
一つ目の手紙には三枚の用紙が入れられ、造りが凝っている。さっと目を通したトキは二つ目の手紙を開けて、
「…」
きつく目を細めて握り潰した。
手紙は二つ共、手のひらに集めた火属の魔力で着火、燃やして捨てた。
現実から目を逸らして立ち直ったドレイクがまた聞く。
「さっきの手紙は誰からだったんだ?」
「…」
今度は答えない。眠るように目を閉じて顔を伏せた。こうなるといくら話しかけても取り合って貰えないと学んでいたので、ドレイクは質問を控えた。
もうすぐ魔の黄砂に着いて、フェイベル邸まで歩いていくことになる。そこに辿り着いたらトキとは別れるのだから、自分には関係ない。
これ以上気にしても仕方ないだろう、と。




