↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/25

第1章 第1項 荒廃した辺境領地、死を待つ人々と科学者の憂鬱、そして醸造への執念が生んだ奇跡

第1章 絶望とアルコール


第1項 荒廃した辺境領地、死を待つ人々と科学者の憂鬱、そして醸造への執念が生んだ奇跡


 空は鉛色に塗りつぶされ、大地は痩せ細っている。

 魔王軍との戦争が始まってから十年、この世界の彩度は極限まで落ちていた。

 ここは最前線から少しだけ離れた、名もなき辺境の小領地。領主として送り込まれた俺、バッカスの目の前には、絵に描いたような地獄が広がっていた。


「死んだほうがマシだ……」

「早く神様の御許(みもと)へ行きたい……」


 畑を耕す手は力なく、虚ろな目をした領民たちが念仏のように――いや、祈りの言葉を呟いている。彼らの唯一の救いは、教会が説く「現世は苦しみの場であり、耐え忍んで死ねば永遠の楽園へ行ける」という教えだけだ。

 生きる希望ではなく、死ぬ希望だけがここにある。


「……あー、まずい。空気がまずい」


 俺は執務室の窓枠に肘をつき、舌打ちをした。

 俺の前世は、とある化学メーカーの研究員だった。アルコールの醸造や発酵プロセス、味覚成分の分析に人生を捧げていた男だ。それが過労死したと思ったら、こんな陰気なファンタジー世界に転生させられた。

 ジャイアンのような理論かもしれないが、俺には譲れない美学がある。

 俺の視界に入る人間が不幸な顔をしていると、せっかくの酒がまずくなるのだ。

 だから、俺はこの状況を打破しなければならない。剣でも魔法でもなく、俺の得意分野で。


「領主様、また得体の知れない実験ですか?」


 古びた扉が開き、年老いた従者が呆れた顔で入ってきた。


「実験じゃない。これは『救済』の準備だ。芋の収穫量はどうだ?」

「痩せた土地ですから、食うに困るレベルの不味い芋なら山ほどありますよ。家畜の飼料にする予定ですが」

「それを全部俺の工房へ運べ。あと、井戸水もだ」


 俺はニヤリと笑った。

 不味い芋? 上等だ。デンプンさえあれば、俺の知識とこの世界の魔法で、黄金の雫に変えてやる。


 工房――といっても、納屋を改造しただけの粗末な小屋に籠り、俺は作業を開始した。

 まずは芋を蒸し、潰す。そこに俺が密かに培養していた『酵母』もどきの菌類を投入する。この世界には便利なことに『発酵促進』という生活魔法が存在した。通常なら数ヶ月かかる工程を、魔力を流し込むことで数時間に短縮できる。

 ブクブクと泡立つ甕(かめ)の中身。鼻をつく独特の香り。

 だが、これだけでは足りない。この世界の人間の絶望は深く、ただの濁酒(どぶろく)程度では吹き飛ばせない。

 俺はさらにその液体を蒸留器にかける。銅板を加工して作った即席のポットスチルだ。

 火を焚き、蒸気を冷やし、純粋なアルコールだけを抽出する。


「高純度、高濃度。……よし、クリスタル・クリアだ」


 抽出された透明な液体。

 さらにここに、俺オリジナルの『炭酸付与』の魔法を叩き込む。

 シュワアアアア……ッ! という爽快な音が狭い小屋に響き渡った。

 完成だ。異世界特製、芋焼酎ハイボール。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。