第14話 秘宝の査定額、一万円
買取カウンターの深刻な空気に、聖は困惑していた。
「どうしたんだ月乃! 何か言ってくれよ」
ルナのカメラが微動だにせず、スピーカーから音声が響いた。
「……ふざけないでよ」
「そうでしょうか?」
受付嬢は口を歪めて笑っている。
ただ事ではない気配に、聖は話に割って入った。
「受付嬢さん、何がどうなってるのか説明してくれよ」
受付嬢がすっと聖に目を向ける。
「……聖さん、ですね。チーム『LUNAR』の」
続けて、流れるようにヒナへと目をやる受付嬢。
そこで、嘲笑うような吐息を漏らした。
「ドローンさんでは話にならなかったので、説明しますね」
「ルナよ!」
ルナの怒鳴り声に、再び受付嬢はため息をついた。
「ルナさんがお持ちになった『唯一無二なる迷宮の神笏』を一万円で提案させてもらっているのですが、なかなかご納得されないみたいで」
「な――一万!?」
聖の叫びに、ルナが続けて叫ぶ。
「ぼったくるのもいい加減にしろって言ってるのよ!」
「おいおい、一応は秘宝の一つなんだぜ? それが一万円はいくらなんでもやりすぎだろ」
聖とルナの反論にも受付嬢は冷静に答える。
「メーカーに問い合わせても、そのような商品は製造していないと言ってますし」
「けど、ネットで見た別の奴は百万円の価値があるって――」
受付嬢が平然とした表情で、しかし鋭い目つきで聖に視線を向ける。
「あの商品こそ、メーカーの正式な公表で価値が担保されていますので」
うっと、反射的に背を反らす聖。
「粗製濫造の可能性が高い商品に、一万円はDRAとしても高めのお値段だと思いますが」
「んな――っ! 俺はちゃんと賢者セラフィナから正式に――」
言いかけてはっとした。
ルナに目をやる。
――そうだ。セラフィナの部屋に行ったときは、ルナが同行していない。
つまり、『唯一無二なる迷宮の神笏』が本当に秘宝である証拠が何もない。
焦る聖の顔を見て、営業スマイルの受付嬢の口元がほんの少しだけ吊り上がっていた。
底辺冒険者が秘宝を手に入れたと騒いだところで、それを真に受けてもらえるはずがない。
そこまで想定していなかった自身の単純なミスに、聖は歯を強く噛みしめる。
「ご納得いただけたようですね。では、代金として一万円を――」
受付嬢がカウンター上の『唯一無二なる迷宮の神笏』へ手を伸ばす。
「本当です!」
聖の横から、それまで黙っていたヒナが勢いよく割り込んできた。
「本当にそれは『ニュールート』の秘宝の一つ、『唯一無二なる迷宮の神笏』です」
真剣な表情で話すヒナに、受付嬢が3度目のため息をついた。
「ヒナさん……でしたっけ? 先ほどもお伝えしましたが、私たちDRAとしても、これが秘宝であるという証拠がなければ、正式な査定をすることができないんです」
「証拠はあります!」
三人の視線がヒナに集中した。
「わたしです。『ニュールート』の全てを知っているわたしが保証します!」
沈黙が流れた。
そして、耐えきれないかのように受付嬢が笑い出した。
「フフ――そうは言われましても。ヒナちゃん……いえ、ヒナさんがどれだけ保証されましても、私たちDRAの査定を変更する理由にはなりませんので」
小馬鹿にしたような笑いに、ヒナがムッとする。
「なんなんですか、この人! だったら今この場で証拠を見せます!」
ヒナがすばやくカウンターに置かれた『うめぇ棒』を手に取った。
「お、おいヒナ。お前何を……」
聖の戸惑いに、ヒナがドヤ顔で返した。
「今この場で食べればいいんですよ」
「え?」「え?」「え?」
ヒナ以外の三人から声が上がった。
「お金が欲しいって言うから我慢していましたが」
袋のギザカットを両指でつまむヒナ。
「お金にならないなら、今ここでわたしが食べます! ちなみに食べたらどうなるかはわたしにもわかりません!」
指に力が入る。
「ちょ――待て!」
「やめなさい!!!」
聖が止めに入るより大きな、悲鳴のような叫びが受付嬢から響いた。
あまりの音量に、周囲を歩いていた一般人や冒険者、他のDRAスタッフたちが足を止めてこっちを向いていた。
「はっ!」
大声を上げた張本人が、異常な空気に気づき、瞳を揺らす。
すぐに通常の営業スマイルに戻るが、それでも焦りを完全には隠せていなかった。
「――ははーん。なるほど」
突然の受付嬢の挙動に、聖とヒナは何が起こったのか理解できていなかったが、唯一月乃だけが、何かに気づいた様子だった。
「怪しいと思っていたのよね」
ルナのカメラがギュインと音を出しながら、受付嬢の表情に焦点を合わせた。
「うめぇ棒を偽物だと言う割には一万円の買取価格。妙な引っかかりの理由がわかったわ」
「どういうことだ?」
聖の問いに、月乃の冷たい笑い声がスピーカーから響く。
「本気で駄菓子だと思っているなら一万円も値をつけないってことよ」
聖が弾かれたように目を見開いた。
「こいつは、これが秘宝であることを確信していたのよ。だから、適当な価格で買い取ろうとした」
「な、なんのことでしょうかぁ?」
受付嬢の目が泳いでいた。
「価値無しなんて言って断れば、ヒナみたいにその場で食べたり、潰したりする可能性があったものね。なんせ駄菓子だもの」
聖とヒナが明らかに引きつっている受付嬢の顔へと視線を向ける。
「さっきから何を言ってるのか私には……」
「へぇ、まだ白を切るんだ……ヒナ!」
「は、はい!」
上司に呼ばれたように、緊張した面持ちでルナに向かうヒナ。
「ダンジョン味、食べたいのよね?」
「それはもう!」
「だったら、今から三つ数えるわ。ゼロって言ったら開けてもいいわよ」
「な――」
月乃の提案に受付嬢が即座に反応した。
「食べてもいいんですか?」
「ええ、もちろんよ。それじゃあいくわよ」
「ちょ、ちょっとルナさん――」
営業スマイルが消えていた。
「3」
ヒナがギザカットをつまむ。
「2」
ヒナが指先に力を入れる。
「1」
袋の端が裂ける限界まで引っ張られる。
「ゼ――」
「五百万――ッッ!!!」
叫び声の方向。
受付嬢が開いた手のひらを、必死に突き出していた。
「キャッシュで払います! だから、今すぐその指を止めなさい!」
なりふり構わない叫びに、聖は肩を落とした。
「とんだ食わせ者だったな」
受付嬢は潤んだ瞳で唇を噛みしめながら頭を下げてきた。
「そうですっ! 皆さんの言うとおり、それは間違いなく秘宝の一つ、『唯一無二なる迷宮の神笏』ですよっ!!」
そう言って、受付嬢は泣きじゃくりながら顔を伏せた。
「まったく……何でDRAの職員がこんな詐欺紛いなことをしでかすのよ」
月乃の質問に、受付嬢は鼻を啜りながら答える。
「だって、給料が安いからっ! ぐす……こんなに忙しいのにぃ! う……私にもセレブになるチャンスがやってきたとおもってぇぇぇっ!」
呆れ顔になる三人。
「こっそり自分の懐に入れるつもりだったってことか」
ルナが相槌を打つように、ランプを点滅させた。
「だいたい、五百万も現金がある時点で、私たちからすればセレブよ」
絶妙に笑えない月乃の一言に、聖は申し訳ない気持ちに包まれてしまった。
「あの……」
ヒナがうめぇ棒を抱えながらルナへ聞いてきた。
「結局、これは開けてもいいのでしょうか?」
ルナが回転して、カメラをヒナへと向ける。
「開けてもいいけど、器物損壊で訴えるからね」
「器物損壊?」
「イラッ――お兄ちゃん! 今すぐヒナから『うめぇ棒』取り返して」
収拾がつかなくなり始めているこの場に、聖は肩を落とした。
――と、そのとき。
「……何かトラブルでも?」
背後に知らない初老の男が立っていた。
いつの間に現れたのか、聖は気づけなかった。
整えられた髭に鋭い眼光。片手で杖をついているが、そのピンと背筋を立てた振る舞いは、どこか威厳を感じる。
「ん? それは……」
男がヒナの持つ『うめぇ棒』に気づいた。
聖は男にまで、それが伝説の秘宝であることを伝えてしまえば話がややこしくなる、と思った。
なので、真面目な表情で、ハッキリと答えた。
「ああ、これは……『うめぇ棒』だ」
ガチン、とルナのアームに頭を叩かれた。
「何真面目に説明してるのよ!」
「何で叩くんだよ!? 黙ってる方が変だろ!」
「意味ありげな言い方にツッコんだの!」
男は首を傾げながら、空中に手をかざした。
直後、男の手のひらの先に半透明の光る板が出現した。そこには文字や数字、イラストが整然と並んでいた。
「ほら、お兄ちゃんのせいでおじさんがステータス画面みたいなの開き出したじゃない!」
「ほんとだ。俺たち冒険者も、あんな感じで自分の力を見れたら楽なのにな」
聖とルナの会話とは関係なしに、男は光るパネルを指で弾き続ける。
「「……って、ステータス画面!?」」
ゲームやアニメの世界にしか存在しないと思っていたものを目の前にして、思考が数秒フリーズする。
「わぁ、それ、『理の羅針盤』ですよね?」
ヒナが目を輝かせながら男に質問した。
「よく知ってるな。その通りだ」
「と、言うことはあなたが『ニュールート』の最初の冒険者ですか?」
男の眉が一瞬だけ、鋭く動いた。
「……驚いた。君の知識は物知りを通りこして、このダンジョンのwikiみたいだ」
ヒナが照れながら笑った。
「わたし、ダンジョンのことなら全部知っていますから」
無表情だった男がヒナにつられて口元を緩めた。
「ひ、ひぇぇ!!」
伏せていたはずの受付嬢が突如声を張り上げた。
そこにいる全員の視線が受付嬢に向く。
「な、ななな何でこんな所にぃ!」
慌てふためく受付嬢に、男は冷静に答える。
「私がどこにいようと問題あるまい? こと『ニュールート』内なら尚更な」
男の睨みに受付嬢がすぐさま直立して固まった。
「なあ、月乃。あのおっさん何者だ? 俺には何が何だかさっぱりわからん」
耳打ちするようにルナに聞く聖。しかし、何も答えない。
「おい、お前までどうした? もしかしてあいつ、めちゃくちゃヤバいやつなのか?」
男の指が止まった。
パネルには『唯一無二なる迷宮の神笏』の文字とイラストが映し出されていた。
「たしかに秘宝に間違いない。よく手に入れることができたな青年」
鋭い眼光が、試すように聖に向けられる。
その視線に、聖は何故か体が強張ってしまった。
男が「フ」と口角を上げ、無邪気に笑うヒナへと視線を向ける。
「……いや、彼女の功績か」
只者ならぬ雰囲気の男に威圧されながらも、聖はどうにか口を開く。
「……あんた、何者だ?」
「口ぃ! 口のききかたぁ!」
何故かあたふたしている受付嬢。
「聖さん! あなたはこの方がどなたかご存知ないのですか?」
聖は首を傾げながら「さあ」と答えた。
ふらっと足元を崩しそうになる受付嬢。
「この方はDRAの理事長! 『ニュールート』の最高権力者ですよ!」
「……え?」
聖が壊れた機械のように男へと顔を向けた。
男――DRAの理事長は不敵な笑みを浮かべながら、鋭い目つきをこちらに向けていた。




