ー第2項 平行線をたどる神学論争、来世の救済を説く教会に対し現世の快楽を正義とするバッカスの反論
第2項 平行線をたどる神学論争、来世の救済を説く教会に対し現世の快楽を正義とするバッカスの反論
場所を領主館の応接間に移しても、議論は平行線だった。
司祭は「清貧」「忍耐」「来世での幸福」を説き、俺は「豊食」「酩酊」「今ここにある快楽」を主張する。水と油だ。
「いいですか、バッカス殿。人は生まれながらに罪を背負っているのです。その罪を、現世での苦行によって洗い流し、死後に初めて神の御許で安らぎを得る……それが教義です」
「その教義とやらが、そもそも間違っているとは思わないか?」
俺は足を組み、不遜な態度で切り返した。
「神様ってのは、そんなにサディストなのか? 自分の作った人間が、飢えや恐怖に怯えて泣き叫ぶのを見て喜ぶのか? もしそうなら、そんな神は願い下げだ」
「なっ……! 不敬な!」
「俺なら、自分の作った酒を飲んで『美味い!』と笑ってくれる奴の方が好きだね。俺たちが神の被造物なら、俺たちが笑って過ごすことこそが、神への最大の賛美じゃないのか?」
俺の言葉に、司祭は顔を真っ赤にして絶句した。
隣に座っていたエリスが、ハッとした顔で俺を見る。彼女の中で、何かが揺らいでいるのが分かった。
彼女はずっと「我慢すること」が「善」だと教え込まれてきた。だが、この領地で見た笑顔――泥酔しながらも、生を謳歌する人々の姿――が、彼女の価値観にヒビを入れている。
「……ですが、領主様。苦しみを忘れることは、逃げではありませんか?」
「逃げて何が悪い? 真正面から受け止めて潰れるくらいなら、横に避けて酒でも飲んで寝ちまえばいい。明日になれば、また違う風が吹く」
「それは……あまりにも、無責任です……」
エリスの声は弱々しい。
司祭がダンッ! と机を叩いた。
「ええい、問答無用! 貴様の思想は危険すぎる! この領地の酒をすべて没収し、破棄する! そして貴様を異端審問にかける!」
「おっと、それは困るな。俺の酒は俺の命だ。それに、領民たちが黙っていないぞ?」
窓の外からは、相変わらず「酒だー!」「肉だー!」という歓声が聞こえてくる。彼らから酒を取り上げれば、暴動が起きるのは火を見るより明らかだ。
俺はニヤリと笑い、一つの提案をした。
「どうだ、司祭様。ここは一つ、白黒つけようじゃないか」
「……何だと?」
「あんたらの言う『精神の強さ』とやらを試させてくれ。俺の酒を飲んで、それでも理性を保っていられたら、俺はあんたらの言い分を聞く。逆に、理性を失って堕落したら、俺たちの勝ちだ。教会の布教を禁止はしないが、酒造りの邪魔もしないでくれ」
「馬鹿な! 私が酒など飲むわけが……」
「おや? 逃げるのか? 神の加護があれば、たかが酒ごときに負けるはずがないだろう?」
挑発に乗ったのは、司祭ではなくエリスだった。
彼女は決意を秘めた目で立ち上がった。
「……私が受けます」
「エリス!?」
「聖女としての誇りにかけて、悪魔の誘惑になど負けません。私が証明します!」
飛んで火にいる夏の虫とはこのことか。
俺は内心でガッツポーズをした。




