第18話 一丁三千万のロケランで、希少種を吹き飛ばす
みちるの足元を中心に、魔法陣が展開された。
聖は迷いのない足取りで、その中へ入る。
魔法陣の中に聖が入ったことを確認すると、みちるが片手を掲げた。
「グラドゥス――45」
魔法陣の縁に沿って光の膜がせり上がり、二人を囲む筒状の壁となった。
聖が外へ目をやると、大門と華凛は真剣な面持ちでこちらを見つめていた。
その隣では、二人とは対照的に、ヒナが満面の笑みで手を振っている。
相変わらずの彼女らしさに、聖は思わず頬を緩めた。
ヒナたちの姿が足元から光に呑まれ、徐々に見えなくなっていく。
やがて視界は、淡いオレンジ色に染まった。
直径四メートルほどの閉ざされた空間。
周囲から完全に切り離されると、みちるは光の壁に背を預け、頬に垂れた長い髪を指先で弄び始めた。
いつもの営業スマイルを捨て、彼女は聖をまっすぐ見つめ、静かに口を開く。
「まさか二人きりになるなんて、昨日の私に言っても信じてくれないでしょうね」
一瞬きょとんとした聖だが、すぐに肩の力を抜いて笑った。
「俺も、二人きりになるなんて思ってもいなかったよ」
その悪びれた様子もない態度に、みちるはムッと眉を寄せる。
「残念ですよね。大門さんぐらいはついてきてくれると思いましたが」
彼女の視線がチラリと、聖のそばに浮かぶルナへ向いた。
「月乃とはちゃんと話したよ。ルナの運転だって今もアイツがしているし」
聖は耳につけたワイヤレスイヤホンを指差した。
「ただ、今回のナビ役がヒナってだけだ」
〈よろしくお願いします!〉
みちるには聞こえていないのに、イヤホンの向こうでヒナが元気よく挨拶をした。
「妹さんだけじゃなくて、他の誰も緊急クエストについて来てくれなかったって意味の皮肉なんですけど?」
聖は腕につけたアームレットを掲げた。
「そんなことはないさ。これだって華凛さんが無償で貸してくれた。大門さんだって――」
「それ、壊したら五億円支払うって聞きましたけど」
ジト目を向けられ、聖は額に一筋の汗を浮かべて、そっと目をそらした。
「まあ、現地に行くのは俺だけだけど、みんなの力あってこその救出作戦ってことだ」
みちるが鼻から小さく息を吐き、呆れたように顔を背けた。
「そこで相談なんだけど」
「私は協力する気ありません」
みちるは間髪入れずに言い切った。
だが、聖は動じない。
どこか楽しげに口元を緩める。
「まあ、そう言わずに聞くだけ聞いてくれよ」
◇◇◇
足元に黒い点が現れた。
その点はみるみるうちに大きく広がっていき、次の瞬間には視界が黒一色に包まれた。
「着いたわよ」
暗闇の中、みちるの声だけが聞こえた。
「そうだな」
「今なら、そのまま地下1階層まで帰してあげますけど?」
「着いた瞬間、ヴォルガドゥグでも待ち受けていたらそうするよ」
視界が一気に広がった。
地下45階層の景色を確認するより先に、聖はそいつと目が合った。
黒い毛並み。荒い息。全身からむき出しの殺気を放つヴォルガドゥグ希少種。
「ひ――」
みちるの引きつった悲鳴が漏れる。
瞬間、聖は手を前に掲げた。
「出ろ!」
声に呼応して、アームレットが輝く。
そして、何もなかった空間に『対魔獣携行魔導砲』が出現した。
即座にそれを肩に担ぎ、グリップを握りしめる。
ヴォルガドゥグのほうも、即座に聖たち目掛けて突進してくる。
迷わず、聖はトリガーを引いた。
魔導砲の反動で上体を持っていかれそうになるのを、踏み込んだ脚で押し返す。膝が沈み、足元の瓦礫がはじけ飛んだ。
魔法弾がヴォルガドゥグに向けて飛んで行き、接触する。
ズガァァァン!!!
命中した、と思ったときには、魔獣の上半身は吹き飛び、血を噴き出しながら下半身のみで立っていた。
遅れて、残された下半身がドォン! と地面へ倒れた。
聖自身、目を見開いて乾いた笑いを漏らす。
「すげぇ、さすがは一丁三千万」
『三千万!?』
『昨日チェーンソーで今日ロケラン』
『武器の値段で殴ってて草』
聖は、背後へ振り返った。
「みちるさん、これならいけそう――」
「それでは良い冒険を!」
みちるは冷や汗を浮かべたまま、粒子となって消えていった。
その潔すぎる撤退を、聖は唖然と見送った。
ドシン!
地下45階層の全体が揺れ、パラパラと天井から細かい瓦礫が落ちてきた。
ゆっくりと、通路の奥を見据える。
グルルルルルッゥゥゥ――ッ。
新たなヴォルガドゥグ希少種が、他のモンスターを引き連れて暗闇からぬぅっと姿を現した。
総勢十体以上はいるだろうか。
聖は耳に手を当てる。
「ヒナ、見えているか?」
聖の上方を飛ぶルナのカメラが、モンスターたちを向いていた。
〈見えていますよ。いっぱいいますね〉
ヴォルガドゥグを囲むようにいる、トロル型のモンスター。
聖は口の端だけで笑いながら、ヒナに続けて聞く。
「ちなみに、今の俺はあいつらに勝てると思うか?」
〈今の聖さんですか? うーん……〉
聖は回答を待たず、強化アンプルを3本呼び出した。
「アタック」
1本。
「アジリティ」
2本。
「マジック」
3本。
首筋へ叩きつけるように刺しては引き抜き、空になった容器を次々と足元へ放る。
強化アンプルを打ち込むたびに、聖の全身を淡い光が包み、それが皮膚へ吸い込まれるように消えていく。
〈恐れるに足らずですね。残弾の把握だけは気を付けてくださいね〉
「了解。一発二百万だもんな」
アームレットが光り、魔導砲が消える。
代わりに、聖の手に収まる形で、円筒型の柄が空間から現れた。
〈爆裂魔法弾は残り五発です。メタリオンまで、無駄遣いはダメですよ〉
聖が柄を強く握りしめ、剣のように構える。
すると、空気を焦がす匂いと共に、柄から純白の芯をもつ光が伸びて、剣をかたどる。
そして、地面を強く蹴り、モンスターたち目掛けて走った。
トロル型のモンスターたちが、聖の動きに反応して、こん棒を振り下ろす。
だが、遅い。
聖は敵の懐へ滑り込み、光の刃を横一線に振り抜いた。
二つの首が宙を舞い、胴もろとも光の粒となって散った。
ヴォルガドゥグが、動揺の色を見せた。
聖はその隙を逃さない。
剣へと魔力を流し込み、そのまま両手で柄を握り上段に構える。
次の瞬間、光の刃が一気に伸びた。
五メートルを超えた刃先が、天井へ突き刺さる。
「うぉぉぉぉ――っ!!」
光の刃が天井を切り裂き、そのままヴォルガドゥグへ振り下ろされた。
地面まで一直線に光が走る。
一拍遅れて、ヴォルガドゥグの巨体がずるりと左右にずれた。
真っ二つになった身体が地面へ崩れ落ち、そのまま光の粒となって消えていく。
『天井ごといくとか、45階層さん大丈夫かいな』
『消えたんだけど』
『黒獣石もったいな……』
「ふぅ」
一息つくと、柄からでた光の刃も静かに消えていった。
聖に怖気づいたのか、残りのモンスターたちは一目散にこの場から逃げて行く。
「ヒナ。双子のいる場所までのナビゲーションたのんだぞ」
〈かしこまり。そのまま奥へ奥へと進んでください。あ――〉
ヒナの不穏な声。
ドドドドドドド――。
ヴォルガドゥグの時とは違う足音が、地面を揺らしていた。
暗闇の奥から、逃げたはずのトロルたちが戻ってくる。
しかも、数が増えていた。
十、二十――数える気も失せるほどの大群。
「おいおい。昨日はここまで難易度高くなかったぞ」
聖の口元がひきつる。
〈日頃の行いのせいでしょうか〉
聖が柄を無造作に放り投げると、それは落ちる前に消え、代わりに自動小銃がその手に収まった。
そして、そのまま突進してくるトロルの集団に向けて銃口を構える。
「双子のな!」
トリガーを引くと、火炎魔法弾がトロルたちへと放たれた。




