【最速配信】完全初見の45階層で大変なことに!?【白き双翼】
「ライトニング・スタグネイト――ッ!」
アルが両手を突き出した。
放たれた幾筋もの雷が、ヴォルガドゥグ希少種の身体に巻き付く。
だが、必死の抵抗でもがく巨躯により、纏わりついていた雷が細く引き延ばされていく。
アルは腕を震わせながら、更に魔力を放出する。
その鼻から一筋の血が流れていた。
消えかかっていた光が一気に膨れ上がる。
更なる雷の網に捕らわれ、希少種の動きが止まった。
「今だ!」
叫びと同時にエルが駆け出した。
ヴォルガドゥグの喉元でエルは強く地面を蹴り、手にした漆黒のナイフを突き刺した。
「アース・ニードル――ッッッ!!!」
エルは腹の底から魔法を叫んだ。
ナイフの先端から巨大な土の塊が棘のように現れ、巨獣の首を内側から突き抜けて、反対側へと鋭い先端を覗かせた。
エルがナイフを思いきり引き抜く。
着地した瞬間に地面を蹴って後方へ移動し、巨獣との距離を取った。
土の棘はぼろぼろと崩れ、砂となって消えた。
次の瞬間、その巨躯にぽっかりと空いた傷口から血液が勢いよく噴出した。
ヴォルガドゥグは嗚咽のような声を吐きながら、ドシン! と大きな音を立ててその場に倒れこんだ。
噴き出す血液は、やがて巨獣の呼吸と共に勢いを失っていく。
「はぁ、はぁ……やっと倒れた」
エルは肩で息をするばかりで、目の焦点が合っていない。
「――サンダーボルトッ!!」
アルが咄嗟に放った魔法――眩い光を放つ雷が魔獣の頭上から降りかかる。
グゥゥァァァァァッ!!!
鞭のように襲い掛かっていた巨獣の尻尾がエルの目前でピタリと止まった。
そして、断末魔を上げながら、ヴォルガドゥグの巨体は今度こそ地に沈んだ。
アルは鼻下に垂れた血を手で拭い、ふっと表情を緩める。
だが、すぐに厳しい表情でエルを睨んだ。
「油断するなって言ったよね。少しの油断が死に近づくって、あれほど――」
口元をわずかに開きながら瞼を重く垂れさげるエル。
アルは唇をかみしめて言葉を止めた。
『もういいよ、帰ろう! ボロボロの二人とか見てられない!!』
『ヴォルガドゥグ倒しただけでもすごいよー』
『二人が無事ならそれでいいから』
配信コメントは、帰還を促すものばかりだった。
エルの弱々しく握られた手元。
黒獣石から作り出した『黒獣のナイフ』。
確かに強力な武器だったが、素早く動き回る地下45階層のモンスター相手では、そもそも一撃を与えること自体が困難だった。
敵に翻弄され、大量のリソースを消費してしまったアルとエル。
この亡骸から取れる『黒獣石』一つ程度では、とても今回の探索費用を補えるものではなかった。
「……お風呂入りたい」
エルがポツリと呟いた。
アルはその言葉に答えなかった。
しかし、この状況での沈黙は、肯定と変わらない。
エルは亡骸の胸元に漆黒のナイフを差し入れ、『黒獣石』をえぐり出すと、ゆっくりと立ち上がった。
その様子を一瞥だけしたアルは、無言で地下45階層の出口へ向かって歩き出した。
来た道を引き返す途中、ふとアルが振り返る。
そこにエルの姿が無かった。
アルの表情が瞬時に蒼白に染まっていく。
「あのバカっ!」
再び奥へと駆け出した。
――すると、身を隠す場所もない道の中央で、脇道の最奥を見つめながら立ち尽くすエルの姿があった。
アルは勢いよく手を伸ばし、エルの肩を引っ張って力づくで振り向かせる。
「何やってんだ! どこにどんなモンスターが潜んでいるかわからないんだぞ!」
声に反応したエルは、虚ろな瞳だけをゆっくりと動かして、上目遣いでアルの顔を捉えた。
「……そうだね。どこに何がいるのか何もわからないもんね」
エルが引き攣ったように笑いだした。
「お前……」
息を呑み、身をすくませるアル。
そんなパートナーの様子を目にしたエルは、逆に表情を緩ませた。
「ちょっとどうしたの? そんな怖気付いた顔しちゃって」
普段の人を食ったような笑みに、アルはホッと息を漏らした。
「驚かさないでくれないかな。恐怖のあまり狂ってしまったかと思ったじゃないか」
「ぷんぷん! 私がそんなにやわなわけないじゃん! どこかの底辺冒険者と一緒にしないでくれるかな」
アルが肩をすくめた。
「……だね。悪かったよ」
そして、目を細めながらエルに質問する。
「で、こんなとこで何をしていたのかな?」
その台詞に、エルはニンマリと笑う。
「見てよこれ」
差し出したのは虹色に輝く液体が入った薬瓶だった。
アルの表情が変わった。
「それは……」
「そう! 『虹彩液』!」
虹色の輝きを放つ薬瓶に、アルの目が照らされていた。
「『黒獣石』がどうでも良くなるぐらいのレア素材じゃないか!」
配信コメントが熱を帯びていた。
『虹彩液きたーっ!!!』
『まって、それって強化薬つくるのに必須の素材!?』
『売ったら幾ら?』
『ステータス強化し放題www』
『あれ? 虹彩液手に入れたってことは!?』
「『銀色のスライム』を倒したのか!?」
「そう。弱っちいくせに固くてすぐ逃げるあいつ」
エルがニヤリと黒獣のナイフを取り出した。
黒光りするその刃に、エルの歪んだ笑みが映りこむ。
「即死効果――ってやつかな? このナイフを突き刺したら一撃で死んでさ」
アルがごくりと唾を飲み込んだ。
「さすがだよ。今回の探索が一気に価値のあるものになった」
アルの強張っていた顔が緩み、柔らかい微笑みを浮かべる。
「これで心置きなく地下1階層へ帰れる」
そう言うと、エルがさらに口角を上げた。
「何言ってるの? 本題はここからだよ」
不思議そうな顔をするアル。
「虹彩液一瓶分だけなら、たまにあることじゃん?」
見るとエルの手が震えていた。
「……もったいぶるね。そういうのは僕の仕事だと思っていたけど」
エルが脇道の奥を指さした。
「一人だったから、四体も取り逃しちゃったんだ」
『まって、どういうこと?』
『銀色のスライム五体って、一体見つけるだけでも相当な運がいいのに!?』
『やばい、こっちが震えてきた』
沈黙する二人とは逆に、配信コメントがものすごい勢いで流れていく。
アルは手で口元を覆い、深い思考の海に沈んでいる様子だった。
よくよく見ると、その体全体が微妙に震えている。
「ねえ、今すぐ追っかけたほうがいいかな?」
アルの服を握る手に、力がこもる。
エルの声が上ずっていた。
だがアルは、そんなエルの鬼気迫る様子に構うことなく、何かを熟考し続けていた。
――数秒後。
アルは覚悟を決めたかのように口を開いた。
「……巣が、あるのかもしれない」
「だよね!!!」
抑えきれぬ興奮のまま、エルが叫んだ。
『やばい革命だぞこれ』
『強化薬が量産されたら世界が変わるぞwww』
『エルちゃん豪運すぎ!!』
使用した冒険者の能力を半永久的に向上させる『強化薬』。
副作用もない最強のサプリメントとしてDRA内で流通しているが、その製造に必須な『虹彩液』が極めて入手困難なことから、一粒の価格は高級車1台を軽く超えているのが現状だった。
エルはアルの服を握りしめたまま、その体を大きく揺さぶった。
「いこうよ! 他の冒険者たちに狩られる前に!」
引っ張るその手は、興奮で小刻みに震えていた。
しかし、それでもアルは動かなかった。
その視線は、ボロボロの状態の自分とエルを何度も確認するように往復していた。
「ここで引いたら何のために冒険者やっているのか、わからなくなるよ!!」
エルのその言葉が最後の一押しになったのか、アルはフッと口元を緩めた。
「――行こうか」
その一言に配信コメントが更に熱を帯びる。
『きた――っ』
『がんばれ2人とも!(赤スパ)』
『ダンジョン史にアルとエルの名が刻まれた(赤スパ)』
『歴史的配信をありがとう(赤スパ)』
その熱狂を確認したアルが、宙に浮くドローンのカメラに視線を向けて語りだした。
「正直僕たちはボロボロの状態だ。魔力も切れて、エルの体力も限界に近い」
アルが正面からエルの顔を見つめた。
その視線を追うように、ドローンはエルの全身へとピントを合わせる。
重ねられたフリルが血と土で汚れ、乱れた髪が頬に張り付いていた。
「もし本当に『銀色のスライム』の巣があるなら、今後強化薬の在り方自体が変わるかもしれない。『虹彩液』の価値は無くなるかもしれない」
アルがグッと力強く拳を握りしめ、カメラに見せつけるように突き上げる。
「でも――今この瞬間は確実に歴史に刻まれる!」
配信のコメントが最高潮に達した。
「これから僕たちは『銀色のスライム』の巣を攻略する!」
「そうこなくっちゃ!」
エルがアルに抱き着いた。
「ふ――油断しないでよ、エル」
「大丈夫だよ。硬いだけの敵なんて、負けるわけないもん」
至近距離で見つめ合いながら笑う二人。
そして、脇道の奥へと足を進める。
熱狂するコメント群。
目で追うことができない速度で流れ続けるコメント。
『意外と銀色のスライムにやられた冒険者って多いんだよな』
一部、不穏なコメントが混じっていたが、思いがけない歴史的僥倖に興奮するアルとエルは、その文字に気づくことはできなかった。




