9 夜会ですが、お仕事します
三日後の夜、私はルシオンと一緒に馬車に乗っていました。向かうのは、カルマン侯爵家で開かれる夜会です。
今夜は年に一度の星祭りの日。
このお祭りの由来は、建国神話でのちに英雄となる若者が、500年前のこの日に、星空の下で一人の娘と出会ったことです。
娘は顔をヴェールで隠していましたが、どういうわけか若者は彼女から目を離すことができず、恋に落ちました。そして、娘に永遠の愛を誓った若者は初代皇帝となり、娘は皇后となります。賢明なる二人は利発な皇子と皇女にも恵まれ、治めた国は栄え、今に至ると言う訳です。
そんな揺るぎない愛で結ばれた初代皇帝夫妻にあやかるため、この日は皇都の有力貴族の邸のいくつかで、未婚の令息と令嬢を招待した仮面舞踏会が催されるのが恒例です。建国当時からの大貴族であるカルマン侯爵家も、主催する側の貴族家の一つでした。
「ビオ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。ルシ、心配してくれてありがとう」
先日、キリアン卿が私に協力を頼んだ内容とは、こうです。
ニリア嬢にまつわる噂を調べていくと、彼女がこれまで虜にしてきた令息たちにクルエドを使っていたことが疑えるとのことでした。しかし、その令息たちの屋敷を探ってみたところ、ニリア嬢との関係が切れてから少し時が過ぎてしまっていたため、彼女の痕跡や残置物などは、すでに家人に命じられた使用人たちに処分されてしまっていて、何も残っていなかったそうです。
キリアン卿は、私に対するエドガー様の心変わりの顛末を聞くに、ニリア嬢は彼にもクルエドを使っている可能性が高いと言います。
「でしたら、狩猟祭の日の香薬が、その証拠品になりませんか?」と聞いた私。するとキリアン卿は、あの香薬の配合では、南部で用いられていた品とは効果が異なるため、決定的な証拠とするには弱い、と言います。
さらには、悪くするとニリア嬢が罪を逃れるために、侍女のハンナさんが自分を罠に嵌めようとすり替えたと言い張るかもしれない、とも言いました。そうなると、立場の弱い使用人であるハンナさんに何が起こるかわかりません……。
そして、南部では惜しくも売人までたどり着くことができなかったキリアン卿とルシオン。
危険なクルエドを根本から断つには、売人にたどり着かねばなりません。だから今は新たな手掛かりとなったニリア嬢を泳がせて、決定的な証拠を手に入れ、入手ルートを明らかにすることが先決なのだそうです。
すでにニリア嬢には監視がつけられているとのことですが、それでも護りの固い侯爵邸の中に入られてしまうと、監視の目が届きません。
「ニリア嬢は今、南部でのものと同じ品を小侯爵に使っているはず――だから、それをカルマン侯爵邸で探してきてほしい。ちょうど星祭りの日が近い。その夜、侯爵邸で開かれる仮面舞踏会に乗じて屋敷に入ることができる」
それが私への依頼でした。キリアン卿は、ニリア嬢が何らかの方法で、クルエドを毎日少しずつ、エドガー様が摂るように仕向けているはずだと推測したのです。
確かに私は、エドガー様の婚約者として、カルマン侯爵邸に頻繁に立ち入っていた過去があります。
エドガー様の部屋の場所は知っていますし、侯爵邸の使用人のこともある程度は把握しています。潜入して探し物をするのに、私以上の適任はいないでしょう。
そう理解した私はあの日、「危ない目に遭ったらどうするんだ!」といきり立つルシオンをよそに、「私でお役に立つなら、やってみます」と頷いていたのでした。
「……ったく、副団長もどうかしている。ビオに、こんなことをさせるなんて」
不服を隠さないルシオンですが、今日のドレスと仮面は、彼が選んで届けてくれたものです。ロンウィ家を象徴する輝くようなブルーに染められたドレスは、同色のルシオンの礼服と一目でペアだとわかります。
夜会には、未婚の男女が集まると言っても、それは出会いを求める者だけに限りません。すでに恋人や婚約者がいる者たちは、そろいのデザインのドレスと礼服を身に着けることで、相手がいることを周囲に知らせる意味があるのです。
「ルシ、いいの。やりますって答えたのは私なんですから」
エドガー様が突然心変わりした理由。それが誰かに仕組まれたものだったのだとしたら?
もう彼への気持ちは全くないのですが、自分に関係することだから、訳を知りたい気もします。
「それは知っているけど……ま、ビオは昔から、頑固だったからな。その上、お転婆だったし」
「そう、かな……? ちょっと女の子にしては元気だった、くらいでしょ?」
「あ、ハイハイ……そういうことにしといてやるよ。いや、とにかく冗談抜きで、気をつけるんだ」
「はい、わかっています。それに、危なくなったら、ルシが護ってくれますよね、騎士様?」
「当たり前だ。だから、俺のそばを離れるなよ。勝手に一人でどこかに行くのもなしだ」
「承知しています」
そうこうしているうちに、馬車はカルマン侯爵邸に到着しました。
ルシオンのエスコートで、広間へと向かいます。
広間の中は、すでに仮面をつけた人々でごった返していました。人目につかないよう、私たちは部屋の隅の太い柱の陰にすうっと身を滑らせます。侯爵夫妻の簡単な挨拶の後、楽隊が定番のダンス曲を演奏し始め、ダンスタイムの開始が告げられました。
それを合図に、互いに手を取って何組もの年頃の男女が広間の中央に進み出ます。その中に、見覚えのある後ろ姿の男女を見つけた私は、ルシオンの礼服の腕をついと引きました。
「小侯爵を見つけました。ニリア嬢も一緒にいます」
「侯爵夫妻も広間で客人の相手をしているのを確認した……ここを出るぞ」
エドガー様とニリア嬢が夜会を楽しんでいる間に、邸の中を探らないといけません。
私たちはダンスを楽しむ人々を横目に、そうっと広間を抜け出しました。
◆◆◆
広間でダンス曲が演奏され始めると、仮面をつけた男性たちが次々と、パートナーの手を取ってダンスを申し込む。
誘い文句に甘い言葉を囁かれたのだろう、申し込まれた女性たちは、仮面に覆われていない口元をはにかむようにほころばせ、頬をほんのりと赤く染めている。
「ニリア、踊るぞ。ほら」
エドガーから無粋にぬっと手を差し出され、ニリアは張り付いたような笑みを浮かべた。
「ほらっ、早く」
(何よ……ほんとこの人、気が利かないんだから! ああ、もう少し、何か言うことないの?)
急かすだけの言葉にイラっとしながら、二リアは彼の手を取った。
「なんだ、浮かない顔をして。もう少し嬉しそうにしてくれよ」
「えっ? はい……」
「もしかして、さっきの母上の言葉を気にしてるのか?」
そうよっ! と叫びたいのをぐっとこらえて、ニリアは作り笑いのままダンスのステップを踏む。
エドガーは、何事も自分の思う通りにならないと嫌な性格。
おかげで、婚約者だったビオレッタと引き離すのも大して難しくはなかった。彼女は時にエドガーに意見することもあったとかで、それに不満があったようだから。
運命の人だとか何だとか騒いでいたくせに、それがあんなにも呆気なく心変わりするなんてね。ほーんと、馬鹿みたい。
ま、だからここは従順な振りをしておけば、丸く収まる。
エドガー好みの甘えた声で、しおらしい演技をしてみせた。
「ええ……私もう、どうしたらいいか、わからなくて……」
「それなら母上に謝ることだな。母上とは、うまくやってくれないと。僕をつまらないことで困らせないでくれよ。わかるだろ?」
は? 私に謝れっていうの?
この男、まったくわかってない!
(なんで私が謝らないといけないのよっ!)
腹立たしくてつい、作り笑いが歪んでしまう。
そもそも、何でもビオレッタと比べる侯爵夫人が気に入らない。
エドガーと付き合い始めた頃には、私のことを空気かのように、見て見ぬふりしていたくせに。
まだビオレッタが彼の婚約者でいた時に、たまたま二人で出かけたパーティーで侯爵夫人と出くわした。私という存在を認めさせるのにいい機会だと思って、これ見よがしにエドガーの腕に絡みついて挨拶した時だってそうだった。
彼の隣にいるのがビオレッタじゃないことに、夫人は一瞬ぎょっとしたように目を見開いたけれど、そのまま何も言わずに立ち去ってくれた。
それに、狩猟祭での一件も、あの後蒸し返されてはいない。
なのに、それが最近、私の顔を見るたびに夫人は不快を顕わにして、嫌みを言うんだから。うるさいったら、ありゃしない。
さっきもそう。
エドガーのエスコートでホールの中を進んでいくと、こちらをちらりと見た何人かの夫人たちが、こそこそと囁き合っている。我が子に付き添ってきた親たちか、侯爵夫人と付き合いのある夫人たちに違いない。
小侯爵の婚約破棄の原因が登場したと噂しているの?
今夜の参加者は皆、仮面を着けてはいるが、実は身に着けたドレスや礼服の色やデザインで、さりげなくどの家門の者なのかを誇示している。それはそう、結婚相手を探すための夜会でもあるのだから。
エドガーも主催家門の一員として、カルマン家を象徴する深紅の礼服を身に着けている。そしてニリアも、エドガーにねだって用意させた、そろいの色とデザインの深紅のドレスを着ているのだから、その関係は誰の目にも一目瞭然だ。さらにニリアの胸元に輝くのは、ドレスの色に合わせたネックレス。
声を潜めて囁き合う者たちの視線の先に気づき、愉悦の笑みがこみ上げる。
(なーんだ、これが羨ましいんだわ。ふふっ……ほーんと、いい気分!)
エドガーに宝石店でねだっておいて正解だった。エドガーはニリアの言いなりに、ねだれば高価なものでも買ってくれる。男爵家では手の届かなかったものでも。
ドレスと同じ深紅の宝石が、シャンデリアの光を受けて眩しいくらいに煌めいている。
すると、どこからか現れた使用人が、エドガーに何事か耳打ちした。途端、エドガーの顔が咲いたように綻んだ。
「ニリア! 母上が僕たちをお呼びだぞ。この夜会は伝統的な意味があるものだからな。今日こそ正式に婚約を認めてくれると言うことなんじゃないか」
侯爵夫妻はいまだ、ニリアとの婚約を認めてくれていない。エドガーが再三、認めてほしいと懇願しているにもかかわらず。
でも、夫妻がこの特別な意味を持つ夜会の場を好機と考え、ここで正式に認めると伝えることは十分にあり得る。
「わあ、本当? きっとそうよね、エドガー様! 早く行きましょう!」
「ああ、そうだな」
(これで私が侯爵夫人よ――)
エドガーに身を寄せて腕を絡ませ、心の中で高笑いしたニリアだったが――。




