第13話 「まったく……手のかかる妹ができた気分よ」
ドアを開けると、そこは『ニュールート』の地下1階層だった。
モールの活気と、行き来する大勢の一般人と冒険者。
「あれ?」
凡庸なセラフィナの部屋とは違いすぎる華やかな光景に、戸惑う聖。
――たしか、ドアノブを握ってドアを押し開けたはずなのに。
棒立ちしている自分に戸惑いながら振り返ると、そこは地下2階層行きの扉。
側にいるヒナも、同様に棒立ちしたままだった。
聖は記憶が抜け落ちた感覚に戸惑っていた。
胸の奥に何かを置き忘れてしまったような気持ち悪さ。
「あっ! いた!」
聞き覚えのあるスピーカー越しの声。
視界に一機のドローンが入り込んできた。
「いつ戻ってきたのよ!? 全然連絡つかないから、救助申請するところだったんだから!」
月乃の声に、ぼんやりしていた意識が鮮明になる。
「月乃――ルナ。お前こそ何で地下1階層にいるんだ?」
「階段でずっと待ってたわよ! 携帯にも出ないし、私だけだから他の冒険者に怪しまれるし、仕方なく配信止めて地下1階層に戻ってきたの!」
スマホの画面を開く。
そこには月乃からの大量の着信履歴とメッセージがあった。
「ごめん! 意味不明な出来事の連続で、全然気づかなかった!」
ルナがアームを伸ばしてぽかぽかと聖の頭を叩きだす。
「――っ! 私がどれだけ心配したと思ってんのよぉ!」
「だから、ごめんて。話を聞いてくれれば、何で気づかなかったかもわかってくれると思うから」
ルナのアームがピタリと止まった。
「……もしかして、本当にあったの?」
聖が口の端を吊り上げる。
「ああ、ヒナの言うとおりだった」
「……はっ! 誰か呼びましたか!?」
涎を垂らしていたヒナがぱちりと目を開いた。重たげな瞼を擦る目の前の少女に、聖は力なく笑った。
「あれ? 何でわたしはこんなところに立っているのでしょうか」
ヒナが半目のまま周囲を確認する。
そして、すぐ側に聖とルナがいることに気づき、緩んでいた表情がぱぁっと明るくなった。
「聖さんにルナさん! 何でこんなところに!?」
完全に周回遅れで話に入ってきたヒナに、ルナからため息が返ってきた。
聖が話を続ける。
「どういう力が働いたのかわからないけど、俺とヒナは秘密の部屋を出た。と思ったら地下1階層に立っていたんだ」
「……全く何言ってるのかわからないけど、まあいいわ」
ルナがヒナの目線の高さ、その至近距離に移動する。
「秘宝は手に入れたんでしょうね?」
圧をかけるルナだが、ヒナは怯むことなくドヤ顔を返す。
「むふん。そこは聖さんから聞いてみたらどうでしょうか?」
ヒナがちらりと聖を見て、それにつられてルナのカメラが聖へと向く。
「……」
ルナの無言の圧力に負けて、聖はすぐに口を割った。
「……秘宝を手に入れた」
ルナの機体がびくんと跳ねた。
「ほ、本当に?」
聖はこくんと頷く。
「本当だ」
ルナのスピーカー越しに月乃のごくりという音が聞こえた。
「……マジ?」
「しつこいなぁ、本当だって。今から証拠を見せようか?」
「ま、待って!」
ルナのプロペラの回転数が上がりだした。
そして、そのまま急上昇して地下1階層の天井近くまで飛んだ。
「ひゃっほーい!!!」
反響して聞こえる月乃の叫び。
天井付近をぐるぐる回り、しばらくしてルナは急降下して聖の目の前に戻ってきた。
「それじゃあ秘宝を見せてもらいましょうか」
興奮を隠しきれない月乃の様子に、聖とヒナは呆れ顔になった。
「ヒナ」
聖が視線で合図を送ると、「はい!」とにっこりと答えた。
そして、ヒナは服の内側をごそごそと探り出す。
「ちょ――何してんのよ」
「いえいえ、大事な秘宝ですので、こうやって服の中で大切に保管していたんです」
ルナのカメラが聖に向く。
レンズには聖の焦った顔が映り込んでいた。
「……俺の指示じゃないからな。こいつが勝手にやったことだからな」
「これです!」
ヒナが無邪気に差し出した手のひら。
ルナが素早く反応し、必死にカメラの焦点を合わせる。
「秘宝――っ! どれ!?」
「これですよ。どこ見てるんですか」
「どこ見てるって……ん?」
その上に乗っている『うめぇ棒』。
三人の間に、重たい沈黙が流れる。
地下1階層の喧騒がやけに大きく響いていた。
「――まさか、ひ、秘宝って」
月乃がようやく絞り出した一言に、ヒナはただ無垢な笑顔をカメラに向けた。
「はい! これがニュールート三大秘宝の一つ『唯一無二なる迷宮の神笏』です!」
バランスを崩し、地面へ落ちそうになるルナ。
すかさず聖が支える。
だが、ヒナだけはその惨状にまるで気づいていない。
誇らしげに胸を張り、悪気のない笑顔でトドメの一撃を放つ。
「別名『うめぇ棒ダンジョン味』です」
プシューと、ルナのプロペラが止まった。
「聞いて驚くなかれ。これは世界に一つしかない『うめぇ棒』で、どんな味かは誰も知らな――」
「待て。ルナがショックのあまり停止してしまった。説明は、いったん落ち着く場所に移動してからにしよう」
ヒナが口をぽかーんと開けて身体を硬直させた。
「わたしの説明、分かり辛かったですかぁ!?」
「というか、ズレてるんだよ。このままじゃ、月乃の精神が崩壊しかねない」
「……お、おにいちゃん」
ルナから月乃のか細い声が漏れた。
「月乃! しっかりしろ! 気持ちはわかる! けれど、ちゃんと話を聞けば――」
プロペラが急回転し、再び浮かび出したルナ。
「――言い訳なんて聞いていられるかぁっ!!」
体当たりする勢いでヒナとの距離を詰めるルナ。
「何が秘宝だこらぁっ! 人をさんざん心配させといて、手に入れたのが駄菓子とか、ぜんっぜん面白くないんですけどぉっ!!!」
月乃の叫びに、ヒナがむっとする。
「聞き捨てならないですね。失礼ですけど、ルナさんは物の価値を知らなさすぎです」
ぷいっと顔を背けるヒナ。
「えい」
ルナは手刀のように、アームを『うめぇ棒』目掛けて振り下ろした。
「わ――っ!」
咄嗟にヒナが体全体で『うめぇ棒』を守りだした。
ルナのアームがヒナの背中を殴打する。
「ばかばかばかばか!! 期待させて心配させて、バカにして!! 何が物の価値よ!」
「痛いですよルナさん! けれど、わたしは負けません。物の価値をわかるわたしは『うめぇ棒』を守る義務がありますっ!」
「まだ言うかこいつっ!!」
さらに高く振り上げたルナのアームを、聖が止める。
「落ち着けって! あとヒナもそれくらいにしとけ!」
聖の仲裁に落ち着きを取り戻す2人。
「とりあえずそこのカフェに行こう。最初から説明しないと、たぶん、理解できない」
聖にカメラを向けるルナ。奥から鼻をすする音が聞こえた。
「……わかった」
落ち着いた返事に胸を撫で下ろす聖。
ようやくヒナも、二人の空気が真剣なことに気づいた。
「あ、あの――わたし」
少しずつ顔つきから自信が消えていくヒナ。
だが、無言のままヒナを見ている聖とルナの視線に耐え切れず、一気にあわあわし始めた。
「ご、ごめんなさい……聖さんが『唯一無二なる迷宮の神笏』を選んでくれたことが嬉しくて、つい、舞い上がってしまって」
「マジでこいつが何言っているのかわかんないけど」
ルナは、ぷいっとヒナからレンズを逸らした。
ただ、しばらく黙ったあと。ちらり、と聖の方を見た。
「……お兄ちゃんがそこまで言うなら信じるけど」
言葉を待つかのように静かに浮かぶルナに、聖の表情が和らいだ。
「ありがとな」
「――ふん」
どこか照れくさそうな月乃の声に、聖はもう一度笑い、気を取り直すようにカフェの方へ視線を向けた。
「じゃあ、行こうか。ちょうどお腹も空いたところだし」
「あ、あの!」
呼び止めるようなヒナの叫び。
カフェを向いていた聖とルナが振り返る。
「わたし、お金持っていないのですが、同席してもいいのでしょうか!?」
沈黙する二人。けれど、ヒナの顔は真剣そのものだった。
「お昼ぐらいだったら奢るけど……」
そう言いながらも、窺うようにルナのレンズを覗き見る聖。
「……そこまでケチじゃないわよ。ヒナ一人ぐらいっ!」
その言葉に、ヒナの表情がぱぁっと明るくなった。
「わーい!! でしたらすぐに行きましょう! 実は朝から何も食べていなかったのです!」
聖とルナを追い越してカフェへと走るヒナ。
その後ろ姿を見ながら、ルナがぼそっと呟く。
「まったく……手のかかる妹ができた気分よ」
いつもなら「そんなこと言うなよ」と突っ込む聖だったが、大きく手を振ってカフェの前で「早く早く!」と急かすヒナを見て、何も口にすることはできなかった。
◇◇◇
料理が運ばれてから説明が終わるまでの間に、ヒナだけが皿を四枚空にしていた。
「――と、言うわけだ」
テーブルの上に置かれたルナは、電源が落ちたかのように沈黙していた。
「聞いているか?」
聖の問いに、少し遅れて月乃が答える。
「聞いてる。……けど、理解するのに想像以上に時間がかかっているっていうか」
「わかります。わたしも聖さんがビキニアーマーを選びかけた時は、とても信じられなかったというか」
ヒナがうんうん頷きながら独り言のように話しているのをスルーして、二人は話を進めた。
「で、うめぇ棒を選んだのには、ちゃんと理由があるのよね」
月乃の問いに、聖はスマホの画面を見せた。
「うめぇ棒げんだいびじゅつ味、百万円で落札――なるほど」
月乃の喉の奥で響く笑いに、聖もにやりと口角を上げた。
「ああ、ダンジョン味が本当に世界で一つしかないなら、それ以上の値段がつくんじゃないかって」
「意味不明空間で、よくそんなニュース思い出せたね」
「俺もそう思うよ。ヒナとセラフィナに追いつめられたのが、逆に功を奏したのかもな」
「ビキニアーマーを選んでいたら、これから変態冒険者としてイメチェンしてもらわないといけないところだったね」
冗談には聞こえない月乃の声色に、聖はぞっとした。
「それじゃあ、ご飯も済んだみたいだし。とっとと『唯一無二なる迷宮の神笏』を処理しましょうか」
ルナがテーブル上から、ふっと二人の目線高さまで浮いた。
それに気づいたヒナが「はーい」と答え、腕を振り上げる。
「ん?」
違和感を覚える聖。
すると、ヒナが笑顔のまま『唯一無二なる迷宮の神笏』に向かって腕を思いきり振り下ろした。
「まてぇぃ!!!」
ヒナの腕を、うめぇ棒に接触する寸前で止めた聖。
「ちょ、何するんですか!」
「こっちの台詞だ! 何してんだ!」
「知らないんですか? うめぇ棒の食べ方?」
ヒナが腕を収めて、どや顔をきめ出した。
「もしかして、咥えるように食べるつもりだったんですか? 遅れてますね、時代は袋ごと叩いてからの小分けですよ」
ルナがアームを伸ばして、がっしりとうめぇ棒をつかみ、ヒナから距離をとった。
「あ、ずるい! 独り占め!」
「食べさせないわよ」
ルナとヒナがにらみ合っていた。
「おい月乃、どういうことだ?」
聖の質問に、ルナから月乃のため息が聞こえた。
「こいつ、うめぇ棒を食べようとしていたのよ。ご丁寧に四つ割りにして」
聖が震えながらヒナへと視線を向ける。
「お前……あれほど食べたらダメって言ったのにっ!」
「ひ! ごめんなさい! てっきり、どう食べれば平等になるか、お二人が迷っていると思いまして」
「どこの兄妹が、そんなくだらないことに悩むんだよ!」
ルナが、聖とヒナから避難するようにカフェの出口まで飛んで行った。
「というわけで、私は、ヒナに食べられないよう先に鑑定所まで行くね」
そう言い残して、店の外へと消えていった。
「あ、ずるい! 聖さん、ルナさん独り占めする気ですよ」
「お前はまだ言うか!」
聖がヒナの頭に拳をあて、ぐりぐりとしだした。
「痛い! 何するんですかぁ!」
そんなやり取りをしていると、周りの客がくすくすと笑い出した。
その笑顔は蔑みではなく、どこか子供同士の喧嘩を眺めるような温かい視線だった。
顔を赤らめながら、聖はコホンと咳払いをする。
「……とにかく追いかけるぞ」
顔を背けながらヒナに手を伸ばした。
その手を見て、ヒナは満面の笑みを浮かべる。
「はぁい!」
そう言って、がっしりと聖の手を握った。
◇◇◇
小走りに鑑定所にやってきた。
買取カウンターにはルナと、今日だけで3度目の遭遇になる、あの受付嬢がいた。
「おいおい、どんだけDRAは人員がいないんだよ」
呆れながら、ルナの後ろに立つ聖とヒナ。
カウンター上には『うめぇ棒ダンジョン味』。
しかし、様子がおかしい。
聖たちが姿を現したのに反応がない。
「どうしたんだ。まさか買取不可とかじゃないよな」
ルナが小刻みに震えていた。
そして、受付嬢は真剣な表情で『唯一無二なる迷宮の神笏』を見つめながら、口元だけをつり上げていた。




