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底辺配信者はお金がない。深層で攻略Wikiを拾ったので、これから金策を始めます  作者: 水一乃


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第5話 あと1回間違えたら、24時間閉鎖します

「ここです」


 ヒナが指先を向けたのは、通路の横にある何の変哲もないただの石壁だった。


 聖が首を捻る。


「ただの壁にしか見えないんだけど……」


 すぐ横に浮かんでいたルナは、壁にレンズを向けたまま何も答えない。


 その場に流れた微妙な空気に、ヒナは一気に焦りだした。


「よく見てください! これですよ! これ!」


 グッと背伸びをして、自分の背丈よりも高い位置を指し示す。


 聖が壁に近づき、ヒナの指先の延長線上に向かって目を凝らす。

 よくよく見れば、壁の上方になにやら鉄の光のようなものが見える。


 ――石と石の隙間。周囲の光を鈍く反射する異質な部分があった。


「……テンキー?」


 およそダンジョンには似つかわしくない機械的なパーツに、聖の思考が止まってしまう。


「やっぱりカメラの異常じゃないみたいね」


 聖の反応を見て、ルナはふらっと空中を漂いテンキーの真正面まで移動した。


「どう見ても普通のテンキー錠……これを押せばいいの?」


 ルナの問いかけに、ヒナは目を輝かせる。


「はい! 番号は889106410です!」


 ルナのアームの先端が割れ、マニピュレーターが現れた。


「いいのか? 任せても」

「いいよ。これが罠でも、最悪ルナが壊れるだけだしね」

「嘘じゃないですよ! 本当です!」


 両手を振り回しながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねるヒナ。


 ブブーッ。


《あと2回です》


 エラー音と共に、無機質な女性の機械音が流れた。


「おいおいおい……間違ってるじゃないか」


 ヒナへ詰め寄る聖。


「あれ? ……おかしいな」


 ヒナは聖の圧から逃れるように、うーんと首をひねる。


 頭を抱えて数秒――何かに気づいたように顔を上げる。


「889724106でした」

「ちょっと、しっかりしてよね」


 ルナが再度番号を入力する。


 ブブーッ。


《あと1回です。もう1度間違えた場合は、24時間完全に閉鎖しますのでご注意ください》


 急速移動でヒナに詰め寄ったルナが、ヒナの裾を掴み取った。


「あんたやっぱり双子の回し者か何かでしょ!」


 マニピュレーターでヒナの服を揺さぶるルナ。


「ち、違いますよぉぉ――」


 目を回しながら必死に抗議するヒナ。が、ハッと目を見開く。


「……お、思い出しました。8931です」

「桁からして違うじゃないの!」


 ルナの抗議とは裏腹に、聖がテンキーを入力し始めた。


「お兄ちゃん! 何でこんな奴の言うこと信じるの!?」


「いや……藁にでもすがる思いで……」


 ルナがピタッと動きを止めた。


 ――グルルルルルッゥゥゥ。


 通路の暗闇から、地を這うような唸り声がした。


 ルナとヒナが恐る恐る、鳴き声の方へゆっくりと視線を向ける。 


 ――ヴォルガドゥグ。


 全身に傷跡まみれの、血だるまのような満身創痍の姿。

 鼻息を荒く吹き鳴らしながら、血走った凶悪な両眼が、聖たちを見下ろしていた。


「足音すら聞こえなかったんだけど……」


 ルナから漏れる消え入りそうな震える声。


「さすがヴォルガドゥグ希少種ですね。気配を消して近づく有用性を学習したみたいです」


 対してヒナは、あっけらかんと呑気に感想を述べる。


 ヴォルガドゥグがすっと、音もなく前脚を上げた。

 頭上の鋭い爪が灯りに反射し、キラリと光る。


 すぐに訪れるであろう死を前に、聖とルナはただ呆然とその爪を見上げていた。


 切っ先が振り下ろされようとした次の瞬間。


 ――ガコン!


 分厚いダンジョンの壁が、隠しドアのように上へスライドして開いた。


「逃げろ!」


 聖の叫びに、ルナはヒナを掴んでいた手を離しドアの奥へと逃げる。


「ほら、わたしの言った通り、ドアはちゃんと開きましたね」


 自慢げに突っ立っているヒナを引っ張り、聖は隠しドアの向こうに滑り込んだ。


 そのままヒナを胸元へ強く抱き込み、硬い石の床へと背中から激しく叩きつけられる。


 ズガァァァン!!!


 衝撃音と共に石畳の床が派手に爆ぜた。


 風圧で舞い上がった土埃が、逃げ込んだ隠し部屋まで勢いよくなだれこむ。


「ヒナ! ドアを閉める方法は?」

「わたしだって人間ですので、一回や二回の間違いはよくあるのです」

「もうそれはいいから!」


 吸い込まれるように、土埃が部屋の外へと引いていく。


 ドシンドシンと音を立てて、ヴォルガドゥグの足音が通り過ぎていく。


 ――ほっと胸をなでおろす聖。


 だが、すぐに目を見開く。


 隠しドアの向こうから、ヴォルガドゥグの目がこちらを覗き込んでいた。


 ヒナを地面に寝かせ、聖は素早く立ち上がり戦闘態勢に入る。


「くそっ! ここまで来て!」


 魔法はもう使えない。

 武器もない。

 残ったのは硬く握りしめられた拳ぐらいだった。


 ――だが、ヴォルガドゥグが部屋の中まで襲ってくることはなかった。


 奇妙なうねり声を残して、すっと、開いたままのドアから引いていった。


 遠ざかっていく重苦しい足音。

 やがて、静寂だけが戻ってきた。


 だが、聖の頭には拭いきれない疑問符が浮かんでいた。


「お兄ちゃん!」


 湧き上がった疑問を思考の隅に押し込み、声の方へ振り向く。


「こ、これは――」


 聖の視界に青白い世界が広がっていた。

 部屋の隅々までが淡い光に満たされている。

 神聖さすら感じさせるその風景に、胸が高鳴っていた。


「この部屋には、モンスターは入ってこれません」


 いつの間にか、ヒナが隣に並んで立っていた。


 聖が部屋の外を一瞥して視線を戻すと、彼女は聖の目を見つめ返し、ふふん、と鼻を鳴らした。


「どんなモンスターでも、です」


 そのあからさまに褒めて欲しそうな振る舞いに、聖の口元が自然と綻んだ。


「そうみたいだ。ありがとな、ヒナ」


 精一杯のやさしさでヒナの頭をなでてやると、ヒナは「えへへ」と嬉しそうに顔を緩めた。


「なんだろう、あれ」


 部屋の中央には、五段ほどの短い階段がついた小さな祭壇があった。

 ルナが高度を上げて、その壇上の中央に移動する。


「こ、これ! お兄ちゃん! きてきて!」


 ルナに促され、石段を上る。


 祭壇の中央。


 聖は息をのんだ。


 金色に装飾が施された宝箱。未踏の地下45階層だからこそ得られる報酬。


 聖の心がこれまでにないぐらい高鳴っていた。


 ハッとスマホの画面を開く。

 

 そこには同接数800を超える数字。そして、目で追うのもやっとなコメントの流れ。


「うそだろ。夢じゃないよな……」


 高まる興奮を必死に抑えようとする中、コツ、コツ、と階段を上る音が聞こえた。

 

 足音が、やけに広く感じる部屋の壁に反響する。


 音のなる方――壇上に姿を現したヒナは、首を不自然に少しだけ傾け、意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。


 ドクン、と急に、言いようのない不安に襲われる聖。

 

 すると、ルナがそんな空気はお構いなしに宝箱を開け、中のものを引っ張り出す。


「うそっ!! これ、『神樹の雫』だよ!」


 声を荒げた瞬間、配信コメントが更に勢いを増して流れだした。


『はあ!? 激レアアイテムやん!!』

『ガチ勢が発狂するやつ』

『底辺が持っていていい代物じゃなくて草』

『ちょ、調べたらまだ5個しか報告されていないんだが???』


 嬉しさのあまり自然とハイタッチをする聖とルナ。


「やった! やったよ! お兄ちゃん!」

「ありがとう! 俺、冒険者続けて本当に良かった!」


 聖はそのままルナを抱きしめようと手を伸ばすが、その際、視界に少女の姿が飛び込んできた。


 ハッとその方を向くと、意味ありげな笑みを浮かべていたはずのヒナが両手を上げながら涙目でこちらを見つめていた。


「わ、わたしのおかげ……」


『【悲報】ヒナちゃん、ガチで仲間外れにされる』

『ハブられててワロタwwwwww』

『女の子放置してイキる底辺配信者の鏡』

『ヴォルガドゥグニキ、こいつらです』


 すぐに聖たちは、ヒナの元へ駆け寄る。


「お前のおかげにきまっているじゃないか!」

「あんたがいなきゃルナはとっくにスクラップよ!」


 聖の手と、ルナのマニピュレーターが雑にごしごしとヒナの頭をさする。


「……ですよね? ですよね!? ふふっ!」


 ヴェールがずれたまま、ヒナは自慢げに両腰に手を置いて胸を張った。

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