第3話 置かれたもの
朝が来た。
東屋のベンチの下で目を覚ました。昨日よりは眠れた気がする。屋根があるだけで、夜はずいぶん違った。
体を伸ばした。前足を前に突き出して、背中を反らす。なぜそうするのか分からないが、体が勝手にそう動いた。気持ちがいい。
——気持ちがいい、ではない。これは鍛錬だ。体を目覚めさせるための、戦略的柔軟運動だ。
公園は静かだった。鳥が鳴いている。風が木の葉を揺らしている。遠くで水の流れる音がする。せせらぎだ。昨日、あそこで水を飲んだ。落ちもした。
今日はまず水を飲みに行く。昨日より上手にやれるはずだ。
ベンチの下から出て、朝の空気を吸った。冷たいが、雨の日ほどではない。空は薄い灰色で、雲の向こうにぼんやりと日の光がある。
歩き出そうとして、足が止まった。
東屋の柱の根元に、何かがあった。
小さな皿だ。白い、プラスチックの皿。誰かが置いたらしい。昨夜はなかった。
皿の中に、茶色い粒が入っていた。
丸くて、小さくて、乾いている。匂いがする。
肉の匂い。魚の匂い。それから、何か粉っぽい匂い。全部が混ざって、ひとつの匂いになっている。
知らない匂いだ。ゴミ箱の中にあった食べ物の匂いとも違う。もっと均一で、もっと——人工的な匂い。
鼻が勝手に近づいた。
皿の縁まで顔を寄せた。粒をひとつ、前足で転がしてみた。硬い。カリカリと音がしそうだ。
罠かもしれない。
昨日、ゴミ箱に落ちた。あれも食べ物の匂いに釣られた結果だ。この粒も、誰かが仕掛けた罠である可能性がある。
我は悪魔だ。同じ過ちを繰り返すほど愚かではない。
だが、匂いがする。
腹が鳴る。
きゅるる。
「……黙れ」
腹は黙らない。
粒をひとつ、鼻先で押した。転がった。追いかけた。——追いかけてしまった。なぜ追いかけた。
粒は東屋の柱の根元で止まった。
我はそれを見下ろした。
食べるべきか。食べないべきか。
悪魔としての判断力が問われている。
匂いを嗅いだ。
もう一度嗅いだ。
三度目に嗅いだとき、舌が勝手に出た。
粒が口の中に入った。
硬い。歯で噛むと、カリッと割れた。中から味が広がった。
肉の味。魚の味。塩。それから、何か分からないが、うまい。
昨日のゴミ箱で感じた塩味とは比べ物にならない。これは——うまい。明確に、うまい。
もう一粒。
もう一粒。
気がつくと、皿の中身は半分なくなっていた。
我は我に返った。
「……これは毒味だ。罠の可能性がある以上、内容物を検査する必要があった。摂取したのは検査のためであり、美味であったかどうかは関係ない」
誰も聞いていない。鳩が一羽、東屋の屋根の上からこちらを見ていた。
残りの半分は、すぐには食べなかった。
もし罠なら、全部食べるのは危険だ。半分残しておけば、明日もう一度確認できる。これは慎重さだ。悪魔の知恵だ。
——本当は、もう少し後で食べたいだけかもしれない。
水を飲みに行った。せせらぎまで歩いて、今度は滑らない石を最初から選んだ。前足を乗せた。滑らない。首を伸ばした。舌を出した。
冷たい水が、舌に触れた。
昨日と同じ味だ。でも、カリカリを食べた後の口には、水がよく合った。
ぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃ。
水を飲みながら、考えた。
あの粒は、誰が置いたのか。
昨夜、我が眠った後に置かれたのなら、夜か早朝に来た人間がいるということだ。東屋の近くに子猫がいることを知っていて、わざわざ食べ物を持ってきた。
なぜ。
人間は、見知らぬ子猫に食べ物を与える理由があるのか。
魔の領域では、他者に食べ物を与えるのは「支配の証」だ。食わせる者が上に立つ。食われる者は従う。それが掟だった。
だとすれば、あの粒を置いた人間は、我を支配しようとしている?
冗談ではない。我は悪魔だ。支配されるのは我ではなく人間の方だ。
だが——粒はうまかった。
それは事実として認めるしかない。
東屋に戻った。
残しておいた粒は、まだあった。鳩にも蟻にも取られていない。
我はベンチの下に潜り込み、皿のそばで丸くなった。
翌朝もあるだろうか。
分からない。あるかもしれないし、ないかもしれない。
だが、もしあるなら。
もしまた、あの粒が置いてあるなら。
それは——罠かもしれないが、うまい罠だ。
「……罠だとしても、うまいニャ」
その日から、毎朝、皿が置いてあった。
同じ場所。同じ白い皿。同じ茶色い粒。
誰が置いているのか、まだ分からない。我が起きる前に来て、我が寝た後に皿を回収しているらしい。姿を見たことがない。
三日目には、粒を全部食べるようになっていた。
四日目には、皿が空になると、もう少しないかと匂いを嗅ぐようになっていた。
五日目には、朝目覚めて最初にすることが、皿を確認することになっていた。
我は悪魔だ。
人間の施しに依存するなど、あってはならない。
だが、この体は正直だった。
粒が置いてあると、尻尾が少しだけ揺れる。止められない。
それが嬉しいのか、安心なのか、何なのか。
我には、まだ分からなかった。




