第20話 「前金五十万しかもらっていないのよ!」
「受付嬢……なの?」
突然現れたみちるに、エルは困惑した顔を向ける。
続けて、答えを求めるように聖へ視線を移した。
「ああ、アームレットで呼び出した」
アームレットの光がゆっくりと消えていく。
みちるはすぐに立ち上がり、聖へと詰め寄った。
「い、いきなり呼び出さないでよ!」
聖が半歩引き下がる。
「えええ……そんな余裕ないの、配信見ていたらわかるでしょ」
「わかるけど! それでも合図ぐらい送って欲しかった!」
眩い閃光。
メタリオンの光芒が聖たちに襲い掛かる。
ドゴォォォン!!!
爆音と衝撃が三人を包み込んだ。
「ひぃぃぃぃ!!」
みちるが咄嗟に、腕で頭を覆って身を縮めた。
魔法障壁がバリバリと火花を散らし、迫る光芒を削り取っていく。
「ちょっと、どういうことか私にも説明してよ」
地面に座り込んだままのエルが、見上げて聞いてきた。
聖は即座に、平然と答える。
「脱出のためだよ。みちるさんは転送魔法を使えるだろ? だから、マジックコンテナで待機してもらった――」
スッとエルから視線を逸らし、明後日の方向に向かって口を開いた。
「百万で」
「……百万て」
エルが呆れた視線で、身を縮めるみちるを見つめる。
その視線に気づいたみちるが、ハッとして勢いよく立ち上がった。
「ちょっと! 配信中に何口にしてんのよ!」
再び詰め寄るみちるに、聖は咄嗟に上半身を反らした。
「いや、事実だろ。最初は五百万じゃないと動かない――」
「わーわーわー! 何言ってるんだろこの冒険者! メタリオンの瘴気に頭がやられたのかなぁ!?」
『受付嬢、買収されてて草』
『百万で動くDRA職員』
『これ普通に懲戒案件だろ』
『みちる先輩、見てますよ。がんばってwww』
大きく両手を振って、ごまかそうとするみちる。
すると、今まで上方で浮かんでいたルナが、聖に詰め寄るように急接近してきた。
「五百万って! どういうこと!?」
ルナから流れるのは月乃の叫び声だった。
「つ、月乃……大丈夫なのか?」
「まだ大丈夫じゃない! それよりも、詐欺師に五百万ってどういうこと!?」
「誰が詐欺師だ!」
みちるのツッコミを無視して、月乃がまくし立てる。
「何で私にくれた百万よりも多いのよ!」
「そこかよ……つか、交渉して百万に下げてもらったから」
「そういう問題じゃない!」
〈聖さん、聖さん。歓談中ですけど、メタリオンが動き出しましたよ〉
イヤホンからヒナの警告が届く。
聖は詰め寄るルナを引き離し、メタリオンの方へと向き直った。
立ちこめる炎と、激しく舞い上がる煙の奥から、ゆっくりとメタリオンが姿を現す。
その身体には、先ほどの猛攻によるダメージが一切見られなかった。
「とにかく――帰ったらじっくり言い訳聞かせてもらうからね!」
ルナが再び高度を上げる。
「ど、どどどどうするのよ、あれ!」
生のメタリオンを目の当たりにしたためか、みちるの声は恐怖で激しく震えていた。
「みちるさんは急いで転送魔法を展開してくれ」
「襲ってきたらどうするのよ!?」
シュン――。
空気を切る音がした。
パシュン!
自動で展開した魔法障壁が、糸のように細い光芒を弾き飛ばした。
メタリオンが、人差し指を模した一本を向けている。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと、こちらとの距離を縮めてくる。
――どこまでも人に似せるんだな。
聖がそう思った瞬間。
シュンシュンシュン――!
無数の細い光芒が、立て続けに放たれた。
自動魔法障壁発生装置が、これまでにないほど激しい駆動音を上げる。
パシュン! パシュン! パシュン!
次々と光の障壁が展開され、光芒を弾き続けた。
「ああっ! もうっ!」
みちるは観念したように、地面へ片手をついた。
その身体を中心に、直径四メートルほどの魔法陣が展開される。
魔力を練るみちるを間近で見ながら、エルが問いかけた。
「なんで、そこまでして助けてくれるの?」
みちるは視線を動かさないまま答えた。
「前金五十万しかもらっていないのよ! 死んだら残りがもらえないでしょ!」
「……」
きょとんとするエル。
しばらくして、肩を震わせて、吹き出した。
「アハ――あなた、面白い人だったのね」
「うるさい! 気が散るから話しかけないで!」
聖は二人を守るように、一歩前へ出た。
「――ッ!?」
腹に、妙な違和感が走った。
直後。
パシン! パシン!
聖の背後で、何かが地面を穿つ音が弾ける。
「何やってるのよ!」
みちるの声に、聖は咄嗟に振り返った。
二人の周囲の地面に、小さな穴がいくつも開いている。
そこから細い土煙が上がっていた。
「……?」
聖は自分の腹に手を当てる。
ねちょり。
生温かい感触。
掌が、真っ赤に染まっていた。
「な――」
気づけば、背中の発生装置が異音を上げていた。
「限界なんだよ! 試作品だから!」
エルの叫びに、状況を悟る聖。
こちらの窮地などお構いなしに、メタリオンは光芒を乱射し続ける。
パシン、パシンと聖たちの脇をかいくぐり、その一発が――シュン、と未だ目を覚まさないアルの太ももを撃ち抜いた。
小さな光芒ゆえに致命傷こそ免れたものの、アルの足から赤い血が溢れ出していく。
「底辺っ! アルが!」
エルの悲鳴のような叫びに、聖は背負っていた発生装置を投げ捨てる。
代わりにアームレットで柄を呼び出し、メタリオンへ向ける。
鈍く広がっていく腹の熱に耐えながら、出現した光の剣を鋭く構えた。
「みちるさん! 急いでくれ!」
剣でメタリオンの光芒をはじき出す聖。
キィン、キィン、キィン――。
目で追うのがやっとの光芒を、強化された動体視力と反射神経だけで弾き続ける。
その間も、ジリジリとメタリオンは距離を詰めてくる。
「埒が明かない!」
聖は両手で握っていた柄を片手に持ち替え、空いた右手に最後の弾倉を込めた自動小銃を出現させ、メタリオンへ向ける。
「お釣りは無しだ! 全部受け取れ!!」
秒間十発の火炎魔法弾がメタリオンを襲う。
その身体が燃え上がり、弾け飛ぶ――が、即座に元通りに再生する。
敵の圧倒的な再生能力に焦りだす聖。
だが、奴からの光芒が、完全に途絶えていることに気づいた。
――再生中は、攻撃が止まる!
「それなら!」
銃口を下げ、今度は敵の両脚へ火炎魔法弾を集中させた。
メタリオンの足が激しく弾け飛び、体勢を崩して地面へと倒れ込む。
「まだまだぁっ!!!」
火炎魔法弾が、容赦なくメタリオンを襲い続ける。
カチリ――。
引き金が空振る。
火炎魔法弾が底をついた。
「くそっ!」
聖が手を離すと、自動小銃が空間へ吸い込まれるように消えた。
再び光の剣を両手で構える。
メタリオンは動かない。
体の部分部分を燃やしながら、地面へと伏せたまま。
「やったの?」
背後からエルの声が聞こえた。
「だと、いいが……」
聖がポツリと呟く。
そのままメタリオンを警戒し続ける聖。だが、敵は一向に動く素振りを見せなかった。
「できた! 転送準備!」
みちるが叫んだ。
振り返ると、魔法陣が眩い光を放っている。
その光の輪の中に、エルとアルの二人がしっかりと収まっていた。
「早く! 逃げるわよ!」
聖も急ぎ、メタリオンへ背を向けて魔法陣の中へと飛び込む。
全員が陣に入ったことを確認したみちるは、勢いよく片手を突き上げた。
「グラドゥス――1ッ!!!」
光の膜が魔法陣の縁より立ち上がり、聖たちを地下45階層の脅威から遮断する。
さすがに聖もほっと息を吐き、光の刃を消した。
「……ふぅ。どうにか間に合った」
エルとみちるへ視線を向ける。
二人とも、無事脱出できたという確信から、安堵の笑みをこぼしていた。
「これでミッション完了――」
〈聖さん! 油断しちゃダメです!〉
ヒナの切迫した声が響く。
聖は咄嗟に、その身を挺してエルを庇うように抱え込んだ。
瞬間、地面を割って、直径一メートルの虹色の針先が魔法陣の中に出現した。
聖は、ハッとメタリオンへ視線を向ける。
敵の身体が、虹色の液体となって地面へと溶け込んでいた。
「くそっ! そういうことかよっ!」
虹色の巨大な針が地面を下から突き上げた。
バキィィン!!
魔法陣が地面ごと叩き割られる。
みちるとアルは光の膜の中心側へ。
聖とエルは、隆起した地面ごと外側へ弾き飛ばされた。
「聖さんっ!」
みちるは咄嗟に手を伸ばすが、到底届かない距離。
聖は宙に浮いたままエルを力強く抱きしめ、叫んだ。
「行けっ! みちるさん!」
一瞬戸惑った顔をするみちるだが、すぐにキッと表情を引き締め、差し出した手で近くを浮いていたアルを掴み自分の元へと寄せる。
「五十万、絶対払いなさいよ!!」
そう言い残して、みちるとアルの姿が光に包まれ完全に消え去った。
一方、宙に浮いていた聖は、重力によって背中から地面へと叩きつけられる。
「ぐっ――」
空いた傷痕から血が噴き出し、聖の口から荒い息が零れる。
「底辺!」
抱きかかえられたエルが心配そうに叫ぶ。
「ッ……大丈夫だ。それより」
聖たちの横には、ぽっかり空いた一メートルの穴。
そこから視線を、地面へ倒れていたメタリオンの本体へと移す。
奴は両足を大きく開き、仁王立ちでこちらを見ていた。
地下45階層に残された聖とエル。
そして、その頭上ではルナが何事もなかったかのように配信を続けている。
「まいったな」
引きつった笑みを浮かべながら、聖は剣の柄を強く握り直す。
「……あいつを倒さなきゃいけないらしい」




