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「運命の人だと言ったのは勘違いだった」と、あっさり婚約破棄されました。  作者: ゆきのひ


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13/15

13 すべては毒のせいですか?

 去り際の皇女殿下の様子が気になった私は、ルシオンを振り返りました。


「ねえ、ルシ……あ、手に!」


 よく見ると、ルシオンの手にもあの液体がべったりとついています。ニリア嬢の腕を掴んだ拍子に、瓶から零れたのでしょう。

 私はハンカチを出して、ルシオンの手のひらと手首をきれいに拭いました。このハンカチは捨てないといけませんね。


「ちょっと着いただけだから、問題ないさ。だいたいニリア嬢は、さっきは何の暗示も唱える暇なんてなかっただろう? 暗示さえなければ、クルエドとはいえ大した毒じゃないからな」

「そうなんでしょうけど……本当に大丈夫なの? なんともない?」

「ああ、何ともなっていない。第一、こんなこともあろうかと、俺もビオも解毒剤をあらかじめ飲んできたじゃないか」

「あ……」


 そうでした。それなら心配しなくても大丈夫ですよね?


 皇女殿下のあの不可解な様子は気になりますが、同じ液体が付着したルシオンに変わった様子は見られません。

 ルシオンの言う通り、暗示がなければ洗脳の効果はないのでしょう。

 皇女殿下もすぐに私たちと同じ解毒剤を飲みましたし。


(心配しすぎよね。魔法じゃないんですから……)



 ◆◆◆



「ニリア嬢が罪を認めたよ。7日後に裁判が開かれる」


 あの夜会から2日後、私の屋敷を訪れたルシオンから、あの後のニリア嬢のことを聞きました。

 彼女は意外にも早く口を割ったけれど、あの小瓶の液体がクルエドだなんて危険な毒だとは知らなかった、と繰り返しているそうです。それにすべては自分の意思でやったわけではなく、そうするように唆した人物がいたからだと言い訳に終始しているとも。

 彼女にクルエドを渡したのは――。


『過去に火事で焼き尽くされ、今は廃墟となっている街区によく当たる占い師がいる。その占い師の男の言う通りにすれば、必ず願った通りになる』


 そんな噂を聞き付けたニリア嬢がその占い師を訪ねていき、そしてあの小瓶の毒液、つまりクルエドを渡された、ということのようです。

 彼女は占い師の言う通りに次々と令息たちに近づき、クルエドを摂取させるようにしたのでした。エドガー様にも疲労に効く特別なブレンドの薬茶だと偽って、クルエドの液を染み込ませて乾燥させた茶葉を贈り、毎日欠かさず飲むように仕向けていたのです。


「それで、彼女の願いとは、何だったのですか?」

「それな……狙った相手が自分を一番に愛すように、らしい」

「そうですか……。じゃあ――」


 エドガー様も……と口にしようとして、飲みこみます。

 だからと言って、どうなのでしょう? すべては毒のせいだったのだからと、またエドガー様の婚約者に私は戻りたいでしょうか?


 いいえ、と頭の中に響く声に合わせて頭を振ります。

 もう終わったことですし、むしろ婚約破棄されたことで、長らく胸につかえていたものが取れて、ほっとしたのですから。

 それに今、ルシオンと過ごす時間が多くなったことで明らかになったことがあります。エドガー様と過ごしていると自然と湧きあがってきていた心の中の靄を、ルシオンと過ごしている時には全く感じることがないのです。


「ニリア嬢の罪は重い。認めたのは小侯爵の件だけだけど、狩猟祭の時に未遂に終わった侯爵夫人のこともあるし、これまで彼女との関係を噂された何人もの令息たちの件もある。裁判に向けて、そのすべてにクルエドが使われた証拠を騎士団が集めて回っているところだ。何人もの高位貴族に害をなしたんだから、極刑か、よくて死よりもつらいと言われる国境の塔での無期幽閉だろうな」


 あの若さで死か、死と同等の刑罰とは。


「ビオは、彼女を可哀そうだと思う?」


 私は冷たい人なのでしょうか? あまり気の毒には感じられません。

 なぜなら彼女によって、同じく若い何人もの令息たちがクルエドへの依存に陥らされ、廃人同様となって未来を閉ざされてしまっていたのですから。

 第一、生半可な量刑では、被害に遭った令息たちの家門からの激しい反発を招くことでしょう。それこそ、国を割る議論に発展しかねません。


「ううん……罪は償わないといけません」

「俺もそう思うよ。……ところで、一つおかしなことがあるんだよな」

「なんでしょう?」


 ニリア嬢は、クルエドの使用は認めたものの、暗示をかけたことは一度もない、と言い張っているのだとか。


「強い自白剤も使って、本当のことを吐かせようとしたんだけど、それでも暗示なんて知らないと言うんだよね……あの強力な自白剤に耐えられた罪人を団長もキリアン卿も見たことがないと言うから、どうもそこは本当らしいんだ」


 でも、同じクルエドに触れたルシオンは何ともありません。それは暗示が欠けていたせいだと思っていましたけれど……。


 騎士団の調査で、ニリア嬢が持っていたクルエドの成分は、極めて濃度が高いものだったことが判明しています。騎士団の依頼で液体の分析に当たった皇宮の薬師や錬金術師によれば、あの濃度の液が肌に直接付着すれば、私たちが飲んでいた解毒剤でも完全ではなく、暗示がなくても幻覚が現れ、人格に何らかの異常が生じるはずだそうです。


 毒の作用には、暗示ではない、何か他の条件があるということなのでしょうか?


 あの夜、彼女の実家であるヘルガ男爵家にも騎士団員が捜索に入り、ニリア嬢の部屋から同じ小瓶を数本発見していました。どうやらエドガー様に贈った茶葉だけでなく、狩猟祭の時に侯爵夫人のいる天幕で焚こうとしていた香薬も、その小瓶のクルエドの濃縮液を染み込ませて乾燥させたものだったとのこと。

 

「確かニリア嬢は、エドガー様とは毎日のように密会していたはずですから、その時に二人で会話すること自体が暗示のようになっていたのかもしれませんね」

「なるほどな……確かにそれはあるかもしれない」


 ふむ、と納得したようにルシオンが頷いた時、応接室の扉がノックされました。


「お嬢様。ロンウィ卿にご伝言を預かりました」


 執事から渡された書状の封蝋は、陛下のお印です。受け取ったルシオンは、それを読むなり首を傾げました。


「すまない、ビオ。今日はここで失礼するよ。……陛下からの急なお呼び出しだ」



 ◆◆◆



 あの夜会の最中、エドガーは夫人に謝ってくると言って広間を出ていったきり、なかなか戻ってこないニリアに苛立っていた。

 どうせまた何かつまらない粗相でもやらかして、母上に小言でも言われているんだろう。

 まったく、これだから下位貴族の愛嬌しか取り柄のない女は。

 仕方がない、母上たちが歓談しているサロンまで迎えに行ってやるとしよう。


 楽しそうに踊ったり、笑い声を立てながら会話をしたりしている男女をかき分けてサロンへと向かいながら、ふと思う。

 ニリアは、はしたないほどよく甘えてきて、可愛げのあるところはいい。それに比べると、ビオレッタは淑やかすぎると言うか、少し真面目すぎて面白味がない。

 でも、これがビオレッタなら、あんなつまらないへまをすることなんてないし、エドガーに恥をかかせるようなこともない……。

 それにビオレッタなら……。


(いや、あれ? どうして僕のパートナーがビオレッタじゃないんだ?)


 あ、そうだった。ビオレッタとは婚約破棄したんじゃないか……ん? どうしてだ? 

 ああ、そうだった、ニリアにそうしたほうがいいと言われたからだ。

 でも、なぜ?

 ビオレッタは僕の運命の伴侶だったはずじゃ……?


「うっ……!」


 突然、頭の左右が締め付けられるように痛みだす。


(ビオレッタとは、どうしたんだっけ……?)


 頭の痛みがひどくなる。

 そういえばいつからか、ビオレッタのことを考えるたびに、どういうわけか頭痛がするようになっていた。

 そうなると頭の中に濃い霧が立ち込めたかのような気分になり、自分で考えることが面倒になっていくのだ。

 だからもう、考えることはやめる。誰かの言葉に従ったほうが楽だし、頭の中の一番奥から、誘うような声が聞こえてくる。

 その声に耳を澄まし、言われるがままに従うと、やがて頭の痛みは、すーっと嘘のように消えていく。


「えっ? 母上、今なんと……?」


 サロンに行ってみると、そこにニリアの姿はない。母上に追い出されたのかと思ったら、ニリアは騎士団に連れていかれ、投獄されたと聞かされて耳を疑う。


「どうしてニリアが連れていかれたんです? 彼女が何をしたっていうんですか?」

「もう一度言いましょうか? ニリア嬢はね、あなたに禁制の毒を使っていたのよ。エドガー、あなたは洗脳されていたのよ」


 ニリアは、クルエドとかいう中毒性のある毒を薬茶に仕込んでいたらしい。エドガーが毎日飲んでいた、あのお茶に。

 その毒は、人の心を操るのだと。


 だとしたら――?


 エドガーはまた、突然の頭痛に襲われた。


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