第12話 「三つの秘宝から、一つを授けましょう」
セラフィナが手を掲げると、そこに分厚い書物が現れた。
手を近づけるだけで、ページがめくれていき、ぴたりと止まった。
「かつて創造主が迷宮の裏に遺したとされる三つの秘宝」
セラフィナが聖に問う。
「勇敢なる者よ。この私、大賢者セラフィナの名において問います。その秘宝を授かる覚悟はありますか?」
聖が、こくり、と頷く。
その反応を見たセラフィナは、満足げに腕を伸ばし、スッと人差し指を上げた。
「一つ、『心理に至る修検の台座』」
ページがめくれ、声の威厳はそのままに片目でチラリと本を覗き込むセラフィナ。
そして、中指を上げた。
「二つ、『秘奇たる仁王の鎧』」
次に薬指を上げようとしたが、小指が連動してしまい、上手く『三』が作れない。
諦めて指を全て仕舞うセラフィナ。
「三つ、『唯一無二なる迷宮の神笏』」
何事もなかったかのようにセラフィナはふふっと笑った。
「このうちから一つ、貴殿に授与しましょう」
本が強く輝いた。その光がセラフィナの下着姿や汚部屋をかき消し、無理矢理この空間を威厳ある雰囲気へと仕立て上げた。
「どうします聖さん! 一つ選べですって」
ヒナが目を輝かせながら聖へ振り向いた。
「ああ、この神々しいそれっぽい雰囲気。たしかに秘宝をもらえるみたいだ」
聖は考える。
今選ぶべきは、秘宝の効力ではない。
価値だ。
下種な考えだが、一番お金になるものを選ばないといけない。
「ふふ――悩んでいるようね」
「そうだな」
聖がセラフィナの顔を真剣な眼差しで見つめる。
「確かに名前だけはどれも秘宝っぽい。けれど、今いちどういう物か想像ができない」
「つまり?」
「もう少し秘宝の説明がほしい」
そう伝えると、セラフィナは薄い笑みを浮かべた。
「さすがは勇者。なんとなくの響きだけでは食いつかない。地下100階層を制覇しただけのことはありますね」
「え? 聖さんは地下100階層を攻略してない――」
聖はすぐにヒナの口に手を当て、しゃべりを止めた。
今、ここでツッコんでしまえば、いい感じに進んでいる話が止まってしまう。
「それぐらいは、いいだろ?」
「……いいでしょう。しばしまたれぃ」
セラフィナが手をかざすとページが高速で捲れていった。
そして、急ブレーキをかけたように止まる。
「『心理に至る修検の台座』、座した者の肉体と精神を研ぎ澄まし――」
言いかけたところで、セラフィナは開いたページを下にしてテーブルに置いた。
「ああ、もう面倒くさい! 今、持ってくるからそれで判断して」
セラフィナが玄関に抜ける通路に向かう。
がしゃがしゃと物を漁る音。
その後、ゴンッと壁に何かをぶつける音と共に、リビングに戻ってきた。
両手でかかえて、丸められた長いモノを重そうに、テーブルにどさっと置いた。
「はい、これが『心理に至る修検の台座』ね」
時間が止まったような静寂。
聖は、ゆっくりと目の前に置かれた秘宝を目視で分析していく。
そして、結論に達した。
「これ、玄関に立て掛けていたヨガマットだよね?」
セラフィナが激怒した。
「んまあ! なんてこというの! どこをどう見ても『心理に至る修検の台座』でしょ!」
「すごいです! 少し埃をかぶっているのに、まだ一度も広げられていない感じが、まさに秘宝って感じです!」
興奮するヒナをよそに、聖がこめかみに手を当て質問する。
「……わかった。これが秘宝だとして、何に使えるの?」
さすがに、本当にただのヨガマットではないだろう。
聖の心の呟きに応えるように、セラフィナがくすりと笑った。
「いいわ。特別に使わせてあげる」
そして、ビシッとヒナを指さした。
「ただし、使うのはヒナよ! 授ける前に秘宝を使わせるのはルール違反だからね!」
「わーい! 使ってみてもいいんですね」
ヒナが、広がらないように留めてあったラベルの帯紙を、ビリビリと躊躇なく破り、『心理に至る修検の台座』を地面へ広げた。
どう見てもヨガマットだった。
「今、ヨガマットだった、とか思ったでしょ?」
「……いえ、思ってません」
疑いの目を聖に向けるセラフィナだが、すぐに口の端を歪めた。
「ヒナ、その『心理に至る修検の台座』に乗ってみなさい」
「かしこまり!」
ヒナがトテトテと歩き、秘宝の上にちょこんと正座した。
すると、ヒナを乗せたままヨガマットがふわりと浮いた。
「どう? 驚いた? これこそ、歩くよりも数倍の速さで移動できる、秘宝ヨガマットよ!」
「すごいです聖さん! ちょっと念じるだけで、自由に動きます!」
ヨガマットの高度がゆっくりと上がっていく。
「……たしかに。空飛ぶヨガマット。高いところへの移動とかにも役立ちそうだな」
が、マットは想像以上に柔らかく、正座したヒナの膝の形で沈み込んでいた。
「あれ? わ――」
重心が偏った瞬間、ヒナは耐えきれずに、こてんと地面に落ちた。
その様子を、聖とセラフィナは無言でみつめていた。
ヒナはゆっくりと起き上がり、キッとこちらを睨んだ。
「これ、不良品ですよ。ふにゃふにゃして全然バランスが取れません!」
「さてと、次に行きましょうか」
「そうだな」
示し合わせたように、二人がヒナとヨガマットに背を向けて話を進めた。
「で、次は?」
「待ちなさい。今出すから」
意味ありげに口元をつり上げるセラフィナ。
するとフローリングの上に山のように置かれている衣服の中に手を突っ込みだした。
「これでもない。これでもない」とぶつぶつ言いながら下着をそこらに投げ捨てていく。
「お、あった。これこれ」
秘宝を取り出すようには見えない、その動きに、聖は嫌な予感に包まれる。
「んふふ……」
セラフィナは摘まんだ布切れ――布地の少ない際どい水着を、聖の目の前でひらひらと揺らした。
そして、その水着を机の上に広げるように置いた。
「どうよ」
ドヤ顔で腰に手を当てるセラフィナに、聖は思い切りツッコミたい衝動にかられた。
「――くっ!」
だが、断腸の思いで、目の前の水着が秘宝であることを飲み込む。
「……で、この秘宝の効力は?」
がーん、といった顔のセラフィナ。
「えー、何その塩対応。こんなにきれいなお姉さんがビキニ片手にやってきたのに、かける言葉はそれだけ?」
「わかったから。まだもう一つ控えているんだから、早く説明の方をしてくれ」
「ちぇ。つまんないの」
口をとがらせながらセラフィナは書物を持ち上げ、ページをめくる。
「えっと――、『秘奇たる仁王の鎧』。装着者に向けられた魔法・物理攻撃を全てはじき返す、最強の防具」
諦め半分だった聖の目に、光が差した。
「――ヨガマットと違って、秘宝っぽい!」
「まって、つづきがあるわ。――ただし、服やマントで隠すと効果を失う」
「え? じゃあこの防具つけるってことは、ダンジョン内をビキニ姿で徘徊しないといけないってことか?」
「そうね……この秘宝を生かすためには自分自身との戦いに打ち勝つ必要があるわね」
なぜか自分のスタイルを見せつけながら親指を立てるセラフィナ。
そこに、腰をさすりながらヒナがやってきた。
「ひどいですよぉ。わたしも話にいれてください」
ヒナが机の上の『秘奇たる仁王の鎧』に目をやる。
すると、顔を赤くして、手で隠した。
「ちょ、これ、ビキニアーマーじゃないですか! なんてもの見せるんですか聖さん!」
「俺じゃないし……あと、隠すなら指の間もちゃんと閉じようね」
セラフィナがヒナの恥ずかしがる姿に、薄く笑う。
「安心しなさい。説明書には特に性別は指定されていないから」
無言で聖をみつめるヒナとセラフィナ。
まるで、何かを期待しているような視線だった。
「ま、待て……とりあえず次に行こう」
話をせかす聖を見て、互いに目を合わせる二人。
すると、セラフィナがシンクに移動し、上の棚を開いた。
「『秘奇たる仁王の鎧』で決めていいと思うけどなあ」
背伸びしながら、棚を漁るセラフィナ。
相変わらず秘宝を取り出す様子には見えない。
「……たしかに、恩恵は秘宝の名に恥じないと思う。けど、チーム内にそれを装備できる人材がいない」
セラフィナの手が止まった。
そして、拗ねたような顔をして聖へと振り向く。
「あなたが着ればいいだけなのに……」
あからさまに嫌そうな顔をセラフィナへ向ける聖。
そんな反応をスルーして、セラフィナは机に棚から取り出したものを置いた。
聖とヒナの視線が机の上に向けられる。
「はい。これ」
セラフィナのあっさりとした一言。
そこには国民的駄菓子『うめぇ棒』が一本、置かれていた。
パッケージには『ダンジョン味』とマスコットキャラのうめぇモン、そして「うめぇ!」と書かれた吹き出しが描かれていた。
「何これ?」
聖の質問に、セラフィナが面倒くさそうに答える。
「だから、これが三つ目の秘宝『唯一無二なる迷宮の神笏』よ」
聖の顔が引きつる。
とても、言葉が発せられる状態じゃなかった。
「すごいです! どんな味がするんですか!?」
目を輝かすヒナ。
「うまいんじゃない? うめぇモンもそう言っているし」
「わぁぁぁ☆」
さらに目を輝かすヒナ。
なんとか冷静になった聖がさらにセラフィナに質問する。
「……一応、これの恩恵を聞いてもいいかな?」
震える聖をよそに、セラフィナが「ふ」、とバカにしたような笑みを向ける。
「世界に一つしかないワンアンドオンリーよ。わかるわけないじゃない」
足元の力が抜けた。
気を抜くと倒れてしまいそうな感覚に陥る聖。
「こ、この三つから選べって言うのか……」
机の上に置かれた、ビキニアーマーとうめぇ棒、そして床に敷かれたヨガマット。
到底秘宝には見えない締まらない光景に、聖の視界が歪んでいく。
「選ぶのはあなた次第よ。けれど、私ならビキニアーマーを選ぶかな」
聖が力なく開いた半目で、セラフィナを見つめる。
「あんたは女性だしな……羞恥心とかなさそうだし」
「おい、思春期。聞き捨てならないぞ。まるで私が痴女みたいじゃないか」
ヒナが勢いよく手を上げた。
「はい! わたしはうめぇ棒がいいと思います!」
何も言わずに、ただ視線だけをゆっくりとヒナに向ける。
「だって、どんな味か気になるじゃないですか!」
秘宝を食べる気満々のヒナに、聖は止めを刺されたように、一歩、二歩と後ずさる。
「さあ選びなさい。きっと思春期のあなたは、このビキニアーマーを選ぶわ。だって、そういうのに興味がありそうな顔してるもの」
ビキニアーマーを手にして、聖の顔に押し付けようと迫ってくるセラフィナ。
「うめぇ棒にしましょうよ! ダンジョン味ですよ! 気になりませんか!?」
ヒナの方はうめぇ棒を握りしめ、何故かうめぇモンのイラストを見せつけてくる。
迫る二人の間から、誰にも拾われずに放置されたままのヨガマットが目に入った。
――どうする。
いや、どうしたらいい?
最大の選択に、聖の脳内回路は限界すれすれまで追い込まれていた。




