3 狩猟祭に行ってきます
狩猟祭に出たいなら、自分のパートナーになるのはどうだ? というルシオンの申し出を私は有難く受けることにしました。
とはいえ、しばらく触ってもいなかったクロスボウですから、祭りまでにかつての感覚を取り戻すには相当の訓練が必要です。なので早速、翌日からクロスボウの訓練をすることにしたのでした。
その訓練の場としてルシオンは、「皇室騎士団の訓練場が使えるように、俺が話しておいてやる」という提案までしてくれました。
翌朝、ルシオンは邸まで馬車で迎えに来てくれました。狩猟服に着替えていた私は、一緒に皇室騎士団の訓練場に向かいます。
「着いたぞ」
そこは、さすが皇室騎士団の訓練場。整備が行き届き、設備の揃った広大な訓練場で、周囲を気にすることなく的に命中させることに集中できます。
早速、かつて愛用していたクロスボウに矢をセットして、遠くの的を狙います。
しかし、その矢は的を縁をかすり、虚しく地面に落下。
はあーっと私はため息をひとつ、つきました。
「やっぱり、久しぶりだから、腕がなまってしまっているのね……」
「まあ、そうだろうな」
言いながら、隣でクロスボウを構えたルシオンが、軽々と的の真ん中に命中させました。
「さすがね……」
「だろ? でも子供の頃は、ビオのほうがうまかったよな? 練習すれば、狩猟祭までには元の感覚を取り戻せるさ」
「そうかしら、ね……」
確かに子供の頃は、ルシオンより私のほうが命中率が高かったのです。そんな私に負けまいと、ルシオンは日が暮れるまで練習して、ルシオンのご両親を呆れさせたこともありました。
「とにかく、当たるまで撃ってみろ。時間はたっぷりあるんだし。今日は、この訓練場を騎士団が使う予定はないから問題ない」
「それは有難いわ……」
その後はルシオンに言われたように、とにかく当たるまであきらめず、続けて何本もの矢を放ちました。
一本放つごとに、軌道が修正されていくのが自分でもわかります。
それに何より、こうして的に集中することが、何とも心地いいのです。一矢放つごとに、胸の内が浄められていく気分です。
あらゆる雑音が周囲から消え去り、残るのは清涼な感覚のみ。
「あ……やったわ!」
やがて私の放った矢が、的の中央を射抜きました。達成感に、心の底から嬉しさがこみ上げてきます。
「へえ……やるじゃないか。こんなに早く当てるとは思ってなかったよ」
「これなら、ルシのパートナーとして参加しても、恥ずかしくない?」
「ビオは、そんなことを気にしてたのか?」
「ええ……だって、皇室騎士団の騎士のパートナーとして参加するなら、ある程度の腕がないと、連れてきたルシオンが笑われてしまうかなって……」
「はははっ……そんなこと、ビオが気にする必要はないさ。お前ができないなら、お前の分まで俺が狩ればいい話なんだから」
「でも……」
「ああ、ビオは昔からそういう奴だったよなあ。とにかく、腕前は気にするな。それに、もともと才能があったんだから、今日これだけできれば、当日はもっといけるさ」
もっと自信を持てよ、と明るく言ってくれたルシオンに、私は目が覚めるような思いがしました。
これまで――私はどこか、自分を二の次にしていたことに気がつきました。
運命の人だと言ってくれたエドガー様の期待に応えなければいけないと、いつでも自分を押し殺してきてしまっていたような気がします。
好きなものも嫌いなものも、笑いたいことも泣きたいことも、すべて彼に合わせなければいけないと思ってしまっていたかもしれません。
あんなに私のことを好きだと言ってくれるのだから、それに応えなければ。だから時には無理をして、まるで呪いのように……。
そういうのは、きっと愛とは違うのでしょう。少なくとも私は、エドガー様を愛していたわけではないようです……。
これが、吹っ切れるということなのでしょうか?
「じゃあ、もう少し練習しないといけませんね」
「そうするといい。もう少し俺も付き合ってやるよ」
それから連日、私は練習を重ねました。そして、完全にかつての感覚を取り戻せたと思えた頃、狩猟祭の当日となったのです。
◆◆◆
早朝に迎えに来てくれたルシオンとともに、私は狩猟祭の会場である皇室所有の森へと向かいました。
その森の入り口には例年通り、幾つもの天幕が張られています。
四方を厚い布でぐるりと囲み、その上に日差しや雨を避ける屋根が設置されるのです。内部は大きな部屋のように設えられ、足元に敷きつめられた分厚く毛足の長い絨毯の上に長椅子やテーブルを設置して、長時間くつろげるようになっています。
その天幕にはいずれも家門の紋章が掲げられ、それぞれに意匠を凝らした装飾が施されます。
ここに天幕を張ることを許されているのは、皇族方とそれに近い血筋を持つ一部の有力貴族の家門に限られ、それはとても名誉なことです。そして、ルシオンの実家であるロンウィ侯爵家は、帝国建国時からの功臣であり、いわずもがなの有力貴族。
馬車を降りた私を、ルシオンはロンウィ侯爵家の天幕に案内してくれました。
その途中、カルマン侯爵家の天幕が目に入ってきます。
昨年のこの日は、あの天幕の中で、カルマン侯爵夫人の親しくする他家の方々と、のんびりお茶を飲んだり、おしゃべりをしたりして、エドガー様と侯爵様の夕刻のお戻りをお待ちしていました。今年は私に代わり、ニリア嬢が皆様のお相手をするのでしょうか。
カルマン夫人は物事を曖昧にせず、はっきりとした物言いをする方です。曖昧さが美徳とされる貴族社会で、そんな夫人をきつい性格だと眉を顰める方々もいましたが、私は夫人がそれほど嫌ではありませんでした。
夫人は、その場を濁して逃げるような返答をする者には厳しく接するのですが、誠実に物申す者には、同じ誠実さで返してくれるような方です。
いくら私を命の恩人と認識しているとはいえ、エドガー様のいささか直情的と言える求愛の言動を、さすがにやりすぎだと諫めたのも夫人だと聞いてしました。
考えてみれば、エドガー様のあの性格は、どうも侯爵様譲りようです。
カルマン侯爵様は、ときに傲慢な人物だと陰口を叩かれることがあります。しかし、そういった侯爵様の振る舞いを夫人が目にするたびに諫めるおかげで、思ったほどの悪評が立ってはいないのです。
……でも、もうすべて、私には関係のないことでしたね。
ついと視線をそらすと、その先に見えてきた天幕に掲げられているのは、ロンウィ侯爵家の紋章。入り口の左右に控える侯爵家の護衛騎士が、ルシオンの姿に入り口の扉を開けてくれました。
中ではすでに、ロンウィ侯爵夫人が数人の親しい夫人方と歓談しているところでした。その中には私のお母様もいます。侯爵夫人のお招きで、この日は例年、お母様はロンウィ侯爵家の天幕で過ごしていたのでした。
「母上、これから俺たちは狩場に入ります」
「叔母様、お母様、ルシオン様と行ってまいります」
森へ出発する挨拶をした私たちに、ロンウィ夫人が意味ありげにウィンクします。
「ルシオン、ビオレッタさん、気をつけて行ってらしてね。……ルシオン、今日は頑張るのよ!」
「え……はい」
ルシオンがなぜか決まり悪そうに言葉を濁します。
「では、俺たちは行ってまいりますので、母上も皆様も、どうぞごゆっくり」
ぺこりと頭を下げたルシオンに続いて、私も軽く頭を下げると、天幕を出ました。
すると、私たちが出てくるのを待ち構えていたかのように、一人の騎士がルシオンに駆け寄ってきます。
「ルシオン卿、副団長より至急の要件です」
気遣うように私を見たルシオンに、にこりとして頷きました。
「ルシ、どうぞ行って来て」
「でも、一人で大丈夫か?」
「あなたが戻ってくるまで、フロレンスの天幕に行って待っています。先に一人で森に入ったりはしませんから、心配いりませんよ」
「そうか……悪いな。そんなにかからないと思うが、長くかかるようなら連絡する」
「ええ。では、またのちほど」
ルシオンが行った後、私はフロレンスのいるロドリス公爵家の天幕へと歩きだしました。途中また、カルマン侯爵家の天幕が目に入ってきます。すると。
「使用人のくせに、生意気なのよっ! 勝手なことしないでっ!」
甲高い声がしたと思ったら、カルマン侯爵家の天幕から使用人らしき女性が転がるように出てきました。その女性の見知った顔に、私は衝動的に駆け寄らずにはいられなかったのです。




