第6話 捕まった日
あの液体——呪いの液体が出てくるようになって、数日が経っていた。
女は毎朝、カリカリと一緒にあの包みを持ってくるようになった。我はもう、ベンチの下に隠れたままではいられなかった。匂いがすると、体が勝手に前へ出る。
三日目には、女の指から直接舐めるのに、ためらいがなくなっていた。
四日目には、女が来る足音を聞いただけで、尻尾が立った。
五日目には、女がしゃがむ前に、自分から近づいていた。
我は悪魔だ。こんなことは——
もう、この言い訳にも力がなくなっていた。
六日目の朝。
女が来た。いつもの足音。いつもの袋。
だが、今日はもうひとつ、何かを持っていた。
大きな箱だ。金属製で、細い格子がついている。奥に入口があり、手前は開いている。中が暗い。
捕獲器だ。
我はそれを知っていた。知識としてではない。子猫の本能が、あの形を見た瞬間に「危険」と告げていた。あの中に入ったら、出られない。
女は捕獲器を東屋の近くの地面に置いた。
そして、その奥に——
あの匂い。
呪いの液体の匂いが、捕獲器の中から漏れていた。
包みが開いた状態で、奥に置いてある。
「ごめんね、灰色の子」
女が小さな声で言った。いつもと少し違う声だった。申し訳なさそうな、でも決意のある声。
「このまま外にいたら、もたないと思うの。まだだいぶ痩せてる」
痩せている。
言われて初めて気づいた。確かに、体が軽い。毛の下の肋骨が、前より浮いている気がする。カリカリと液体だけでは、失った体力を戻すには足りなかったのかもしれない。
だが、それは今の問題ではない。
問題は、あの箱と、その中にある液体だ。
罠だ。
これは明確に、罠だ。
カリカリは「供物かもしれない」と思えた。液体は「呪いだ」と言い訳できた。だが、あの箱は言い訳できない。あの中に入れば、捕まる。自由を失う。
我は悪魔だ。捕まるわけにはいかない。
女は少し離れた場所に座った。いつものベンチではない。もう少し遠い。我を刺激しないように距離を取っている。
捕獲器だけが、東屋の柱の近くにある。
中から、匂いが流れてくる。
あの匂いだ。
肉と魚を煮詰めた、とろりとした、あの匂い。
体が覚えている。舌が覚えている。喉が覚えている。
前足が一歩出た。
——やめろ。
止まった。
二歩目が出そうになった。
——やめろ。あの中に入ったら終わりだ。
止まった。
だが、匂いは止まらない。
風が吹くたびに、匂いが強くなる。朝の冷たい空気が、匂いを運んでくる。
捕獲器の入口は開いている。中は暗い。奥に液体の包みが見える。
奥に、不自然な板がある。
何のためのものかは分からない。
だが、踏んではならない気がした。
だから、踏まなければいい。
入口に近づくだけなら、匂いを嗅ぐだけなら、大丈夫なはずだ。
我は慎重に近づいた。
一歩。
二歩。
三歩。
入口の前に立った。
匂いが濃い。近い。ここからでも舐められるくらい近い。
だが、もう少し奥にある。手を——前足を伸ばせば届くかもしれない。
体を少しだけ中に入れた。
前足を伸ばした。
届かない。
もう少し。
後ろ足が、入口の縁を越えた。
もう少し。
鼻先が包みに触れた。匂いが爆発的に広がった。
舌が出た。
ぺちゃ。
うまい。
——ガシャン。
音がした。
背後で、金属が落ちる音がした。
振り返った。
入口が、閉じていた。
格子の向こうに、朝の光が見えた。東屋の柱が見えた。ベンチが見えた。
外だ。
外が、格子の向こうにある。
我は、中にいた。
「……我は……罠にかかったニャ」
声が出た。情けない声だった。
女が近づいてきた。足音が速い。さっきまでの静かな足取りではない。
「大丈夫、大丈夫。怖くないよ」
我は暴れた。
格子に体当たりした。爪を立てた。噛みついた。だが、金属は硬い。爪がかからない。体が小さすぎる。
「シャーッ!」
初めて、まともな威嚇の声が出た。
だが、女は手を引っ込めなかった。格子越しに、我を見ていた。
「ごめんね。でも、このままだと冬が越せないの」
冬。
季節のことだ。人間界には季節がある。暑い季節と寒い季節がある。今は——まだ暖かい方だろう。だが、これからもっと寒くなるのか。
我は暴れるのをやめた。体力がなかった。さっき液体を舐めたばかりなのに、もう疲れている。
格子の隅で丸くなった。
毛が逆立っている。尻尾が膨らんでいる。目だけが光っている。
女が捕獲器を持ち上げた。世界が揺れた。
歩いている。女が歩いている。我を持って歩いている。
公園の道を通った。砂利の音がする。木々が流れていく。東屋が遠ざかる。
我の拠点が、遠ざかっていく。
匂いが変わった。
車の匂い。金属の匂い。人間の匂いが濃くなった。
ドアが開く音がした。
車の中に入れられた。座席の上に捕獲器が置かれた。布がかけられた。暗くなった。
エンジンがかかった。低い振動が体に伝わる。車が動き始めた。
我は暗い箱の中で、丸くなっていた。
震えている。
寒いからではない。
怖い。
この体が、怖がっている。知らない場所。知らない匂い。知らない振動。全部が知らない。
東屋のベンチの下が恋しかった。
あの木の匂い。あの薄暗さ。あの静けさ。毎朝の白い皿。カリカリの匂い。
全部、格子の向こうに残してきた。
我は悪魔だ。
こんなことで弱ってはならない。
だが、体は正直だった。
震えが、止まらなかった。




