第6話 ラスボスすら一撃で倒せる伝説の武器
ルナがアームでちょんちょんと聖をつつく。
目を向けると、折りたたまれているハンドルを指さしていた。
モーターがゆっくりと回転数を落としてゆき、ちょうど聖の胸の中に納まる距離でルナは動きを止める。
「今のうちに充電しておいて」
月乃に促され、聖は胸の中のルナからハンドルを起こし、慣れた手つきで回し始める。
ルナの背中部分に目を落とすと、バッテリー残量を示す三本の目盛り、そのうちの一本だけが規則正しく点滅を繰り返していた。
「――とりあえず安全は確保できた」
壇上に置かれた『神樹の雫』。その横に置いたスマホの画面には、表示されている目標金額の進捗ゲージが順調に上昇していた。
「地下45階層に潜った分の報酬も手に入れた。あとは地下1階層に帰るだけだな」
相槌を打つようにルナが、ピピッ、と今日一番の明るい電子音を鳴らした。
対して、ヒナはあからさまに不満げな表情を見せる。
「もう帰るんですか?」
「いや……帰るだろう。ここにずっといても仕方ないし」
幻想的な空間は、不自然なほどに聖たちの会話を反響させる。
神聖であるがゆえに、生物を拒絶するような冷たい居心地の悪さが漂っていた。
「……そう、ですよね」
ヒナの眉が下がり、寂しげな瞳を見せる。
「お前も帰るだろ?」
聖の一言に、ヒナの動きがぴたっと止まる。
しかしすぐに、消え去りそうな薄い笑みを浮かべた。
「……聖さんが帰るなら、ここにいても仕方がないですし」
聖は、ただ沈黙するしかなかった。
月乃も何も答えない。
どんな言葉をかければ正解なのか、今の聖にはわからない。
――けれど、それでも。
不意に、こちらをじっと見つめる幼い月乃の姿が脳裏に過ぎる。
「一緒に地下1階層に戻ろう」
暗くなっていたヒナの顔がぱぁっと明るくなる。
「一緒にいていいんですか!?」
顔を近づけるヒナに少しひく聖。
「ま、まあ、これで終わりってわけじゃないからな。地下45階層を攻略したわけでもないし。とはいえ、このまま探索続けるのも無理だし」
目を輝かせてこちらをみつめるヒナ。
「一度戻って作戦立て直すのが、いいのかなって」
「そうですかー、そうですよね。これからも冒険は続きますものね」
ルナのゲージが二本目まで回復した。
手を離すと、急速に回転数を上げ、空に浮かび上がる。
「それじゃあ帰る……あっ」
月乃が素っ頓狂な声を上げると、それに追従するように、聖もすぐに問題の正体に気づく。
突然動かなくなった聖とルナに、ヒナは首をかしげた。
「どうしたんですかお二人とも。地下1階層に戻らないのですか?」
「どうやって帰ろう……」
聖がボソッと呟いた。
部屋の外に目をやる。
暗闇で何も見えない。
消え去ったはずの不安が沸々と湧き上がってきた。
誰か視聴者が解決方法を提案してくれていないかとスマホに目を向ける。
『\(^o^)/』
『【速報】チームLUNAR死亡』
『まさかの遭難エンドwwww』
『誰かヒナちゃんだけでも助けてやれよ』
「と、とにかく外の様子見てみる」
ルナがすーっと、外の通路へ出ていく。
――数秒後。
猛スピードで戻ってきた。
「やばいやばい! ヴォルガドゥグ、ここの近くでウロチョロしてるよ!」
「なんで、どこにもいかないんだよ!」
ドンッ!
聖は地面を強く叩いた。
「俺たちを付け狙う理由でもあるのか?」
その激しい勢いで懐が大きく揺れた。その隙間から『魔喚びの玉』がチラリと覗いて見えた。
――静寂。全員が一点を見つめていた。
「それです!!」
「それだーっ!」
間髪入れずに突っ込んできたルナとヒナを、聖は手を前にかざして必死に制止する。
「……言いたいことはわかる。そこで妙案。これを遠くに投げて、その隙に全力ダッシュで逃げるってのはどうだろう」
「すぐに追いつかれるよ!」
一瞬で、月乃に却下された。
「二人とも落ち着いてください! ふざけている場合じゃないですよ!」
ルナがヒナへ向かって空中をゆらゆらと漂いながら近づく。
「あんたにだけは言われたくないわよ! 今の状況わかってないの!? バカなの!?」
「騒いだって仕方ないじゃないですか! あとバカって言うのやめてください!」
「バカ!! 真面目に考えろって言ってるの!」
目の前で始まった喧しい言い争いをよそに、聖は思考する。
双子が待機している、転送エレベーター。
そこに戻るまでには、最低でも外に居座るヴォルガドゥグと交戦する必要がある。
聖は、自分の手持ち無沙汰な手のひらを見つめた。
「せめて銅の剣が無事だったら……」
空の拳を強く握りしめる。
当然ながら、何の感触もない。
「武器が欲しいんですか?」
ルナのアームに絡みつかれながら、ヒナが聞いてきた。
「ん? あんた、もしかして――」
何かに気付いたのか、ルナがすっとアームを引っ込め、ヒナの頭の上に着地する。
「――あるのか!? 武器が!!」
興奮した聖は、勢いよくヒナの肩を掴んで揺さぶった。
「目が回ります……」
「お兄ちゃん、落ち着いて!」
「悪い。つい……」
ハッと我に返り、急いで手を離す聖。
するとヒナは、ふふん、と聖を見下ろすように胸に手を当て、精一杯に顎を上げた。
「悩める聖さんのために、お教えしましょう。地下45階層に隠された、このダンジョン最大の秘宝を!」
◇◇◇
聖は遠くの通路を目掛けて、『魔喚びの玉』を思いきり投げつけた。
ズガガガガガッ!!!
その匂いに反応したヴォルガドゥグが、飛んでいく玉を追いかけて、猛烈な勢いで走り去っていく。
扉の片隅から外を覗いていた聖は、その巨体が完全に視界から消え去ったのを見届け、音を立てずに部屋の外へと這い出た。
「よし、大丈夫だ」
『神樹の雫』を懐に押し込み、スマホをポケットへ落とす。
聖の合図で、ヒナとルナも外へ出る。
遠くの方で、ヴォルガドゥグが荒れ狂う重低音が鼓膜を震わせた。
「作戦通り、時間は稼げたみたいだな」
ヒナが小さく頷き、ルナはアームを伸ばして〇の形を作る。
「それでは、次の行動に移りましょう」
ヒナのその掛け声と同時に、聖は彼女の身体を引き寄せ、お姫様抱っこで抱え上げた。
「この先の通路のど真ん中に宝箱があります」
「了解。急ぐから舌かむなよ」
ヒナが、聖の服の胸元をぎゅっとつかむ。
その小さな感触を合図に、聖は目的地へ向けて全速力で駆け出した。
◇◇◇
――さすがに、ヒナを抱いての全力疾走は息が上がる。
息を激しく荒げる聖を見て、ヒナが申し訳なさそうな顔になった。
「すみません、わたしの運動神経がないばっかりに」
「ハァ、ハァ……気にするなって。みんなで、決めたことだろ?」
「でも――あ、見えました!」
ヒナが指さすその先。
言っていたとおり、暗い通路のど真ん中に、宝箱が無造作に置かれていた。
「うぉぉぉっ! あと少しぃ―ッ!」
爆発しそうな心臓を叱咤し、聖は何とか宝箱の前まで全力で走り切った。
ヒナを地面へ降ろし、聖は両膝に手をついて全力で空気を体に吸い込む。
「この宝箱で間違いないです」
「じゃあ、次ね」
ヒナとルナの視線が、一斉に聖に向く。
聖は肩を大きく上下させながら、視線だけを弱々しく返す。
だが、期待に輝く二人の視線に、聖は抗うことができず、荒い息を漏らしながら、無言で宝箱の前に立った。
「聖さん、用意はいいですか?」
息を切らせたまま、聖は首を縦に振って、合図を送る。
「では、宝箱を正面に左を向いてください」
指示通り左を向く聖。
「四歩前に歩いてください」
四歩前に歩く。
「次に――」
「ちょっとストッップ!」
「なんで止めるんですかー!?」
ルナがカメラレンズをぎゅいぎゅいと激しく前後に伸縮させる。
「……今更だけど、本当に信用していいのよね?」
ヒナはわかりやすく両頬を膨らませてムッとした。
「もちろんですぅ!! どうして今更疑うんですかぁ!?」
「だって、あんた番号のとき、間違えたじゃん」
ヒナがうっとひるんだ。
「今度は、間違えませんよ! ………たぶん」
明らかに声のトーンを落としながら、ヒナはさっと顔をそむけた。
「ほらぁ!! やっぱり怪しい――」
突然、ピタリとルナの動きが止まった。
月乃の言葉が途切れ、不穏な静寂が落ちる。
それと対照的に、ルナのボディに備え付けられたランプが、赤色で激しく点滅を繰り返し始めた。
「やばいよ……あいつ、戻ってきてる」
ズゥン……ズゥン……。
通路の奥から、足音の残響がたしかに近づいてきていた。
聖がヒナの顔を必死に見つめる。
「続きをたのむ!」
「次は右を向いて十歩です」
心臓を激しく脈打たせながら、聖は猛スピードで十歩をカウントした。
ヒナの指示通りの場所にたどり着いた。
だが、周囲をぐるりと見渡しても、壁にも、空間にも、踏み抜いた足元にも、何も変化は起こらない。
「聖さん。ついに……最終段階に入りました」
意味ありげな表情で、ヒナが聖の正面に立った。
緊迫した雰囲気を醸し出しながら、ピンと全身を硬直させる。
そして、体全体を使って、綺麗な斜めの一本線を作り出した。
「へ?」
あまりにも唐突でシュールなポージングに、聖は抜けた声を漏らすしかなかった。
「へ? じゃなくて! 聖さんも、はい!」
切羽詰まった声に押され、ヒナと同じ斜めのポーズを構える。
それを見て、ヒナは満足げにコクコクと頷いた。
「次に、その場で弾むように足で小刻みにステップ――右、左、右、左」
「ちょっと待て!」
思わず手を前に出して制止した。
「こらーっ! やる気あるんですか聖さん! はい最初から!」
「……確認させてくれ」
両腕を腰に当ててぷんぷん怒るヒナを見つめながら、聖はごくりと生唾を飲み込んだ。
「もしかして……俺は今、ダンスを踊らされているのか?」
「もちろん!」
……ヴォルガドゥグの足音が迫る。
ふと視界の奥に目をやると、もの凄い土煙でモクモクと濁り始めていた。
ルナがカメラレンズをそちらに向けたまま、緊迫した音声をスピーカーから響かせる。
「来てるよ! ヴォルガドゥグ!! あと三十秒!」
ちらりとヒナを見る。
彼女の瞳はどこまでも真剣だった。
聖はきつく目をつぶり、天を仰いだ。
「やるんですか!? やる気がないのなら、帰ってください!」
まるで居残り生徒に説教するような雰囲気のヒナ。
明らかに、この命がけの状況と合っていない反応。
だが――しかし――。
「ぐぅぅぅ……っ!!」
一秒間が永遠にも思える葛藤の末、聖は答えにたどり着いた。
「続きを教えてください! 先生!」
「よく言いました! ……先生?」
ヒナが首をかしげる。
だが、そんな彼女の遥か背後、通路の奥の土煙の中に、米粒ほどの大きさだが、確実にこちらへ爆走してくるヴォルガドゥグの凶悪なシルエットが見え始めた。
「ヒナ先生! 教えてくれ! 早く! 頼む!」
「わ、わかりましたっ。では、次に腕を胸の上まであげて――」
「もう時間ないよ! まだなのお兄ちゃ――」
しびれを切らしたルナが振り返る。
そこには、聖とヒナが真剣な顔で向かい合い、不器用なステップを必死に合わせている光景。
「うわ――っ!! 戦う気無くしてる――っ!!」
『ちょ!? 何してんのこんな状況で!!』
『グロ配信確定。俺は抜けます』
『待て! 宝箱が光っているぞ!?』
コメント欄の悲鳴は、聖にも月乃にも届いていない。
「最後に、決め顔でポーズです!」
ヒナの掛け声とともに、両腕を大きく広げ、ピタッと静止する二人。
直後、ヴォルガドゥグの巨大な影がすぐ傍まで迫り、凶悪な爪を振り上げる。
「終わった――死のう」
月乃が諦めの言葉を漏らし、ルナがふらふらと地面に不時着した。
――その瞬間、宝箱が光を放ちだした。
まばゆすぎる光にヴォルガドゥグが目を焼き、動揺して急停止する。
光が静かに解け、その真の姿が露わになった。
鍛え上げられた黒鉄の刃は、薄暗いダンジョンの中で鈍い光を放つ。
ヒナが自慢げに手を広げる。
「そう、これこそが、このダンジョンのラスボスすら一撃で倒せる伝説の武器――」
漆黒の柄には、青く輝く「100」の数字がデジタル表示されている。
「『チェーンソー』です!!!」




