11 やはりそうだったのですね
私とルシオンは、広間から離れた厨房に忍び込みました。
今夜、厨房の使用人たちは皆、別の厨房――広間への配膳に便利な場所に設けられたパーティー専用の厨房に集められているので、こちらには誰も残っていないのです。
念のため厨房の入り口では、ハンナさんが見張ってくれています。
彼女は先日の狩猟祭でのこともあり、自分がお仕えするお邸の中に、危険な毒が持ち込まれているのは見過ごせないと、快く協力を買って出てくれたのでした。
ハンナさんから情報をもらえたおかげで、それはすぐに見つかりました。
「ルシ、これだと思うの」
厨房内に設置されたガラス扉のキャビネットには、来客時に使用される何種類ものティーセットが整然と収納されています。その横に、高価な茶葉を入れた陶器の壺が、これまた整然と並べられていました。
その中から、私は迷わず赤いラインの入った茶壺を指さしました。ハンナさんから教えられた、ニリア嬢がエドガー様に贈った茶壷の特徴と、ぴたり一致します。
これもハンナさんが教えてくれたのですが――。
令息たちのたまり場となっている遊技場で、エドガー様は目の前でよろけた令嬢から、彼女が手にしていたワインをかけられてしまったことがあったそうです。
彼女は「突然、立ち眩みがして……」と申し訳なさそうに詫びると、エドガーの服に着いた赤いワインの染みを、丁寧に自分のハンカチで拭き取りました。その令嬢が、ニリア嬢でした。
けれど、そういった遊技場には平民や娼婦の類の出入りもあるため、貴族家の令嬢が出入りすることは滅多にありません。令息たちも、自分の恋人が立ち入ることを嫌うのが常です。
ですが彼女は、当時交際を噂されていた没落寸前の伯爵家の令息に無理を言ってついてきていました。
ハンナさんによると、その翌朝、エドガー様は頭痛がして頭がすっきりしないと不調を訴えました。そこへ折よく、ニリア嬢から昨日のお詫びの贈り物だとして、疲れが取れ、頭がすっきりするという薬茶が届いたのです。
それならと、早速その茶葉で入れたお茶を飲んだエドガー様は、嘘のように頭痛が消えたと喜びました。以来毎日、朝と晩にその茶を飲んでいるとのことです。
その薬茶の入った茶壷に触れることができるのは、エドガー様付きの侍従だけ。あいにくハンナさんはその侍従と昔から折り合いが悪く、気になってはいたものの、その茶葉がどういうものなのか聞き出せずにいたのです。
ルシオンは、その茶壷の蓋を開けると、ひとつかみの茶葉を持ってきた白い布の上に載せます。
すかさず私はルシオンに、試薬の入った小瓶を手渡しました。それは南部でクルエドの検出薬として開発されたものとのこと。
その小瓶の中の液体を茶葉に振りかけると、見る間に茶葉を載せた白い布が黒く変色していきます。
「思った通りだな。茶葉にクルエドの成分が染み込ませてある」
「なんてこと……違うと思いたかったですのに」
私は外で見張っていてくれたハンナさんにこのことを告げ、今後エドガー様にこの茶を飲ませてはいけないと伝えました。ならば侯爵夫人にお知らせしておきます、と駆け出したハンナさんを見送って、私たちはまた広間に向かいます。
広間に近づくにつれて、すれ違う人が増えていきます。
サロンへおしゃべりを楽しむために向かう夫人たちがいるかと思えば、気の合う異性を見つけ、語らうために庭園へと足を向ける者たちもいました。そして、そんな主人や客人たちに便宜を図るべく、忙しく行き交う使用人たちの姿もあります。
やがて広間から漏れ出した華やかな音楽と人々のさざめきが、かすかに耳に届く距離まで来たとき、不意にルシオンが私の肩を抱いて、柱の陰に体を滑らせました。ルシオンの胸にぴたりと顔を押し付けられるような格好になった私は、自然と顔が熱くなります。
「どうし……んっ?」
驚いて理由を尋ねようとしたら、ルシオンの手のひらに口を塞がれました。
「ビオ、黙って……」
ルシオンの視線は、配膳室に向けられています。そこは今夜のようなパーティーが広間で開かれる際にだけ使われるのです。
広間へ運ぶ料理や飲み物、食器やグラスの類は、いったんこの部屋の長テーブルやワゴンに並べられます。そして侯爵夫妻や客人からのオーダーに従って、使用人が広間の中に運んでいくのです。
「配膳室に今、ニリア嬢が入っていった」
その言葉に、顔にあった熱が一瞬にして引きました。
そのまま身動きせず、ルシオンと二人、横目でその部屋の扉を凝視します。すると、それほど時を経ずして出てきたニリア嬢が、広間のほうへ小走りして戻っていくのが見えました。
飲み物を求めに来た客を装って、私とルシオンは配膳室に入ります。すると、給仕のメイドが一人、ちょうど出て行こうとしているところでした。メイドが手にしていたトレイには、ワインのつがれたグラスが一つだけ載っています。気づいたメイドが私たちに尋ねました。
「お客様、お飲み物が必要でしょうか?」
「ああ。そうなんだ。そのワインは? 喉が渇いて今すぐ欲しいんだけど」
ルシオンに尋ねられて、メイドは軽く頭を下げます。カルマン侯爵夫人は使用人たちに、パーティーでは必ず家人やその関係者よりお客様を優先するようにという徹底した指導をしていました。
「申し訳ありません、これは小侯爵様にお持ちするものでして……。ワインでしたら、別にご用意しますので、しばしお待ちくださいませ」
「あのさ、そのワインは特別なものなの? もしかして……小侯爵の恋人が用意したとでも言うのかい?」
ルシオンが鎌をかけるように言うと、メイドは意外にもあっさりと口を割りました。
「あ、はい……そうなんです。ニリアお嬢様が小侯爵様のためにご用意された特別なワインとのことです」
その名に私は、ルシオンの腕を握りました。
「へえ……どんなワインだって? 特別な効能でもあるの?」
「はい。小侯爵様が好んで毎日飲まれているお茶と同じ薬草が入っているとうかがいました。あの……お客様はワインをお二つでよろしいでしょうか?」
この部屋には今、彼女の他に使用人はいません。配膳室の大きなテーブルの上には、空のグラスと。ワインや果実水のボトルがずらりと並べられています。
メイドは私たちを、広間を抜け出して庭園で二人の時間を過ごそうとしている恋人たちとでも思ったことでしょう。夜会ではよくある光景です。そして広間から庭園へ向かう廊下の途中にある配膳室に立ち寄って、飲み物を頼む二人も珍しくありません。
「ああ、ありがとう。頼むよ」
メイドは手にしていたトレイをひとまずそのテーブルに置くと、ボトルから二つのグラスにワインをついでくれました。私もメイドに頼みます。
「あの……ワインと一緒にドライフルーツがあったら、それも一緒にいただきたいのだけれど、お願いできますか? 乾燥イチジクと干しブドウがいいのですが」
「はい、お嬢様。ございますので、お持ちいたします」
ドライフルーツの入った籠は、配膳室の奥の食糧庫に置かれているはずです。メイドが食糧庫へと消えるやいなや、私は目の前のワインが注がれたグラスを、メイドが置き去りにしたトレイの上のグラスと入れ替えました。
それを見てルシオンが、ニヤリとします。
「ビオも結構やるな」
「これくらいは、ね……」
メイドがドライフルーツを盛った皿を手にして戻ってくると、私たちはお礼を言って、何食わぬ顔でドライフルーツとグラスを手に配膳室を後にしました。
さっきのメイドがまた、グラスを載せたトレイを手に広間に向かうのを横目に、ルシオンは私が入れ替えたグラスのワインをほんの少し、白い布に垂らします。そのワインが作った染みに、さっきの試薬を一滴、垂らしますと、また今度も布は黒く変色していきました。
「これで間違いないな」
ルシオンの確信に、私も頷きます。配膳室に入ったニリア嬢は、そこでエドガー様に飲ませるワインにクルエドの毒を入れたということなのでしょう。
ならばニリア嬢は今、その毒を持っているはずです。その毒こそ、南部で大勢の人に害をなしたものであり、確かな証拠の品となり得ます。
ルシオンが無言で、さっと左手を上げました。
すると、私たちの背後に、湧いたように一人の騎士が姿を現します。カルマン侯爵家の騎士服に身を包んではいるものの、私に見覚えがありません。邸内の警備に着く侯爵家の騎士の顔ぶれは決まっていましたから、私が婚約者として邸に出入りしていた時に、顔を合わせたことくらいはあったはずなのですが。
「捕縛する。ただし侯爵家にはできるだけ迷惑をかけないよう配慮するから、そのつもりで」
ルシオンの言葉に、騎士は頷きます。
そしてワインの入ったグラスを受け取ると、その騎士は音もなく去っていきました。




