第22話 「俺は勝てないと思う」
男は地面を抉るように大剣を突き刺し、身をかがめ、重心を低く落としていた。
大剣から地面へ吐き出されていた青い雷撃が、次第にパチパチと音を立てて収まっていく。
完全に消えるよりも早く、男はすっと立ち上がった。
正面に佇むのは、全高三メートルを超える虹色の魔物、メタリオン。
男は一瞬で敵を見定めると、背後の満身創痍の二人へと視線を移し、静かに呟いた。
「なるほど、どうやら紙一重――間に合ったようだ」
目まぐるしく入れ替わる冒険者ランキングにおいて、不動の一位に君臨する――チーム『クロノス』。
唯一無二のソロプレイヤー。
黒乃彗。
威風堂々としたその背中に、聖は不敵な笑みを浮かべた。
「待ってたぜ……クロノス!」
◇
一時間前。
地下1階層は、聖の緊急クエスト受諾の宣言と一億円超の物資の調達のため、みちる率いるDRAの職員たちが慌ただしく動き回っていた。
他の冒険者たちは哀れみと悔しさを混ぜ合わせたような視線で、遠巻きに聖たちを見つめている。
「どうしたんですか? 改めて三人だけで話したいって」
喧騒から離れた場所で、聖とヒナ、そしてルナは円陣を組むように集まっていた。
「お前たちだけに言っておきたいことがある」
聖の真剣な表情に、ルナのスピーカー越しに月乃が息を呑む声が聞こえた。
「これから戦うメタリオンなんだが……俺は勝てないと思う」
ガンッ! と間髪入れず、ルナが聖の顎下を狙って体当たりを喰らわせた。
「痛っ――何すんだよ!」
「真面目な顔して何言ってんのよ! そんなのみんな知ってるわよ!」
周囲の冒険者たちが不審そうにヒソヒソと話し始める。
気を取り直した聖は、さらに顔をヒナとルナへ近づけた。
「話を最後まで聞いてくれ。俺は負けるつもりも、一か八かで地下45階層に行く気も無い」
ヒナがパッと目を輝かせる。
「必勝の作戦があるのですね!」
「必勝は言い過ぎだな。まあ、良くて五割……かも」
ルナがくるりと向きを変え、そのまま去ろうとした。
「二人分のお墓、見積もってこようっと」
「待て待て待て!」
急いで捕まえ、無理やりカメラを自分に向けさせる聖。
ルナのスピーカーから、グッと涙を啜るような声。
「五割は一か八かと変わらない!」
「だから最後まで聞けって!」
強引に引き留められ、観念したようにルナの動きが止まる。
「いいか。この作戦の要はお前たちだ。お前たちの返答次第で確率は100パーセントに近づく」
「……何よ。作戦って」
「お前、アナスタシアと友達だよな?」
「え? アナスタシアって、クロノスのドローンの?」
「そう! 午前中に、お前たち二人で遊びに行ったよな」
「遊びって……ちょっとその辺飛びながらおしゃべりしただけだけど」
「その時、連絡先の交換したって言ってたよな?」
「えええ? したけど。何? もしかしてアナに助けを求めるの?」
「そう! アナスタシア――というか、黒乃彗に助けを頼むんだよ!」
絶句する月乃。
やがて、歯切れ悪く口を開いた。
「言いたいことはわかったよ。……アナのことだから二つ返事で助けてくれそうだけど」
渋い反応に、聖は顔を歪める。
「何だよ。お兄ちゃんの完璧な作戦になんか文句ありそうだな」
「文句って言うか……チーム『クロノス』は今、裏44階層にいるんだよ? 助けに応じたとして、地下1階層まで戻ってそこから地下45階層に行くんでしょ? それを待っていたら双子は保たないって言うか」
沈黙。
だが聖はすぐにニヤリと笑うと、ヒナの両肩に手を置いた。
ビクンと肩を跳ねさせるヒナ。
「な、ななな、何ですか急に」
聖はルナに向かって、ヒナの身体を軽く押し出した。
「そう。普通なら間に合わない。けれど俺たちにはヒナがいる」
首をかしげるヒナ。
だが、月乃が何かに気づいたのか、ルナの機体が小さく跳ねた。
「ヒナ。質問なんだが」
「何ですか?」
「お前は『ニュールート』のことなら何でも知ってるんだよな?」
「ふふん。今更ですね。もちろん全て知ってますよ」
「だったら、裏44階層から地下45階層にショートカットする方法も知ってるよな?」
聖の問いに、ヒナは目を閉じて考え込んだ。
沈黙が続く。
耐えきれなくなった月乃が、口を開く。
「……やっぱり、そう都合よくいかないよ」
聖ががっくりと肩を落とした。
「ダメか……。いい考えだと思ったんだが」
「いくらヒナでも、そんな都合の良い――」
「ありますよ! 普通の人なら不可能かもしれないですが、黒乃さんならやってくれます!」
聖の目が見開かれ、ルナがビクッと動く。
「裏44階層から直接地下45階層に行く道」
にこりと微笑むヒナ。
「なんて、ご都合主義……」
月乃が呆れた声を出した。
「本当ですよ! 嘘じゃないですよ!」
ぷんぷん怒るヒナの頭に、宥めるようにポンと手を置く聖。
「これで条件は揃った。この緊急クエスト、いけるぞ――黒乃が来るまで生き延びられたらだけど」
聖の確信に満ちた宣言に、ヒナとルナはポカンと顔を見合わせるのだった。
◇
アナスタシアが一目散にルナへ近づいていく。
「半日ぶりですわねルナさん。まあ、月乃さんとはずっとお話ししていたのですけど」
「お話っていうか、アナが一方的に喋っていただけな気がするけど」
じりじりと距離を取るルナに、何故か興奮気味のアナスタシア。
「まあ、照れちゃって! お可愛らしい!」
じゃれ合うドローン同士を、エルは呆然と見上げていた。
「何この状況……ていうか、何で第一位がこんな所に」
頭を抱えるエル。
「いやいや、そもそもどうやってここに――ああ! もう! わけわかんない!」
パニックになる彼女に、聖がニヤリと笑いかけた。
「時間稼ぎさ」
不思議そうに見上げるエル。
「最初から底辺の俺じゃあ、あの虹色の化け物に勝てるとは思っていなかった」
メタリオンの攻撃を軽々と捌く黒乃に視線を向けた。
「だから、黒乃彗を頼った。『困ったことがあったら遠慮なく声をかけてくれ』って言われてたしな」
「そんな……本当に第一位が助けてくれる保証なんて、どこにもないのに」
「助けるさ。黒乃彗が不動の第一位なら、絶対に助けにくる」
聖は黒乃と交わした握手の手を見つめた。
「未踏の階層に未知の敵。他人に先を越されるなんて、許せるわけがない。どんなことがあろうとも、絶対に来る」
グッと拳を握りしめた。
そして、再びエルを見つめる。
「後は待つだけだ。正直、ギリギリで焦ったけど」
はにかむ聖。
「これが、プランA――」
「ちょっと待って。第一位は……チーム『クロノス』は地下44階層の隠しフロアに行っていたはずでしょう? なんで天井から……」
ひゅうう、と飛んできたルナがエルにスピーカーを向け、月乃の声を届ける。
「大変だったんだから。アナスタシアにナビしながら、ルナを操縦するの」
エルが目を見開いた。
「嘘でしょ……昨日に比べて全然しゃべらないと思ってたけど、そんな、同時に」
「しかもヒナのナビが絶妙に分かりづらくてさぁ。こっちはずっと通訳している気分よ」
事も無げに語る月乃に、エルは引きつった笑いを零していた。
〈わたしも、裏44階層の説明と、聖さんの案内、同時にしていましたよ!〉
対抗するかのように主張するヒナ。
「はいはい。わかったわかった。ヒナのおかげだ」
聖が適当にあしらうと、イヤホンから嬉しそうな声が返ってきた。
〈んふー。もっと褒めてください〉
――と、突然エルが腹を抱えて大笑いを始めた。
「アハハハハ――!」
絶望に沈んでいたのが嘘のように、エルは涙を拭い、立ち上がって聖を見据えた。
聖は一瞬、その足元に目を落とした。
「立てるようになったのか」
エルが小さく笑う。
「負けた」
その一言に、聖とルナは顔を見合わせた。
「どうやって第一位が裏44階層からここに降りられたのかとか、聞きたいことは山ほどあるけど、全部聖の思惑通りだったんだよね」
目を細め、悪戯な視線を向けてくるエル。
「まあ、そういうことだ。悪かったな、騙すようなことしてしまって。でも、全力で戦っていたのは本当で、逃げられるものならみちるさんと一緒に――」
「いいよ」
エルは小走りで近寄ると、ぎゅっと聖の腕に抱きついた。
「何やってんのよ!!??」
〈あれ? お二人はそんなに仲良しでしたっけ?〉
月乃が叫び、ヒナが不思議そうに呟いた。
「私を落としたんだから、覚悟しなきゃね」
にんまりと口角を上げ、至近距離で聖を見上げるエル。
「何の話だよ!? てか、ルナが……配信中!」
エルがカメラ目線で悪びれずに微笑む。
「ごめんね。ファンのみんな。ずっと、我慢していたけど……私、もう自分の気持ちに嘘つけなくなっちゃった」
『死死死死』
『みんな竹やりは持ったか?』
『討伐対象はチームLUNAR! 聖だ!』
『LUNAR』の配信を見ていた『白き双翼』のファンたちから、殺意に満ちたコメントが殺到し始める。
「わわわ――。どうすんの!? お兄ちゃんのせいで配信が荒れちゃったじゃない!」
「え? これ、俺のせいなのか!?」
〈大変です! 地下1階層で配信を見ている皆さんも、聖さんへ猛ブーイングを始めました!〉
「そっちまで!?」
聖が腕にまとわりつくエルを、引きつった顔で見下ろした。
エルはどこ吹く風で、ドヤ顔で見つめ返してくる。
「私の人気、凄いでしょ?」
聖は諦めたように苦笑いし、深々と息を吐き出した。
「……そうだな。第三位の恐ろしさが身に染みたよ」
「てへ☆」
ぺろりと舌を出すエル。
「ちょっと、皆さま」
アナスタシアが声を張り上げた。
全員がきょとんとアナを見つめる。
「なんだか戦いが終わったかのような空気感ですが、ここで一旦、私の主人を見てやってください」
促されるまま、全員の視線が黒乃彗へと向かう。
伸ばした腕を鞭のように高速で連打してくるメタリオン。
それを黒乃は無言のまま、大剣一本で軽々と捌き続けていた。
「主人は聞こえていないようで、皆様の会話をちゃんと聞いている根暗野郎ですので……一人寂しく敵と戦う後ろ姿に、サポートドローンとして私、悲しくなってしまって」
およよ、とどこから取り出したのか分からないハンカチで、自身のカメラ周りを拭い始めるアナスタシア。
「聖くん!!」
直後、黒乃が大声を張り上げた。
「は、はいっ!」
ビクッと背筋を伸ばす聖。
エルが慌てて身体を離す。
「――そろそろ、こいつを倒してもいいかな?」
振り返りもせず、背中で語る黒乃。
「……お願いします」
申し訳なさそうに、小声で答える聖。
エルもルナも、気まずそうに聖から距離を取った。




