第16話 画面越しにこちらを覗き込むもの
ルナのプロジェクターが、DRAから送られてきた『白き双翼』の映像を宙に投影する。
双子のアルとエルが、虹色に光るスライムらしきモンスターの群れに囲まれていた。
「一分前の映像です」
みちるの声が、地下1階層内に響く。
聖たちがルナの投影を見上げる一方、離れた冒険者たちはそれぞれのスマホやタブレットに顔を落としていた。
『白き双翼』のドローンが消失する直前の映像。
虹色のスライムが体を針状に伸ばし、双子に襲い掛かる。
エルがナイフで受け流す。
生まれた隙をついて、アルの雷魔法がスライムを突き刺す。
動きを止めるスライム。
沸騰するように表面を溶かしながら、虹色の液体となった。
横で映像を見上げていた大門が、声を上げる。
「銀色のスライム。なんでこんなに大量に」
「銀色の?」
どう見ても銀色に見えない敵の姿。
聖は困惑する。
「『虹彩液』――白き双翼の目的はあれね」
同様に映像を見上げる華凛が呟いた。
応戦する双子。
しかし、徐々にスライムたちの物量に押されていく。
ついにエルがさばききれなくなり、スライムの硬質化した先端が彼女の腕を掠る。
「用意周到が取り柄の双子なのに、何で無謀なことを」
月乃の言葉。聖も同じことを考えていた。
「素晴らしいデス! こんなにも大量の『虹彩液』が!!」
ドーファムが大声を上げた。
振り返れば、五メートルほど離れたところで、部下に持たせたタブレットを食い入るように覗き込んでいた。
聖は映像へと視線を戻す。
アルとエルが傷つきながらも九匹、十匹と次々にスライムを倒していった。
その死骸の跡。
くすんでいた地下45階層の床が、大量の虹色の液体に浸され輝いていた。
聖は理解できなかった。
映像内の双子は不気味なほど笑っている。
この後、ドローンが消失する《《何か》》が待ち構えているというのに。
「コップ一杯で数百の『強化薬』が作れるんだ。あいつらには、まるで天国に見えていたのだろうな」
大門が険しい表情で、低く言った。
「彼女たちも魅了されたのよ。死んでいった冒険者たちと変わらない。迷宮の深淵に」
つづけざまに、華凛の声が落ちる。
――映像は終盤に差し掛かる。
一進一退の攻防を繰り広げる双子。
無限に増えていくと思われていたスライムだが、着実にその数を減らしていた。
このまま応戦し続ければ、ドローンが消失するような問題は起きないように思えた。
「なに、これ――」
スピーカーから漏れた、月乃のか細い声。
映像の端。
虹色に蠢く、不定形生物。
人の輪郭を持ちながらも、それは狂気としか言い表しようのない虹色の輝きを放っていた。
――これが、ドローンを消したのか。
映像を見ていた全員の脳裏に、同じ疑念がよぎった。
スライムとの戦闘に全神経を注ぐ双子は、端から迫る人の形をした生物に気づく素振りを見せない。
そして、彼女らが気づくよりも早く、それは体をゴムのようにぐにゃりと曲げ、画面越しにこちらを覗き込んできた。
次の瞬間、虹色の生物は目がくらむような光を放ち、映像は終了した。
しん、と静まり返る地下1階層。
誰もが言葉を失っていた。
そんな静寂を切り裂くように、理事長が呟いた。
「メタリオン」
沈黙の中、全員の視線が声の主へと向いた。
理事長は『理の羅針盤』を広げたまま、悩むように顎に手を添えていた。
意味深に呟くだけで何も説明しようとしない態度に、大門はついに耐え切れなくなった。
「少しは説明しろ、マスタング!」
理事長が覗き込むように大門を見据えた。
「メタリオンって何なんだ!?」
含みを持たせたまま黙り込む理事長と、焦れて声を荒げる大門。
要領を得ない二人のやり取りに、華凛は大きくため息をつくと、呆れた様子で質問を投げかけた。
「『虹彩液』を落としているのだから、あの虹色の正体は『銀色のスライム』なのでしょう?」
理事長が頷いた。
「その通り。銀色のスライムは攻撃する際、虹色に発光する。間違いない……だが」
彼の表情がほんの少し揺らいでいた。
「なぜ、今になって『理の羅針盤』に記載された? あれ自体は、これまでに何度も遭遇してきたはずなのに――いや」
何かに気づいた理事長が、勢いよくヒナへと振り向いた。
ヒナは相変わらず無垢な表情のまま、きょとんとしている。
「わかるのか? あれが何なのか」
首を傾げるヒナに、聖とルナがそろって視線を向ける。そして、促すように背中をちょんちょんと押した。
ヒナは聖とルナを交互に見つめ、ようやく意図を理解すると、改めて皆の前へ進み出た。
「はい」
空気が一変した。
ドーファムも、離れた場所からヒナへと視線を向けていた。
「あのモンスターは『メタリオン』ですよ」
ざわめきが波のように広がる中、大門が問いかける。
「なら、なんで今さら『羅針盤』に登録されたんだ? 銀色のスライムは昔からちょこちょこ現れていて……何と言うか、俺たちは強くなったスライムぐらいにしか思っていなかったんだが」
うーん、とヒナは唸る。
だが、ふと何かをひらめいたように、ぱん、と手を打った。
「なるほど、そういうことですか。皆さん勘違いされていたようですね」
いつものどや顔を浮かべ、ヒナは得意げに胸を張った。
「皆さんの言う銀色のスライムは、スライムとは別のモンスターですよ」
皆がそろって怪訝な表情を浮かべる。
その空気を代表するように、華凛が問いかけた。
「じゃあ、『メタリオン』ってのは映像の最後に出てきたモンスターの名前、ってことでよろしいのかしら?」
「ちょっと違いますね。皆さん『メタリオン』とはすでに出会っているというか、何と言うか」
もったいぶるヒナの言い方に、大門と華凛がそろって苛立ちをにじませる。
その時、ルナのランプがピピッと音を鳴らし、せわしなく点滅した。
「あ! そういうこと!」
月乃が声を上げる。
ほぼ同時に、理事長が目を見開いた。
その反応を一瞬だけ確認してから、月乃は確信をもって語り出す。
「これまでみんなが遭遇した銀色のスライム。あれは全部、『メタリオン』の一部だったってわけね」
理事長のこめかみに冷や汗が伝う。
口元を引きつらせながら、乾いた笑いが零れる。
「これまで遭遇してきた銀色のスライム……『スライム=メタリオン』と称しようか。なるほど『理の羅針盤』に記載されないわけだ」
「どういうことだ?」
大門が小声で尋ねると、華凛は呆れたように眉をひそめた。
「私たちが一匹のモンスターだと思って倒していたものは、メタリオンの身体のほんの一部だったってことよ」
「なるほどなぁ。……ん?」
納得しかけた大門が、ふと動きを止める。
「じゃあ、白き双翼のドローンを壊したのは――」
理事長が言葉を継いだ。
「メタリオンの本体」
彼は大門を真っ直ぐ見据え、重々しく告げる。
場が再び静まり返った。
誰も口を開こうとしない。
互いに視線を合わせることすら避けるように、誰もがそっと目をそらしていた。




