第4話 見られている
カリカリが置かれるようになって、一週間が過ぎた。
毎朝、東屋の柱の根元に白い皿がある。我が起きる前に現れ、我が眠った後に回収されている。まるで幽霊のようだ。
だが、幽霊ではない。匂いで分かる。
皿には、カリカリの匂いに混じって、人間の匂いがついていた。同じ匂い。毎日同じ人間が置いている。手の匂い。布の匂い。それから、かすかに花の匂い。
姿は見たことがない——と思っていた。
その日、我はいつもより少し早く目が覚めた。
空がまだ薄暗い。東屋の屋根の向こうに、星がひとつ残っていた。
皿はまだなかった。
ならば、待ってみよう。
ベンチの下から動かず、暗がりに体を沈めたまま、我は目だけを動かした。耳を立てた。鼻を使った。
しばらくして、砂利を踏む足音が聞こえた。
軽い足音だ。ゆっくり歩いている。走っていない。急いでいない。
木々の間から、人間の影が現れた。
女の人間だった。
背はそれほど高くない。薄い色の上着を着ている。手に袋を持っていた。袋の中から、カリカリの匂いがした。
この人間だ。
毎朝、皿を置いていたのは、この人間だった。
女は東屋のそばまで来ると、足を止めた。周囲を見回した。
我は動かなかった。暗がりの中で、目だけが光っていたかもしれない。
女は袋から白い皿を取り出し、カリカリを入れた。いつもと同じ場所。柱の根元。
そして、小さな声で言った。
「おはよう。今日もいるかな」
我に向けて言ったのか。それとも独り言なのか。分からない。
女はしゃがんだ。皿を地面に置いた。それから少し離れて、ベンチに座った。
待っている。
我を、待っている。
体が固まった。出られない。人間がいる。あんなに近くに人間がいる。五歩か六歩の距離だ。
女は動かなかった。座ったまま、膝の上に手を置いて、東屋の中をぼんやりと眺めていた。
時間が過ぎた。
空が明るくなり始めた。鳥が鳴いた。
女が立ち上がった。
「今日は出てこないか。大丈夫、急がないよ」
そう言って、女は公園の道を歩いていった。
足音が遠ざかる。完全に聞こえなくなるまで、我は動かなかった。
それから、皿に近づいた。
カリカリがある。いつもと同じ量。いつもと同じ匂い。
食べた。
うまかった。
だが、今日は少し違った。カリカリの匂いの中に、あの女の匂いが濃く残っていた。さっきまでここにいた人間の手の匂い。
不快ではなかった。
——不快ではない、というのは危険な感覚だ。我は悪魔だ。人間の匂いに慣れてはならない。
その日から、我は女の動きを観察するようになった。
女は毎朝来た。同じ時間帯。同じ足音。同じ袋。
皿を置いた後、少しだけ待つ。我が出てこなければ、静かに去る。声をかけることもあるし、黙って去ることもある。
三日目、我は少しだけ大胆になった。
女が皿を置いてベンチに座っている間に、ベンチの下から鼻先だけを出した。
女がこちらを見た。
目が合った——ような気がした。
我はすぐに引っ込んだ。
女は笑った。小さく、静かに。
「あ、いた。灰色の子だ」
灰色の子。
それが、この女が我につけた名前らしい。名前というほどでもない。ただの呼び方だ。
我の名はルヴェミアだ。灰色の子などではない。
だが、女はそんなことを知らない。知るはずもない。
四日目。
女が皿を置いている間に、東屋の外に出て、茂みの中から観察した。
女は皿を置いた後、公園の別の場所へ歩いていった。
池のそばに、別の猫がいた。
白と茶色の猫だ。我より大きい。成猫だろう。その猫は女を見ても逃げなかった。近づいてきて、女の足元で体を擦った。
女はしゃがんで、猫の頭を撫でた。
「はいはい、トラちゃんはいつも甘えん坊だね」
トラ。あの猫の名前らしい。
さらに奥の茂みから、もう一匹出てきた。黒い猫だ。こちらも成猫。女の近くには寄らないが、少し離れた場所に座って、じっとこちらを見ていた。
「クロちゃんも来たの。今日は全員集合だね」
全員。
つまり、この女は公園の猫を何匹か把握していて、それぞれに名前をつけて、それぞれに食べ物を配っている。
地域猫、というものだろうか。
魔の領域にはなかった概念だ。弱い者に食べ物を与えて、見守る。支配ではなく、見守る。
なぜそんなことをする。
食わせる者が上に立つ。食われる者は従う。それが掟のはずだ。
だが、あのトラという猫は従っているようには見えない。甘えてはいるが、支配されてはいない。自分から近づき、自分から離れている。
よく分からない関係だ。
五日目。
女が来た。皿を置いた。ベンチに座った。
我はベンチの下にいた。いつもの場所だ。
女が、ゆっくりと手を伸ばした。
ベンチの下へ。我がいる方へ。
指先が、我の鼻先の少し手前で止まった。
触れてはいない。ただ、差し出されている。
匂いが近い。花の匂い。石鹸の匂い。カリカリを触った手の匂い。
心臓が速い。逃げるべきだ。ここで人間の手に慣れたら、悪魔としての尊厳は——
だが、足が動かなかった。
動かなかった、のではなく、動かなくてよいと体が判断しているような気がした。
この手は、殴らない。掴まない。追いかけない。
それだけは、一週間の観察で分かっていた。
我は、手に触れなかった。
だが、逃げもしなかった。
女は手を引っ込めた。
「まだ早いか。大丈夫。ゆっくりでいいよ」
そう言って、立ち上がった。
帰り際に振り返って、もう一度言った。
「また明日ね、灰色の子」
足音が遠ざかった。
我はカリカリを食べた。
いつもと同じ味だ。いつもと同じ匂いだ。
だが、今日は少しだけ、違う気がした。
何が違うのか。
匂いか。味か。気温か。
分からない。
ただ、尻尾が揺れていた。
また、止められなかった。




