アウグステン・ファウスト=ニホール・エドワーデン
「不敗の剣聖」オウルドボールの処刑。それは、王国の歴史において最も不可解で、最も卑劣な「演劇」であった。
表舞台で糸を引いていたのは、複数の下級役人や、軍属の下士官出会ったが、その派閥を形成していたのは貴族階級に身を置く魔術師・エドワード。
光の粒から生まれた一族とされる、ファウスト家の末弟である。
彼は、オウルドボールが築き上げた地位と名声を喉から手が出るほど欲していた。
彼には才能があった。光の明滅を得意とし、幻影や撹乱を得意とする一族の魔法。
だがそれだけでは足りない。
生まれの順や、王国への貢献など様々な要素とそれを担うことを証明するだけの実力がいる。
そしてそれを表現する最もわかりやすい形は王国で認められた異名を持つものだけが参画する王国評議会への参加権だ。
しかし、他の評議員たちには、王侯貴族としての格、そして、オウルドボールには実力で遠く及ばない。
そこでエドワードは、禁忌の儀式により「別次元からの超越者」アウグステンを召喚し、契約を結んだのである。
アウグステンは、この世界の理を超越した力を持っていた。
彼の力により、オウルドボールは「国家転覆を企む邪教徒」という偽りの証拠を突きつけられ、さらにアウグステンの精神干渉によって、反論の機会すら奪われたまま処刑台へと送られたのだ。
生きろ、オルガマリー。
そのようなことしか述べられずオウルドボールは死んだ。
オルガマリーは「大罪人の孫」として追われ、辺境へと逃げ延びた。
彼女には依然として剣術の才能も、魔術の才能もない。
オウルドボールの才をかけらも引き継いでいないオルガマリーにエドワードは興味がなかった。
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確かに彼女に祖父のような才はない。
しかし確実に彼女には、祖父から受け継いだ「生存の知恵」と、彼が処刑の直前に彼女の意識へ直接流し込んだ、アウグステンの力の「違和感」に関する記憶であった。
「私は、あいつらを許さない。お爺ちゃんを、あんな穢れた場所で死なせた連中を」
アウグステンに人間であれば致命傷を与えたはずの一撃を浴びせた後、オルガマリーしたのは、徹底した「対・超越者」への研鑽であった。
彼女は知っていた。
アウグステンの力はこの世界の常識を凌駕している。ならば、この世界の常識で戦っても勝機はない。
彼女は祖父が教えた「観察」をさらに深化させ、アウグステンの力がこの世界の理と衝突する際に生じる、「ノイズ」
を捉える修行に没頭した。
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一方、王都ではエドワードがオウルドボールに代わって「王国の守護者」の座に収まっていた。
彼はアウグステンの力を借りて数々の「偽りの奇跡」を演出し、民衆の支持を集めていた。
しかし、その裏ではアウグステンがこの世界の生命力を糧にするための大規模な召喚陣を、エドワードの権力を利用して構築させていたのである。
「まさか、アウグステン様の依代が殺されるとはな」
不死身だと思っていた超越者は、わかりやすい一個体としての強靭さではなく、死と自己の同一性を超越している、という意味合いで不死身であったのだ。
「依代の選定と、その分の魔力が余計に要るな」
しかし、この時に当たってもアウグステンの存在に加護された自分が才のない小娘に危ぶまされることなどないと、エドワードはタカを括っていた。
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数年後、王都に一人の流れ者が現れた。ボロボロの外套に身を包み、顔を深く隠したその人物こそ、成長したオルガマリーであった。
彼女は、エドワードがアウグステンへの「貢ぎ物」として大規模な魔術儀式を執り行う夜を選んだ。
「さあ、偉大なるアウグステン様。この世界の魔力を存分にお受け取りください!」
王宮の祭壇で、エドワードが悦に浸りながら呪文を唱える。
次元の裂け目から、異質な威圧感を放つアウグステンが姿を現した。
その瞬間、祭壇の影から一筋の閃光が走った。
「そこだ、ノイズの源は!」
オルガマリーが放ったのは、魔法ではない。
祖父の遺品である魔導杖に、彼女が旅先で集めた
「世界の理を固定する鉱石」
を加工して取り付けた、物理的な「楔」であった。
彼女はアウグステンの力がこの世界に定着するための「接点」を正確に見抜き、そこへ楔を打ち込んだのである。
アウグステンの存在が揺らぎ、悲鳴のような異音が空間に響き渡った。
「な、何だ!? 誰だ貴様は!」
狼狽するエドワードの前に、オルガマリーが姿を現した。
「エドワード。お前が欲しがった地位は、お爺ちゃんが血と汗で築いたものだ。詐欺師の言葉で汚していいものじゃない」
「黙れ! アウグステン様、この小娘を消してください!」
しかし、アウグステンは動けなかった。
一言として発することさえできなかったのである。
オルガマリーが打ち込んだ楔により、彼の超越的な力は逆流し、自らの存在を崩壊させ始めていた。
オルガマリーは、剣術の才能がないゆえに「当てる」ことではなく「置く」ことに特化した。
アウグステンが動く先に、あらかじめ楔を配置し、彼自身の力で自滅するように仕向けたのである。
「これが、お爺ちゃんが私に遺した『目』の力だ」
それだけではない、古式の大仰な剣舞と魔法的な意味を持つ剣戟。
それらは物理的にノイズを引き起こす超越者のソレを擬似的に再現していた。
フッ___と。
アウグステンは次元の彼方へと霧散し、その余波でエドワードが隠し持っていた「真実を歪める魔道具」も砕け散った。
「なんだこの大掛かりな儀式は?!」
王宮に集まっていた貴族たちの前で、エドワードの醜い本性と、これまでの詐欺的な手口がすべて露呈した。
エドワードは絶叫しながら衛兵に引き立てられ、オウルドボールの汚名は完全に雪がれた。
祭りの喧騒が遠のいた深夜、オルガマリーは王都を見下ろす丘に立っていた。そこには、新しく作り直された祖父の墓があった。
「お爺ちゃん、終わったよ。……でも、師匠としてのあなたは、きっとこう言うよね。『まだ足捌きが甘い』って」
彼女は苦笑し、墓前に自ら焼いた一切れのパンと、旅先で見つけた美しい星型の花を供えた。
師匠としてのオウルドボールは、彼女に「世界の裏側を見る目」を授けた。
祖父としてのオウルドボールは、彼女に「独りでも立ち上がる勇気」を与えた。
オルガマリーは、腰に差した古びた短剣を握り直した。
アウグステンは消えたが、この世界にはまだ、理を乱す歪みが残っている。
『 屈 服 せ よ 。』
巨大な女神像が言った。
『 我らは貴様たち現生人類に代わり、世界を統べるものである 』
辺りを瘴気と毒蛇で満たす、目つきの悪い女が言った。
「見つけたぞ…!『世界』の歪み!!」
彼女はもう、守られるだけの孫娘ではない。祖父が守ろうとしたこの世界を、今度は自分の「生存術」で導いていく、真の継承者となったのである。
夜明けの光が、彼女の歩む道を静かに照らし出していた。
オルガマリーは一度も振り返ることなく、次の冒険へと足を踏み出した。
その背中は、かつての英雄オウルドボールに、どこか似ていた。




