第21話 一億円のバフで、ガチのタイマン
聖はすぐさま立ち上がり、メタリオンを見据える。
〈みちるさんも、アルさんも無事帰ってきました!〉
耳元のヒナの声にホッとする。
しかし、こちらは絶望的な状況。
どこかあざ笑うような余裕が、メタリオンから垣間見えた。
――こっちの状況はお見通しってところか。
聖は振り返り、エルに手を差し伸べる。
「立てるか?」
エルは潤んだ瞳で見上げた後、弱々しく首を横に振った。
「……だめ」
地面に両掌を当て、力を込める様子のエルだが、身体が震えるだけで立ち上がれない。
「体は回復しているはずなのに、なんでっ……」
エルはぐっと顎を上げ、真っ暗闇の天井を見つめていた。
「情けないな。第三位になったのに。こんな姿配信されたら……また昔に逆戻りだ」
頭上に浮かぶルナが、静かにこちらを映し続けていた。
聖は、自身の背中でエルを隠すように、彼女の前でしゃがみこんだ。
「泣くなよ」
真っ直ぐにエルを見つめて言い放った。
「無理だよ――こんな状況で平然としていられる方がおかしいよ」
背後のメタリオンは未だ動く気配がない。
しかし、その余裕こそが、聖とエルへの勝利宣言のように思えた。
「なんで私を置いて逃げなかったんだよ。そうすれば……みっともない姿、見られずに済んだのに」
エルが聖を睨みつける。
睨まなければ、崩れてしまうとでもいうように。
「囮にしたんだよ? 命がけで手に入れた素材も横から奪ったんだよ? 私のことなんか嫌いなはずなのに、なんでっ――!」
「お前は第三位なんだ」
聖の言葉に、エルはきょとんとする。
「俺を囮にして、必死で手に入れた黒獣石を横から奪って、さも自分の成果のように配信して……せこくて、卑怯で、それでも人気なエルとアルだ」
聖が困ったように、けれど優しく笑った。
「『白き双翼』が、泣いている姿を見せちゃいけない」
聖は立ち上がり、メタリオンへと振り返る。
「悪いな怪物。こっから先はガチのタイマンだ」
一歩、力強く前へと出る。
その動きに呼応するように、メタリオンもまた、一歩聖へと近づく。
「聖――っ!!」
背中からエルの叫び声。
聖はメタリオンを睨み据えたまま、エルに答える。
「言っとくけどなぁ、俺はお前たちにムカついてるんだぜ。こっちはかわいい妹がいるってのに……死んだら誰が面倒見るってんだよ」
アームレットで強化アンプルを次々と呼び出しては首筋へ打ち込み、空瓶を放り捨てながらメタリオンへ迫る。
「地下1階層へ戻ったら、二人そろってきっちり謝罪してもらうぜ」
足を止めた。
互いに手の届く距離でにらみ合う聖とメタリオン。
聖は、最後のアンプルを打ち、空瓶を宙へと投げ捨てる。
「ギィアァ――ッ」
虹色に輝くメタリオンが、言葉を模すように奇妙な音を鳴らした。
「ランキング外だからって舐めるなよ。こっちは一億円のバフかかってんだぞ」
メタリオンの虹彩が、にやり、と笑ったような気がした。
カラン――。
アンプルの空瓶が地面へ落ちた。
バシュン!!
聖の光の剣と硬質化したメタリオンの腕が交わった。
高速で腕を四方八方から振るうメタリオン。
その全てを聖は剣で受けきる。
「ハハハ――ッ」
笑い声のような音を漏らすメタリオンが、もう片方の腕も硬質化し、聖へと切りかかる。
「インチキだろっ!!」
聖は叫び声を上げ、両腕を大振りに薙ぎ払う。
その大振りが隙を生んだ。
それを待っていたかのように、メタリオンが両肩から剣を生やし、聖へと襲いかかる。
だが、聖の反応も早い。即座にアームレットでハンドガンを出現させ、至近距離でメタリオンの虹彩を撃ち抜く。
「ガ――ッ!!??」
怯むメタリオン。
「インチキはお互い様だ!!」
撃ち尽くすと同時にカートリッジを呼び出し、一瞬で装填を完了させる。
増やした腕を振り下ろそうとするメタリオン。そうはさせまいと、聖は間髪入れずに弾丸を叩き込み続けた。
みるみるうちに敵の虹彩が弾け飛び、体勢が大きく崩れる。
後ずさりする相手を逃がすまいと、聖は確実に一歩を詰めながら銃弾を止めない。
間近で無数の銃弾を浴び、ついにメタリオンの虹彩は跡形もなく吹き飛んだ。
カチリ。
弾切れの音が響く。
「あからさまなんだよ、弱点ってなっ!」
聖はハンドガンを投げ捨てると、光の剣の刃を巨大化させ上段に構える。
「これでトドメだっ!」
力一杯に振り下ろす。
が、その瞬間、メタリオンの腹部に新たな虹彩が現れた。
「何――っ!?」
振り下ろした勢いは止められない。
直後、視界を塗りつぶすほどの閃光が炸裂した。
至近距離での激しい光芒。
聖の姿は完全に光の渦へと吞み込まれる。
数秒間にも及ぶ光の奔流。
光が収まったとき、聖の身は跡形もなく消え去ったかのように思えた。
「ギ――!!??」
メタリオンの虹彩が困惑に歪む。
聖は光の剣を傘状に広げ、至近距離の攻撃を完全に防ぎ切っていた。
メタリオンが、即座に後ろへ飛び退こうと足に力を込める。
「お互い様って言ったよなぁ!!」
聖の腕に構えられた対魔獣携行魔導砲。
躊躇なくトリガーを引く。
至近距離で炸裂した最後の爆裂魔法弾が、メタリオンの身体を木っ端みじんに吹き飛ばした。
爆風で吹き飛ばされ、背中を叩きつけられる聖。それでも視線だけは決して敵から逸らさない。
四散した破片が激しく燃え上がる。
再起の気配はない。
「やった!」
聖が手を離すと、魔導砲が消えた。
震える足に鞭打つように、よろよろと立ち上がる。
黒煙を上げる敵の残骸を見下ろし、歓喜の声を張り上げた。
「どうだ! 俺たちの勝――」
言葉が、途中で凍りついた。
揺らぐ煙の奥。
地面を這うスライムたちの残骸が、蠢きながら一点へと集結していた。
そこに佇むのは、一回り小さな、しかし傷一つない人型のメタリオンだった。
集まった残骸が頭部を形作った瞬間、ぎょろりと新たな虹彩が開き、まっすぐに聖を見据えた。
「……嘘だろ」
復活したメタリオンが、すっと指をさす。
その先。
狙いは聖ではない。
後方に座り込むエル。
「こっの野郎!!!」
聖は軋む足に無理やり力を込め、地を蹴った。
強化アンプルによる脚力で一瞬にしてエルの前へ着地し、メタリオンへ向けて剣を構え直す。
容赦なく放たれる細い光芒。聖ごとエルを貫かんとするそれを、光の剣で弾き返す。
「くっそぉぉぉぉぉ!」
剣を振るう聖の背後で、エルが必死に立ち上がろうとしていた。
「なんで! なんでっ! 動かないの!」
エルが俯いた先の地面が、ぽつぽつと涙で濡れる。
「動ければっ! 一緒に戦えば! 勝てるかもしれないのにっ!」
悲痛な叫び。それでも身体は動けない。
パリン、と乾いた音が響いた。
光芒を弾き返した瞬間、聖の握る柄が粉々に砕け散る。
目を見開く二人。
その惨状を見届け、メタリオンは静かに腕を下ろした。
「聖っ! 他! 他はないの!?」
「――悪い。これで本当に弾切れだ」
「そんな――」
聖の引き笑いに、エルは思い切り地面を叩いた。
「ここまできてっ――!」
メタリオンがゆっくりと歩み寄ってくる。
主人を追うように、ぬるぬると地を這う虹色のスライムたち。
その絶望的な光景に、エルの膝から完全に力が抜けた。
「……負けるなんて」
歯を食いしばり、悔しさに拳を握りしめるエル。
メタリオンは後方のスライムを取り込みながら巨大化し、全高三メートルほどに膨れ上がったところで腕を振り上げた。
巨大な剣を模した腕。
五メートルはあろうかという刃。
振り下ろされれば、二人は一撃で両断される。
「動け! 動いてよ!」
震える足を踏ん張り、どうにか立ち上がろうとするエル。
メタリオンの腕が振り下ろされる。
その刹那。
〈聖さん! 上に注意してください!〉
聖の耳元で響くヒナの声。
ピシッ――。
頭上から不穏な亀裂が響いた。
「お兄ちゃん、間に合ったよ!!」
空中に浮かぶルナから月乃の声が響き渡る。
天井を見上げる聖は、不敵に口角をつり上げた。
困惑するエルの視線に、聖は笑みのまま応える。
「安心しろ。この勝負――」
バキィィン――!
巨大な広間全体を揺るがす破裂音。
メタリオンも振り上げた腕を止め、虹彩を天井へと向ける。
闇に沈んだ天井。
その暗闇に無数の亀裂が走っていた。
それはしだいに大きくなり、耐え切れなくなった空間が、ガラスのように弾け飛んだ。
割れた空間の向こうから、何かが降ってくる。
巨大な剣を地面に突きたてる構えのまま、ドスンと轟音と土埃を巻き上げて舞い降りた。
遅れて天井から、小さな影がもう一つ飛来する。
聖とエルの前に降り立った浮遊物――ドローンがカメラを向けた。
「おまたせしましたチーム『LUNAR』さまっ!」
その場の重苦しい空気を台無しにするほど甲高い声で口早に捲し立てる。
「親友の願いにこたえまして、チーム『クロノス』、助太刀に参りましたわっ!」




