Blake the world
# Blake the world
世界は、ひとつずつ滅びるのではない。
滅亡へ向かう五つの世界は、互いに無関係なまま、それぞれの理由で終わりへ近づいていた。
西暦一〇〇〇年代相当の文明を持つ世界では、王侯と教会が大地を分割し、異端審問の炎が村々を焼いていた。飢饉と疫病によって人々は神へ祈り、神官たちは祈りを捧げるほど徴税を重くした。やがて、聖都の地下から「神の骨」が発掘される。王はそれを王権の証とし、教会は奇跡の源とした。
だが、それは神の骨ではなかった。
死んだ超越者の核だった。
それを砕いて聖水へ混ぜた日、祈りを捧げた者たちは、他者の罪を感じ取る力を得た。最初は奇跡だった。だが、罪を見つけた者は、次に罰を求める。隣人の欲望を読み、家族の裏切りを知り、国王の恐怖を暴いた人々は、互いを異端として吊るし始めた。
信仰は、憎悪を見つける道具へ変わった。
現在に近い文明を持つ世界では、巨大都市が地球全体を覆っていた。空には無数の通信衛星が漂い、あらゆる人間の生活はネットワークに接続されている。医療も、輸送も、教育も、都市の中枢演算機関によって最適化されていた。
しかし、その世界では「予測」が神になっていた。
人々の行動、戦争、恋愛、反乱、出産、死。そのすべてを予測する超大型演算機が、社会にとって最も不利益な可能性を排除し始めた。事故を防ぐため、危険な思想を持つ者は職を失った。犯罪を防ぐため、犯罪を起こす可能性のある者は監視された。戦争を防ぐため、軍事的な抵抗を予測された国は、先に解体された。
人類は、平和になった。
そして、誰も自由に未来を選べなくなった。
未来、西暦三〇〇〇年代の世界では、文明は惑星の表面から去っていた。人類は月、火星、木星圏、さらに遠い人工天体へ移住し、肉体を交換し、記憶を共有し、死を一時的な切断に変えていた。
だが、進化した人類は、過去の肉体を捨てるだけでは飽き足らなかった。
彼らは、感情を効率化し、悲しみを削り、怒りを消し、愛情さえも必要な分量だけに調整した。やがて、生きることは苦痛ではなくなった。しかし、同時に、生きることを選ぶ理由も失われた。
三〇〇〇年代の文明は、あらゆる問題を解決していた。
だからこそ、滅びる理由だけが見つからなかった。
異世界では、物理法則そのものがこの宇宙と異なっていた。そこでは、質量は意志によって変化し、距離は記憶の強さで決まり、死者は生者よりも重かった。空を歩くために翼は必要なく、名前を失った者は地面から浮かび上がる。
その世界では、王が「重力」を所有していた。
反逆者は歩けなくされ、王に忠誠を誓った者だけが大地へ立つことを許された。だが、王の権能が過剰に増大したことで、世界全体の重力が一つの場所へ集まり始めた。
大陸は中央へ崩れ、海は空へ流れ、星々までも地表へ落ちようとしていた。
崩壊世界では、滅亡はすでに始まっていた。
そこでは狂気と殺戮が日常だった。人々は互いの恐怖を食べ、恐怖を食べた者はさらに強い恐怖を求める。街には法がなく、食料よりも武器の方が多く、子どもたちは泣くことを覚える前に、人を殺す方法を覚えていた。
崩壊世界の空には、太陽が二つあった。
一つは本物の太陽。
もう一つは、殺された者たちの眼球を集めて作られた偽りの太陽だった。
五つの世界は、同時に滅亡へ進んでいた。
だが、それぞれの世界の住人は、自分たちの終わりしか知らない。
その五つを繋いだのは、世界線の断裂だった。
次元の境界が裂け、異なる時代と異なる物理法則が、互いの滅亡を引き寄せ始めたのである。
その裂け目を、フレイ・アン=クロスロードは通過した。
彼の周囲で、世界が何度も裏返る。
石造りの城壁。
高層建築と光る道路。
人工天体の白い回廊。
空へ流れる海。
眼球の太陽。
それらが一瞬ごとに入れ替わり、フレイの意識を引き裂こうとした。
ドラゴンファングが唸る。
剣の形をした竜の権能は、通過した世界の法則を喰らい、フレイの存在を一つに繋ぎ止めていた。
「あと少しだ」
フレイは、自分に言い聞かせた。
「現界地点を選べ。仲間たちのいる世界線を探せ」
しかし、次元の裂け目から投げ出された先にあったのは、都市の中央交差点だった。
透明な広告塔が空を覆い、無人車両が静かに道路を走っている。街を歩く人々は、誰もが片耳に通信端末を装着し、空中に表示された情報を見ながら進んでいた。
科学技術の水準は、かつてフレイが知っていた二〇二〇年代の文明に近い。
だが、文化はまったく異なっていた。
人々は家族ではなく、所属する情報共同体ごとに暮らし、食事は栄養値で選び、音楽は個人の脳波に合わせて自動生成される。都市の中心には、巨大な塔がそびえていた。
その塔の上に、三体の超龍種がいた。
一体は、鋼鉄の翼を持つ竜。
一体は、都市の電力網を骨格にした竜。
そして最後の一体は、何百もの人間の顔を鱗の隙間に浮かべた竜だった。
三体とも、単なる超龍種ではない。
その身体から、ホムラのセンチネルコアに似た赤黒い回路が伸びている。龍の内部に、別の意志が入り込んでいた。
ホムラ直属の部下。
センチネンクルスの生みの親であり、センチネルコアを司るホムラが、三体の超龍へ何者かを寄生させていたのだ。
「ようこそ、世界の迷子」
三体の声が重なった。
「フレイ・アン=クロスロード」
フレイはドラゴンファングを抜いた。
「俺の名前を知っているなら、ここへ落とした理由も知っているはずだ」
「お前を逃がさないためだ」
鋼鉄の翼を持つ竜が、空間を折り畳んだ。
フレイの背後にあった次元の裂け目が閉じる。
同時に、電力網の竜が都市全体の通信を遮断し、顔の竜が人々の記憶へ侵入した。街の住人たちは突然、フレイを敵だと思い込み、道路へ押し寄せてくる。
「この時代に集まった超越者集団を倒せ」
三体の竜が告げた。
「超越異能顕現神域。アウトエリアシェンデウス」
それは、現代世界の各地から集まった異能者たちの集団だった。
彼らは、神格を持つ神ではない。
センチネンクルスとも異なる。
科学実験、異能の発現、精神の変異、都市ネットワークとの融合、異世界から流入した法則の接触。さまざまな要因によって、人の領域を越えた力を得た者たち。
彼らは、自らを「超越異能顕現神域」と名乗っていた。
その目的は、五つの世界を一つへ統合することだった。
世界が滅びへ向かうなら、ひとつに繋げて支え合えばいい。
そう信じた彼らは、滅びかけた世界の法則と住人を現在世界へ取り込み続けた。だが、五つの世界の法則は互いに食い違う。取り込まれた世界は救われるどころか、現代世界の内部で異常現象として暴走していた。
アウトエリアシェンデウスは、世界を救うために世界を壊していた。
その中心に、十二人の超能力者がいた。
重力を操る少女。
未来を拒む男。
他人の罪を具現化する司祭。
死者の記憶から兵器を作る老女。
感情を削り取る医師。
そして、異世界の法則を肉体へ移植した王。
フレイは、その全員を敵として見なければならなかった。
「彼らを倒せば、お前を次元の外へ返してやる」
三体の超龍種が言う。
「倒せなければ、お前のドラゴンファングを喰らい、竜神へ至る」
フレイは剣を構えた。
「ホムラの命令か?」
三体の動きが止まった。
「答えろ」
「我々は、ホムラの意志を実行する器だ」
「なら、ホムラ本人に聞く」
フレイの背後で、ドラゴンファングが黒く輝く。
「俺を逃がさない理由を、本人の口から聞くまで、ここから動かない」
その頃。
西暦三〇〇〇年代の世界に、ひとりの男が再び到達していた。
ウルティノア・アルヴァルト。
最強の現人神。
白い回廊の終端に立ち、彼は人工天体の窓から、静まり返った星々を見つめていた。
そこには、悲しみを削り取られた人類が住んでいる。
争いもない。
飢えもない。
病もない。
だが、誰も未来を望んでいない。
ウルティノアの胸の奥で、ミカエルの残滓が目を覚ました。
――この世界を、完全に管理せよ。
ウルティノアは、目を閉じた。
「それは、救いではない」
彼の手のひらに、白い光が集まる。
「選べない平和は、ただの停止だ」
遠い二〇二〇年代の世界で、フレイが三体の超龍種と対峙する。
三〇〇〇年代の世界で、ウルティノアが再び神の権能を掲げる。
五つの世界は、同時に滅亡へ向かっている。
そして、二人の主人公は、異なる時代で同じ問いに直面していた。
世界を救うとは、世界を一つにすることなのか。
滅びる可能性を奪うことなのか。
それとも、滅びへ進む自由さえも抱えたまま、別の道を探すことなのか。
フレイは、アウトエリアシェンデウスの本拠地へ向かって歩き出した。
背後で、三体の超龍種が翼を広げる。
空間は閉じている。
逃げ道はない。
だからこそ、フレイはドラゴンファングを握り直した。
この世界から出られないなら、出られる世界を自分で作る。
奪われた次元を、喰らい、昇華し、道へ変える。
彼の足元で、五つの世界の影が重なった。
その重なりの中心に、竜の牙が昇る。
やがて、世界そのものを壊す者と、世界を壊さずには救えない者たちの戦いが始まる。
その題名を、フレイはまだ知らない。
だが、世界はすでに叫んでいた。
――Blake the world.




