ー第2項 はじける炭酸と謎の毛玉の出現、脳内に直接語りかけられる化学式とジャイアニズム的慈悲の発露
第2項 はじける炭酸と謎の毛玉の出現、脳内に直接語りかけられる化学式とジャイアニズム的慈悲の発露
「まずは毒味といこうか」
俺は木製のジョッキに並々と注がれた、泡立つ透明な酒をあおった。
喉を駆け抜ける強烈な炭酸の刺激。その後に広がる芋の甘い香りと、ガツンとくるアルコールのキック。
五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。前世の居酒屋の喧騒が脳裏にフラッシュバックする。
「くぅううう! これだ、これだよ!」
俺が歓喜の声を上げた、その瞬間だった。
ジョッキから立ち上る揮発したアルコールの香りと、俺が吐き出した「快感」のため息が混ざり合い、空中で奇妙な渦を巻いた。
ポンッ、という間の抜けた音と共に、それが現れた。
白い、フワフワした、野球ボールくらいの大きさの何か。
目も口もない、ただの毛玉だ。だが、不思議と愛嬌がある。
「なんだ、お前?」
俺が指先でつつこうとすると、毛玉はプルプルと震え、俺の脳内に直接語りかけてきた。言葉ではない。それはイメージと、そして驚くべきことに『化学構造式』だった。
(……C8H11NO2……ドーパミン……C2H5OH……エタノール……ウマい……ウマい……)
「は? お前、化学式がわかるのか?」
毛玉は俺の問いには答えず、ジョッキの縁にとまり、揮発する香気を掃除機のように吸い込み始めた。すると、毛玉の体が淡いピンク色に発光し始める。
同時に、俺の心の中にあった「もっと飲みたい」「明日のことなんかどうでもいい」という、怠惰で幸福な感情が増幅されるのを感じた。
「なるほど……お前、俺の酒の香りと、俺の感情を食ってるのか?」
毛玉は肯定するように一度跳ねた。
そして俺の脳裏に、さらなる情報を送り込んでくる。
こいつは、どうやら『人々の鬱憤』と『酒の成分』を触媒にして、周囲に『まあいいか』と思わせる精神波を放出する存在らしい。
なんという都合のいい生き物だ。まさに俺のためにあつらえたような相棒じゃないか。
「よし、お前の名前は『おつまみ』だ。俺と一緒に来い。この陰気な領地を、俺とお前で変えてやる」
俺は『おつまみ』を肩に乗せ、工房を出た。
外はもう夕暮れだ。広場には、一日の労働(といっても大した成果はないが)を終えた領民たちが、死んだ魚のような目で集まっていた。
彼らは配給される薄いスープを待ちながら、また「死」への憧れを口にしている。
「はぁ……生きていても辛いだけだ……」
「聖女様は言っていたわ。耐えれば天国に行けると……」
その湿っぽい空気を、俺は大声で切り裂いた。
「野郎ども! 今日は無礼講だ! 俺が作った『魔法の水』を振る舞ってやる!」
従者たちに命じて、樽ごと酒を運ばせる。
領民たちは怪訝な顔を見合わせた。
「領主様、魔法の水とは……?」
「聖水か何かですか? 死ぬのが楽になる薬ですか?」
「バカ言え。生きるのが楽しくなる薬だ。いいから飲め!」
俺は有無を言わさず、最前列にいた疲れ切った男にジョッキを突きつけた。男は恐る恐る、その透明な液体を口にする。




